Data.130 弓おじさん、混迷の戦線

 グレイの悲鳴も気になるが、まずは目の前でテンパってるカナリアを助けよう。

 彼女がサブマシンガンを手放している理由は、おそらく弾切れだ。

 本来、NSOの装備としての『銃』に弾切れはない。

 俺の弓の矢が無限に供給されるように、弾丸も無限に供給される。


 しかし、この病院で手に入る銃器には弾数の概念がある。

 予備の弾薬を準備しておかないと、サブマシンガンなんてすぐに弾が切れてしまう。

 カナリアの場合はとにかくぶっ放してそうだしな……。


「カナリア、サブマシンガンの弾薬をトランクに入れておくよ」


「あ、キュージィさん! やったぁ! これでまた銃が撃ちまくれる!」


「まあ……極力無駄撃ちしないようにね……」


「あはははははははははーーーい!!」


 唸るサブマシンガンがゾンビを撃ち抜いていく。

 エイムがちょっと上達してるな。

 キョウカから分けてもらった弾薬はそれなりにあるし、これならまだしばらくは耐えてくれそうだ。

 今のうちにグレイの様子を見に行こう。

 悲鳴はおそらく正面入口側には届いていない。


「……いや、向こうにも情報を伝えておくべきか」


 上の階に敵が出たなら、階段を下って向こう側の仲間たちを襲う可能性もある。

 その可能性を頭に入れておくのと、そうでないのでは生存率に大きな差が出る。

 インカムは同じ階でしか通話できないが、階段で使うとどうなるのだろう……。


「こちらキュージィ。オリヴァーさん聞こえますか? どうぞ」


『……おおっ!? なるほど! このインカムは階段でも通じるのか! どうぞ!』


 よし、通じた。

 場所は違えど同じ1階と2階をつなぐ階段にいるから、同じフロア扱いなのかもしれない。


「上の階からグレイの悲鳴が聞こえたので救援に向かいます。そちらにも聞こえましたか? どうぞ」


『グレイが!? 聞こえていない! おそらくそっちの階段から近い場所で襲われたのだろう! 了解した! こちらも上からの奇襲に注意する! そっちも気をつけてな! どうぞ!』


「はい、十分に注意します。以上」


 話が早くて助かる。

 一発で上から敵が来る可能性に気づいてくれた。

 それにしても、いつの間にか遊撃のポジションになっているな……俺。

 このメンバーは前衛職が多すぎるから、後衛職の俺が動いて全体をカバーするのが正しいとはいえ、少しプレッシャーだ。

 まあ、みんなに頼られて嫌な気はしないけど……!


 調子に乗って段を飛ばして階段を上ったら、関節が痛くなったのでやめた。

 普段通りのペースで周囲を警戒しつつ、3階へと足を踏み入れた。


「……階段周辺に戦闘の跡はなし」


 となると4階か?

 それとも悲鳴をあげた後に移動したか……。


「おーい! グレイ! 大丈夫かーっ!?」


 ………………ぁぁぁっ


 いる……!

 このフロアだ!

 声の感じからして遠くにいるか、室内に入っている可能性が考えられる。

 とにかく、声のした方向に向かおう。


「グレイ! 助けに来たぞ!」


 …………こ……ここ……!


 いた……!

 グレイは壁に押し付けられ、苦しそうにもがいている!

 だが、その押さえつけている敵の姿は見えない!


「封魔縛陣!」


 グレイが巻き込まれても問題ないスキルを選択する。

 魔法陣が展開される直前にグレイは解放されたが、魔法陣は稲妻を放たない。

 俺に気づいて逃げ出したか……!


「キュ……ジィ……さん! まだ……奴はいます! 気をつけて! あいつは攻撃を当てても透明化が解けないです!」


「わかった! その魔法陣の中は安全だから、とりあえず回復を!」


 俺も【退魔防壁】を展開して様子を見る。

 透明の敵を倒すセオリーの1つである息遣いや足音は聞こえない。

 そして、無駄に攻撃して自分の位置を知らせることもない。

 こちらのスキルの効果が切れる一瞬を待っているのか……。

 なかなか頭の良い怪物だ。しかし……!


跳ねる矢の嵐バウンドアローストーム!」


 無数の矢がぼんぼん跳ね回る。

 ここは椅子がたくさん置かれた外来の待合だから、狭い洞窟の時ほど威力は発揮しない。

 ゆったりゆとりのある空間では、跳ねた矢もどんどん拡散してしまう。


 だが、今回はそれでいい。

 これだけ拡散されれば、絶対に数本の矢が体に刺さる。

 刺さった矢は敵の位置を知る目印になる……!


