Data.181 弓おじさん、目覚め

 待機場所に戻ってきた俺たちは拍手喝采で迎えられた。

 毎回試合が終わってパーティが帰還した時にはパラパラと拍手が起こるものだったが、今回は特に大きい。

 一体なんでだろう……?


「流石はMVPプレイヤー様が率いるパーティだ! 敵の理不尽な要求にもすべて応えた上で完全勝利とはまた評判を上げたなぁ!」


「え、コア!? まだいたの!?」


「まだいたの……とはなんだよおっさん! 別に負けてもこの空間には居座れるんだぜ!?」


「そ、そうなのか……」


「本選出場者の特権さ! この特等席で本選を観戦出来て、すぐにアーカイブも見放題! 居座らない理由はないだろ? まさかあの初期町の喧騒の中で見たいと思うか?」


「でも、試合はたくさんの人と見る方が盛り上がると思うな」


「確かに! 野球だってガラガラの球場より超満員の球場の方が見てて楽しいもんなぁ~。売店が混むとかトイレが大変とか利便性は別にして! 俺が言葉を間違えた! さっきまで試合に出てた奴が人前に出るとおもちゃにされるからここにいるんだよ! 特に敗北者はヤバイ!」


「ああ、なるほど」


「納得したところで本題に戻るぞ。コホン……流石はMVPプレイヤーが率いるパーティだ! 敵の理不尽な要求にもすべて応えた上で完全勝利とはまた評判を上げたなぁ!」


「理不尽な要求? まあ確かに面食らったけどそこまで……」


「それは結果論だぜ。普通に考えれば敵の土俵に飛び込むなんて勝負の世界じゃご法度だ。ありえねぇ」


「まあ、それは否定しない。でも……」


「待て待て、俺だって別に否定してねぇよ。ご法度なのは勝負の世界での話だ。プロゲーマーとしてならあのめちゃくちゃで笑えてくる誘いを受けないなんてありえねぇ! だって、その方がおもしれぇもん!」


「それは間違いない。俺も1人の観戦者としてなら誘いを受けた上で勝つ姿を期待するもの」


「なんだ!? それを自覚してるからやったわけじゃねぇのか!? 2500万という大金を得て本物のプロゲーマーへと一歩踏み出す覚悟が、あの不利な戦いに挑ませたんだろ!?」


「……そうか、賞金を受け取ったらゲームでお金を稼いだことになるから、定義的にはプロゲーマーになるのか!」


「マジで無自覚ぅ!? おいおい、無職が1日中ゲームやってるってのにゲームで食っていく覚悟が出来てなかったとはなぁ……」


「くっ、痛いところを……じゃない! ど、どうして俺が無職ってことになってるんだい? 確かにログイン時間は長いかもしれないけど、それだけじゃ……」


「どうしてって、ゼラちんに話したんだろ?」


「あれはハッタリのための嘘で……」


「ゼラちん曰く、おっさんはハッタリ自体は上手いけど、速攻で嘘の身の上話を捏造できるタイプではないとのことだ! 微妙に言葉に熱がこもっていたし、バレないと思って本当のことを話したんじゃないかってさ」


 ゼラちん恐るべし……!

 女性の勘にはかなわないなぁ。


「まあ、頭では無自覚かもしれねぇが、おっさんは無意識に自覚し始めてるんだ。自分がプロだってことをな。心の中に存在する『キュージィ』が、自然とあの勝負を受けさせたのさ。だってそうだろ? 陣取りやチャリン戦で奇跡を起こして見せたあのキュージィが、ゲームを始めたばかりのジジイどもをプチプチと1人ずつ潰すなんて想像できねぇ」


「じゃあ、俺は……無意識にキュージィを演じ始めたってことか?」


「演じているというか、期待通りの姿を見せようとしている。その期待は自分の期待かもしれないし、あんたを知る多くの人の期待かもしれない。最近思わないか? 無様な姿は見せられないとか、面白い試合にしたいとか」


「ああ、思う」


「それはプロの目覚めさ。自分という存在を客観視し始めてる。でもそれは人間として当然の行いだ。会社で出世して部下が出来れば、上司として恥ずかしくないように振舞おうとする。スポーツのプロだってチームに若手が入ってくればベテランらしい活躍をしようとする。ゲームのプロも同じだってことさ。強くなれば人は変わる。変わらずにはいられない」


 プロの目覚め……か。

 確かに昔に比べると人目を気にするようになった。

 そりゃ、有名になっちゃったから少しは意識するさ。

 見てる人たちにガッカリされるというか、失望されるのは誰だって怖いはず。

 そんなことになるくらいなら、称賛や喝采が欲しい。

 ただ、それだけだ。


 今回、G'zの提案を受けて戦ったのは……その方がカッコいいと思ったからだ。

 ああ、思えば確かに俺は理想の『キュージィ』として振舞っていた。

 彼はあの状況で提案を否定して、ただおじいさんたちを殲滅するようなキャラじゃない。

 正面から受けて立ち、そのうえで勝利を掴める存在だ……!

 俺は……『キュージィ』の行動が間違っているとは思わない。

 もう一度同じ状況になっても同じように戦うさ。


「プロの先輩としてアドバイスをやろう。考えないことだ! お前はキュージィ自身だ。別の存在じゃない。お前が思う姿がキュージィなんだぜ。そして、俺はコアだ! 俺もあの状況なら提案を受けて立つぜ?」


「ヤンキーなのにおじいさんの言うことを素直に聞くのかい?」


「違う違う、これはケンカだ。敵からタイマンしようぜって誘われてんのに仲間をぞろぞろ引き連れてくるって、それは悪いヤンキーがやることじゃねぇか! 俺は仁義を貫く良いヤンキーなんだぜ? というか、ぶっちゃけあの程度の相手なら俺のパーティが分断されたところで負ける気しねぇし。勝てそうもないならちょっと考えるが……」


 貫く仁義はどこにいったんだ……というツッコミは置いておいて、コアの話でまた少し自分を知ることができたな。

 結論を言えば『カッコよく勝てたから良しっ!』ってことだ!

 次の戦いに意識を切り替えよう!


「次の相手は……ついに顔見知りか」


 コアとの話にも出てきた陣取り合戦でのMVP。

 それは俺だけの力で勝ち取れたものではなく、ある1人のプレイヤーの行動によってもたらされたものだ。

 無意識に人を振り回すけど、人望があってどこか憎めない。

 一緒にいると疲れるけど、たまに会うとその魅力を再確認する青年……。


「パーティ名『パラダイスパレード』、リーダーは『旗の魔法使いフラッグ・マジシャン』ハタケさん……!」


 そして、年下っぽいのになぜか『さん』をつけたくなる……!

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