Data.216 弓おじさん、時間を忘れて

 試合時間は30分……。

 激しすぎる戦いの中で、そのルールをすっかり忘れていた。

 いや、正直戦う前から印象の薄いルールではあった。

 俺たち以外の試合も含めて、タイムアップを迎えるまで戦いが続くことなど皆無だったからだ。


 だが、そんな影の薄いルールがなければ、俺たちは負けていた。

 巨大な黒いブーメランは【アイムアロー】ですら表面しか崩せなかった時計塔を切り裂き、俺の胴体を真っ二つにする寸前のところで止まっていた。

 あと数秒……いや、コンマ数秒試合終了が遅ければ負けていたかもしれない……。


 もし俺がキルされていたら、残りのプレイヤーの数は1対1になる。

 この場合は試合が終了せず、どちらかのプレイヤーがキルされるまで試合が続くサドンデス状態になる。

 そうなった場合の試合結果は……言うまでもないだろう。


「勝ちは勝ちだけど、実感がわかないな……」


 試合終了と同時に俺の落下も止まっている。

 今は空中にふわふわ浮かんでいる感じだ。

 この状態でチャリンのワープを待つことになる。

 宙ぶらりんとはこのことか……。


『それでは生き残ったプレイヤーを待機場所にワープ!』


 チャリンのワープによって待機所に戻ってきた俺を、観戦していたプレイヤーたちが熱い拍手で迎えてくれた。

 しかし、今までの試合のように素直に喜ぶことは出来なかった。

 それでも祝福を無視するのは失礼なので、俺は笑顔でそれに応えた。


 この試合はルールに救われただけ……。

 それが俺の出した結論だった。

 プレイヤーとして足元にも及ばない……とまでは言わないが、明確な実力差があったことは確かだ。

 1対1なら100回やっても勝てないだろう。


 まあ、それでも勝ちは勝ちだし、事前に決められたルールによって勝敗を分けるのはリアルスポーツも同じなわけで、引け目を感じる必要はまったくないのだが……。

 それでも何かモヤモヤしたものが心に残っているのは確かだった。

 こんな状態で決勝戦に挑めるのか……?


「あ、いたいた。おーい、ネココとおじさーん」


 俺に声をかけてきたのは……マココ・ストレンジ本人だった!

 彼女はクールでストイックな人だと思っていたので、試合終了後すぐに声をかけられるとは予想だにしてないなかった……!


「な、なんでしょうか……」


「いやー、なんというか、いざ言おうとすると変な話なんだけど、久しぶりに時間を忘れてゲームを楽しんじゃったなーって」


「は、はぁ……」


 なんか雰囲気が変わっている……。

 前はどこか達観したような目つきをしていたし、戦いの後も真顔でいることが多かったのに、今は笑っている。

 ドライでミステリアスな女性の微笑ではなく、純粋無垢な少女の笑顔がそこにあった。


「試合時間の存在さえ覚えてれば、もっと攻撃の間隔を詰めて全滅させてたのになぁ」


 さらっと恐ろしいことをおっしゃるじゃないか……!


「でも、きっとどうしたって覚えてられないと思うわ。ネココとおじさんとの戦いはすごい楽しかったし、こっちもあんまり余裕がなかったからね」


「そんなご謙遜を……。余裕綽々よゆうしゃくしゃくのようにしか見えませんでしたよ」 


「そう? 私だって全知全能じゃないから、結構焦ったり悩んだりしているわよ? 最近、表情筋が衰えてきてるから顔には出てないかもしれないけどね」


「……本当に?」


「ほんとほんと。ネココの消える奥義とか対応するの苦手よ。多少は殺気とか気配を感じ取れるけど、やっぱり人間にとって見えない敵の存在は恐ろしいわ。あと、おじさんの射撃センスにも驚かされた。普通のプレイヤーならブーメランで圧をかけておけば勝手に射撃を外してくれるけど、おじさんの場合はほぼどんな状態でも当ててくるんだもの。私のことを化け物みたいに扱う人は多いけど、おじさんの方がよっぽどわかりやすく化け物してると思うんだけどねぇ」


「あはは、あー、ははは……」


 それはジョークなのか本音なのか……。

 返事に困る言葉だ……!