「そこか! ガトリング・ウェブクラウドアロー!」


 白いネットが見えざる何かにベタベタと貼り付く。

 こうなったらもう見えているのと変わらない!


「ガトリング・バーニングアロー!」


 透明の敵はこの攻撃でも姿を現さなかった。

 だが、モンスター撃破時に発生するの光の粒子は確認したので、間違いなく倒せたはずだ。


「す、すごいですねキュージィさん! 見えない敵をこんなに簡単に!」


「いや、いきなり襲われていたら死んでいたかも。グレイが教えてくれたおかげさ。こいつは出現の予兆もなく襲ってきた感じかい?」


「はい、単独行動なので周囲の音とか特殊なギミックに注意していたんですけど、いきなりアレに襲われたんです」


 透明の敵が予兆もなく襲来とは……おかしいな。

 少し理不尽すぎる気がするし、何かあの透明モンスターには秘密がありそうだ。


 もしかしたら、上の階に出現したというより、下の入口から普通に入ってきたけど透明だったので気づかれず、上までのぼってきてしまったのかも……。

 ただ目の前のプレイヤーに襲いかかるだけの他のゾンビと違って、独自の行動パターンを持っていたならあり得る話だ。

 それにしたって発見するヒントがなさすぎる気もするなぁ。


「あいつの透明化が解ける瞬間ってのは本当になかったのかい?」


「まったくありませんでした。僕も防御系のスキルを使って耐えればいずれ姿を現わすと思っていたのですが……」


「うーん、とにかく当てずっぽうで攻撃するしかないのか……。俺の場合は矢を当てるとしばらくその矢が敵の体に残るから目印になるけど、グレイの場合は……」


「ご心配なく! そうとわかれば僕にも有用なスキルがあります! 拡散魔宝石スプレッド・ジェム!」


 グレイの手のひらから無数の尖った宝石のカケラが飛ぶ。

 色とりどりに輝くそれは美しいが、当たればモンスターの体にも突き刺さる鋭さもある。

 これなら目印にはもってこいだ。


 ヴォ、ヴォ、ヴォ……………


 謎のうめき声が聞こえたかと思いきや、飛び交う宝石の近くに青白い肌のゾンビが現れた。

 現れたと言っても物陰から現れたわけではなく、何もないところから現れたのだ!


「さっきの透明野郎の別個体かも……!」


「でも、僕のスキルは当たってないと思います! 当たってないのにこいつはひるんで姿を現しました!」


「とりあえず倒そう!」


 見えてしまえば大した敵ではない。

 2人で協力して速攻で片付けた。


「前の透明野郎との戦いで使ったスキルと、さっきの宝石のスキルに何か違いはあるかい?」


「えっと……あ! そうそう、この拡散魔宝石スプレッド・ジェムは魔攻でダメージを計算する魔法スキルなんですよ!」


 なるほど、あの透明ゾンビの弱点は魔法なのか。

 魔法スキルを近くで使われると当たっていなくてもひるんで姿を現す。

 正面入口のオリヴァーとアンヌは物理攻撃型だし、裏口の俺とガー坊も同じく物理型だ。

 逆に西と東に向かったキョウカとカナリアは魔法型っぽいし、綺麗にこの透明ゾンビを素通りさせる陣形になってしまっていたんだなぁ。


「俺も1つくらい魔法スキルを持っておくべきか……。それにしても、グレイも物理型っぽいのによく魔法スキルを持っていたね」


「実は……偶然なんですよね。獲得してるスキルが接近戦用ばかりなので、対応できる範囲を増やそうとNSOメダルを使って獲得したまでは良かったんですが、後で魔法スキルってことに気づいたんです。おかげで火力があんまりで……。キラキラしてるので牽制や目くらましには使えるんですが、主力スキルじゃない分、焦ると存在を忘れてしまうんですよね……」


「あー、あるある。スキルが増えると普段使わないものを忘れちゃうことあるよね……」


 グレイはド忘れでも、俺のは物忘れかも……。

 と、とにかく、これでグレイは助けられたし、透明ゾンビへの対処法もわかった。

 透明ゾンビは下の階から上がってきた説が有力だし、魔法スキル持ちのキョウカとカナリアが合流した今なら上がってこれない。

 グレイには引き続き単独でアイテム回収をしてもらい、俺はカナリアと合流してゾンビの波を抑えないと……。


 パリンパリンパリン……ッ!

 キィィィィィィーーーーーー!!


「…………」

「…………」


 窓ガラスが割れる音と奇声……。

 あぁ、上からもどなたかお越しですね……。

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