Data.129 弓おじさん、救援の一矢

 ソロでもポピュラーなゾンビは敵じゃない。

 サクサク倒して西病棟につながる長い直線の廊下に入る。


「なかなか群がってるじゃないか……!」


 廊下のほぼ突き当たりにゾンビの群れが見えた。

 キョウカほどのプレイヤーが身動きが取れないということは、特殊な個体がいる可能性が高い。

 このタイミングで【アイムアロー】を使って飛び込むより、ここから長射程を生かした射撃で数を減らし【ワープアロー】でキョウカに接近、体を掴んで【アイムアロー】で撤退が一番安全か。

 逃げる時は湧いてくるゾンビに背を向けることになるし、【アイムアロー】の攻撃判定が身を守る盾になる。


爆裂する矢の嵐バーニングアローストーム!」


 このサバイバルで味方殺しはない。

 キョウカがゾンビの群れに囲まれていても気にせず矢を撃てる。

 ゾンビは爆裂する無数の矢によってその数をどんどん減らしていき……ほぼいなくなった。

 あれ? 強いゾンビはいなかったのか?

 ならなぜ彼女は苦戦していたのだろう?

 ……聞けばわかるか。


「ワープアロー!」


 ギュンッとキョウカとの距離を詰める。

 俺が助けに来ることを知っていたキョウカは、ワープには少し驚いたものの至って冷静だった。


「すまない、私としたことが利き腕の右腕を部位欠損してしまった。こちらの病棟には部位欠損の回復アイテムはなくてな……」


 利き腕が使えない状態だったのか……!

 そりゃ雑魚にも苦戦するはずだ。

 俺なんてどちらかの腕を失った瞬間、弓を扱えなくなるから苦戦どころか戦えない。

 彼女の場合は片手剣のレイピアが武器だったから左腕に持ち替えて戦うことが出来たんだな。


「きっと、グレイとカナリアが回復アイテムを見つけてくれてますよ」


 そういえば、カナリアって東病棟で集めてきたアイテムを俺に分配してくれてないよな……。

 それどころか何を手に入れたのかも聞いてない……。

 まあ、聞かなかった俺も悪いのだが。


「さあ、撤退しましょう。そのためにはあの……体を密着させないといけないのですが……」


「気にすることはない。頼む」


「では……アイムアロー!」


 キョウカを抱いて直線の廊下を飛ぶ。

 突き当たりの壁にぶつかって減速した後、駆け足で中央病棟に向かう。

 来た時より中央病棟にゾンビが多い。

 オリヴァーたちで処理できなかったゾンビがフロア全体にあふれているんだ。


「こちらキュージィ。オリヴァーさん、キョウカさんは無事救出しました。撤退準備を!」


『了解した! 今熱いところだぁ! 以上!』


 長々と話す余裕はないか……。

 早く援護しないと!


 戻ってきた正面入口前は、ゾンビでごった返していた。

 雑魚はもちろんのこと、特殊な個体も数多く存在する。

 特に恐ろしいのはチェーンソーを唸らせているゾンビだ。

 あの音は聞くだけで足がすくむ。

 もちろん切れ味も剣や斧の比ではない。

 さっさと無力化してしまおう!


「封魔縛陣3連射! 退魔防壁! ガトリング・ウェブクラウドアロー!」


 強そうな個体は捕縛し、防壁でオリヴァーたちを守る。

 雑魚ゾンビは密集しているのでネバネバのネットが上手い具合に絡み合う。

 1発の網に無数のゾンビがひっついて団子のように地面に転がる。


「斬魔攻刃! 連射!」


 破魔弓術のスキルたちは特殊な仕様のものが多く、【弓矢融合】で組み合わせられないので気合いで連射する。

 それでも動けなくなった敵の処理には十分だ。

 ある程度数を減らしたところで全員階段へと撤退する。

 こちら側にもレーザーゲートは設置してあるので、即座に起動を選択。

 これでやっと正面入口側もひと段落ついた。


「私のせいでみなには迷惑をかけた。本当にすまない……」


 キョウカが申し訳なさそうに謝罪する。

 しかし、責める者は誰もいない。

 結果論だが、みんな生き残ったしタイムリミットまでの時間稼ぎもできたからな。

 それより気になるのは時間に遅れた理由だ。


「なにか西病棟にヤバいゾンビでも出たんですか?」


「ああ、レバーを引いたら出てきた。それも何回もな」


 カナリアと同じミスをしている……!