 でも、多少冗談は混じっているとしても、彼女の言葉に嘘はないように思う。

 ネココの透明化を厄介に思っているし、俺の射撃能力も脅威だと言っている。

 案外、俺たちは彼女を苦しめ、追い詰めていたのかもしれない。

 まあ、それ以上に俺たちは苦しみ、ギリギリまで追い詰められたのだが……。


 それはさておき、俺の中でマココ・ストレンジというプレイヤーに対する印象は変わった。

 彼女もまた、ただのゲーム好きなんだ。

 あまりもゲームが上手く、ブーメランを愛しすぎている、ただのゲーム好きなんだ。


「叔母様!」


「わっ!?」

「わっ!?」


 ここまで黙っていたネココが急に声を上げたものだから、俺もマココも同じように驚いてしまった。


「な、なぁにネココ?」


「その……私のプレイングはどうでしたか?」


「少し前に一緒に遊んだ時よりもずっと上手くなっててビックリしたわ。特に咄嗟の判断力に関してはすでに私よりも優れてるんじゃないかしら?」


「ほ、本当ですか!?」


「……ごめん、最後の方は言い過ぎたかも」


「そうですか……」


「気持ち的には言ってあげたいんだけどねぇ。でも、事実を言わずに誤魔化すのはネココに失礼かなぁ……っと思ったから、本当のことを言っちゃった。成長してるのは事実だけど、私にはまだまだ及ばないわ。まあ、年季が違うってやつね」


 そりゃ、そうだよなぁ……。

 2人がかりでも押され気味だったんだ。

 ネココだってその事実に薄々感づいていただろう。

 でも、本人からそう言われるのはやはりショックなようで、ネココはしょんぼりしている。

 それに気づいたマココはあたふたしている。

 この叔母と姪……不器用だな。


「いやー、偉そうなこと散々言ってるけど私ったら負けてるのよね~。今のはあくまでも個人としての意見だから、パーティとしてはネココたちの方が優れてるのは結果が証明してるわ。だから自信を持って……ね?」


「はい……」


 ネココとしては今パーティを褒められても励ましにならないだろう。

 自分の実力が及ばないのに勝てたということは、仲間やルールに助けられたということに他ならないからだ。

 実際、ネココが考えていた1人でマココを抑えるという作戦は失敗に終わっている。

 アンヌもサトミもマココがキルしちゃってるからなぁ……。

 俺はマココの話を聞いてからは『なんにせよ勝てたんだし結果オーライ!』と思い始めいてるが、ネココの方はそうもいかないのだろう。


 しかし、落ち込んだままでは困る。

 だって俺たちには……。


「もー、私に負けたくらいでへこむ必要ないじゃない。だって、私の方が強いに決まってるんだから! 簡単に勝てるわけないでしょ!」


 お、叔母様がなんかすごいこと言い出した……!


「私が少し努力したら追いつけるような人間だったら、ネココも最初から憧れてないんじゃない? こう……自分で言うのは恥ずかしいけど、そういうすごく強いところを慕ってくれてるんだろうし……」


