Data.199 異人伝:透明の経験
「よ、よく私たちのフィクサーちゃんに気付いたわね……! この子は常に透明なのに……!」
ユニゾン『ナースカメレオン』はその名の通り回復特化のユニゾンである。
皮膚の色や模様がナース服に似ていることからこの名がつけられたというゲーム内の設定があるが、本当に注目すべき点は別にある。
このユニゾンは『透明状態がデフォルト』なのだ。
つまり、ナースのようなカメレオンがスキルの効果などで透明になっているわけはなく、透明のカメレオンがダメージを受けることによりナースのような姿を見せる……ということだ。
その差をそんなに気にする必要があるのか?
……と思うプレイヤーもいるだろうが、この差は大きい。
デフォルトで透明ということは、当たり前だがMPがなくなろうが時間が経とうがずっと透明ということだ。
ネココのようにMPを消費した後に全力疾走を要求されたうえ、時間制限やクールタイムにも縛られるなんてことはない。
ずっと透明なのだ。
ゆえにこのイベントが始まってから、ナースカメレオンのフィクサーは観戦者の目にすら映っていない。
スキルで透明化する場合はどうしてもスキルが使えないフィールドへのワープ時に姿が見えてしまうが、フィクサーは見えない。
一定以上のダメージを与えることで見えるようになるが、見えない敵に攻撃を加えるのは容易ではない。
特にナースカメレオンは攻撃スキルに乏しく、性格も非常に温厚で好戦的ではない。
あと一撃で倒せそうな敵と少しだけダメージを受けている味方が並んでいる場合でも、ナースカメレオンは味方の回復を優先する。
それだけに位置を探るのが非常に難しい。
攻撃してくるのならばカウンターでなんとでもなるが、何もしてこないと意識することすらできない。
これまで『
フィクサーの存在を知らなければ『敵にダメージを与えているはずなのに、やたらタフだなぁ……』とバックラーたちが耐久面に自信があるようにしか映らない。
また、モンスターと違いプレイヤーのHPゲージは頭上に表示されないという仕様もフィクサーの回復を隠すのに一役買っている。
欠損した部分を再生するなどしない限り、見た目の変化からHPの増減を判別するのは難しい。
そう、あらゆる要素がフィクサーの存在を隠している。
だがしかし、ネココはその存在に気付いたのだ。
「私も透明になるからこそ気づけたのよ。今までいろんな人が透明化した私の位置を探ろうと、いろんな方法を使ってきた。だから私自身、透明化の見抜き方を覚えてしまったの」
「透明化の……見抜き方ですって!?」
「あまり企業秘密をしゃべるつもりはないけど、基本的なのは足音よ。今回は明らかにプレイヤーとは違うペタペタしたかわいい足音が聞こえていたわ」
「そ、そう……? 私には全然……」
「そして一番の要因は……魔女さん、あなたの目線が常に何かを追っていたこと! 見えてるんでしょ! 流石に仲間にまで常に見えないんじゃ不便だから!」
「ギ、ギクゥゥゥゥゥゥッ!!」
スイーパーはぶりっ子であり、素の気性は荒い。
しかし、自分を回復してくれる味方に攻撃を当てるのは流石に申し訳ないと思い、ずっとフィクサーの動きを見て動きを決めていた。
その優しさが仇となってしまったのだ。
「さて、おしゃべりもここまでね……!」
【ド根性魔法】でわずかに残ったHPを回復してもらっている最中に【爪ミサイル】を食らったスイーパーは、そのHPを完全に削り取られ、すでに体が消えかかっている。
同じく隣で転がっているフィクサーの体も消えかけている。
常時透明の回復要因なのだから、極端に耐久が脆くてもおかしくはない……ネココはそう判断した。
しかし、スイーパーとフィクサーが完全に消えた後に入ったアナウンスは、スイーパーのキルだけを告げていた。
ネココは血の気が引くのを感じた。
「私ったら何やってるの……!」
フィクサーの消え方はキルのそれと変わらないものだったが、それはフィクサーの持つ奥義【千両役者の死んだふり】の効果であった。
本来ナースカメレオンという種族はダメージを食らって姿を現した後、スゥ……っと徐々に体が透明に戻っていく。
しかし、この奥義を使うとキルされた時とそっくりな演出と共に姿を透明に戻せるのだ。
具体的には体が発光し、徐々に光の粒子へと分解されていく……という演出である。
実際体は分解されておらず透明になっているだけで、攻撃すれば普通に当たる。
ナースカメレオンの倒し方としては、油断せずに死体撃ちを行うのが一般的なのだが、それは対人戦においてはマナー違反とされる行為である。
それに加えて【千両役者の死んだふり】を発動しているナースカメレオンは本当に死んだ生き物のように見える。
力なく地面に倒れる小動物に対して、ネココは攻撃する気が起きなかった。
彼女もまた優しさが仇となってしまったのだ。
油断と言えば油断だが、そもそもユニゾンはレアモンスターであり、その対処法を知らなくてもおかしなことではない。
人は常に最適な行動を選べるわけではないし、間違いを起こす。
同じミスを何度もするなとよく言うが、同じミスだって何度もするのが普通だ。
(やっちゃったものは仕方ないわ……。またすぐに見つけて倒せばいいのよ……。一度見つけられたんだから、次だってどうにかなる……! さあ、早くみんなを助けに行かないと!)
なんとか自分を奮い立たせ、ネココは仲間の加勢に向かう。
スイーパーとの戦いが始まって以降、サトミとアンヌ、キュージィとははぐれてしまっている。
だが、アナウンスがない以上、全員生き残っているのは確かだ。
まだ、状況は不利ではない……! むしろ有利だ!
「このまま押し切って……」
次の戦場にたどり着いたネココの目に映ったのは、ユニゾン含め5対1で戦っているのにクラッシャーに押されているサトミとアンヌ。
そして、銀色のオーラをまとったまま戦場に転がり込まんとするバックラーの姿だった。
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