 しかも何回も!?

 案外天然なのか?


「私が最初にレバーを見つけて引いた時には、棚がスライドして隠し部屋が出てきたんだ。そこには性能の良い回復アイテムが複数あった。だから、てっきりレバーを引けば良いアイテムが手に入ると思い込んでしまったのだ」


「なるほど……確かに当たりを1個見つけると他にもあるんじゃないかと思うのは当然ですね……」


「実際当たりは他にもあったのだ。ただ、はずれも相応にあってな……。出てきたゾンビを倒しているうちに時間が過ぎてしまった。強い個体も多く、腕まで持っていかれた。私の判断ミスだ……」


 それはそうかもしれないが、俺は生き残ってアイテムを回収してきたことを重視したい。

 良いじゃないか、上手くいったのなら……と。

 俺も当たりとはずれがあるレバーなんてガチャガチャみたいで絶対に何回も引いてしまう。

 ただ、この言葉をキョウカにどう伝えればいいのかわからない。

 あからさまに落ち込んでいるからな……。


「……だが、みなに迷惑をかけただけの成果は得られたと思う。アイテムは余すことなく回収したつもりだ。特にこのゾンビサバイバルにおいて絶対に必要な『あのアイテム』も手に入ったぞ」


 キョウカのテンションが急に上がる。

 そんなに良いアイテムが手に入ったのか……!?


「見よ、これがロケットランチャーだ!」


「…………」


 ……確かにロケットランチャーといえば対ゾンビ戦において最強のイメージはある。

 ただ、無数のゾンビが押し寄せてくるサバイバルにおいて弾数が少ないロケラン1つで戦況が大きく変わるとは……。


「おおっ! すごいじゃないかキョウカ! 流石は戦士団の副団長だな!」


「わぁ!? カッコいい! これさえあればクリアしたも同然ですね!」


 オリヴァーとアンヌは真面目にこういう人たちだし、俺も話を合わせておこう。

 強力な武器であることは確かだ。きっと役に立つ。


「このロケランがあれば、強いゾンビも一撃で処理できそうです。いざという時、心強いですね」


「だろう? だから、これをお前に託す」


「えっ!?」


「私を助けてくれたのはお前だ。それに私は射撃系武器の扱いに慣れていないからな。プロフェッショナルであるお前に是非とも受け取ってほしいのだ」


 弓に関してはプロフェッショナルかもしれないけど、ロケットランチャーに関しては未知数なんだよな……。

 でも、射撃系武器を扱っている奴が使うべきという理屈は筋が通っているし反論できない。

 こうして、この戦いの切り札と期待されるロケットランチャーは、俺が預かることになったのだった……。


「そういえばキュージィ! 向こうの方は大丈夫なのか!? カナリアとキミの相棒が残っているみたいだが!」


「あっ!」


 やることはやったし、すぐに戻らないと……!

 キョウカの部位欠損を治すアイテムはオリヴァーがグレイから受け取っていたのですぐに治した。

 これで正面階段の防衛戦力に問題はない。


 キョウカから西病棟で集めたアイテムを分配してもらい、すぐに裏口階段に引き返す。

 あれだけ楽しそうに撃っていたサブマシンガンの銃撃音が聞こえない……。

 無事だと良いが……!


「うわああああああん!! ゲートを壊さないでくださいぃぃぃぃぃぃッ!!」


 カナリアは健在だった。

 だが、レーザーゲートの周りには巨大な鉄槌を振り回すゾンビが群がっている。

 ついにゲートそのものを破壊しようとする個体が現れたか……!


「うわあああああああああ!!」


 今度はグレイの悲鳴だ!

 敵がいないはずの上の階から聞こえてきたぞ……。


「騒がしくなってきたな……」


 サバイバル開始から1時間が経過しようとしていた。

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