「……ふふふ、そうですね。まだまだ私なんかに負けるような叔母様じゃないですもんね!」


「そ、そうよ! 負けないわよ!」


「でも、私が叔母様を慕っている理由は、他にもあるんですよ?」


「え、どういうところ?」


「そういうところです!」


 ネココはマココに抱き着く。

 それを受け止めながら、マココは『どういうこと?』という顔をしている。

 なんか……安心した気分になるのはなぜだろう。

 目の前にいる人が、バーチャルオカルトで語られているほど特殊な人ではなかったからだろうか。

 やはり、ああいうウワサにはとんでもない尾ひれが……。


「驚いたやろ? あれがホンモンのマココはんや」


「だ、誰だ!? 一体どこから声が……」


「下や! 下!」


「うわっ!?」


 視線を下げると、そこにはベラ・ベルベットの姿があった。

 彼女はかなり小柄とはいえ、見失うとは失礼なことをした……。


「おっさん……いや、おっちゃん! 案外ノリがわかっとるやん!」


 グッと親指を突き出すベラ。

 なんかすごい嬉しそうだし、褒められたので謝るのはよしておこう。


「それで、あれがホンモンのマココはんとは……」


「元々マココはんは言うほどクールな人やない。あんな感じにきゃぴきゃぴしてるところもある人やったんや。ただ、AUO事件の後はゲームもやらずに塞ぎこんでた時期もあってなぁ……。今は元気になったように見えるけど、おっちゃんたちと戦う前まではまだどこか遠くに心を置いてきたマココはんやったんや」


「それが元に戻ったと?」


「いま見る限りではな。あんなんにハツラツと笑うマココはんは久しぶりに見たで! よほどおっちゃんやネココちゃんと戦うのが楽しかったんやろなぁ~! やっぱ、ゲームの傷はゲームでしか癒せへんのや!」


 こちらとしては楽しむ余裕などなかったが、楽しいと言ってくれる分には悪い気はしない。

 むしろ、少し誇らしかったり?

 それはさておき、オカルティックな臭いがするなぁ……。

 彼女ほどの人に心の傷を負わせるAUO事件とは一体……?


「……聞かん方がええでおっちゃん」


「ま、まだ何も」


「顔に出とるで! こっからまだ戦いが続くんやから、余計なことは気にせんでええ! まずは優勝をもぎ取ってくるんや! Vやねん、幽霊組合ゴーストギルド! 応援しとるで!」


 ベラは言いたいことだけ言って行ってしまった。

 もしかしたら、彼女はホンモンのマココ・ストレンジを取り戻した喜びを誰かと共有したかったのかもしれない。


 でも、意外だなぁ。

 こういうオカルティックな話にアンヌが食いついて来ないなんて……と思ったら、アンヌもまた相手パーティの1人アチル・アルスターと話しているところだった。

 話の内容はよくわからなかったが、話し終えたアンヌの顔はどこか満たされたような感じだった。

 あまり女性同士の会話の内容を尋ねようとは思わないが、今回ばかりはどんな話をしているのか気になったので思い切って尋ねてみた。

 帰ってきたのは……オカルティックな返事だった。


「未知を知った時、確かにロマンは失われてしまうのだと思います。でも、知るということは新たな未知を生むことでもあるんです。知らなければ、知らないということすら知らない。だから私はロマンを追い求め、知ることを恐れない。ゆえに私は新たな隣人を愛することが出来るんです」


「……そうなんだ」


 俺が頑張って絞り出した言葉がこれだった。

 いや、言いたいことは何となくわかるが、正しい返答が思いつかなかった。

 でもきっと、アチルとは友達になれたんだろうな。

 試合でもアンヌはアチルと戦っていたらしいし、戦いを通して友情が芽生えるのは良いことだ!


 こうしてみると、仲間たちはみんな出会った頃より良い顔をしてる気がする。

 なんか……大団円って雰囲気が出てるなぁ。

 サトミは兄のコアとの確執がなくなって、ネココは叔母様との距離がいろんな意味で縮まって、アンヌも新しい友達が出来て幸せそうだ。

 でも俺は……まだ満足していない。

 いや、きっと試合直前となれば、仲間たちもみんな同じ気持ちになるはずだ。


 一番大事な物をまだ残している。

 第1回NSO最強パーティ決定戦……その決勝戦!

 勝てば輝かしい栄光と莫大な賞金が手に入る最後の戦い……!

 相手はもちろん最強ギルド『VRHARヴァルハラ』だ!

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