幽遊の章
Data.111 弓おじさん、夜のフィールド
「すっかり暗くなってしまったなぁ……」
NSOの世界の太陽は沈んだ。
あたりを照らすのは月と星の光のみ……。
最終決戦の疲れでいつもより深い眠りに落ち、起きるのが遅くなったあの日から、俺の生活リズムは少しズレた。
昼夜逆転と言うほどではない。
ただ働いていた頃より少し後に起き、寝る時間も少し遅くなった。
健康面を考えると直した方が良いのだろうけど、ゲームを遊びたい気持ちも眠気には勝てない。
仕事の時のように目覚ましで叩き起こしても絶対に二度寝してしまう。
早寝も同じく眠たくならないと寝つけない。
これ以上ズレるようならなんとかして直すけど、まあちょっとくらいなら問題ないだろう。
何より生活リズムがズレたおかげで、まだ見たことがないNSOの一面を見られるかもしれない。
その一面というのは……夜だ。
俺は朝ログインして夜ログアウトという遊び方を続けてきたから、夜のNSOをあまり知らない。
夜はモンスターが増えたり強くなったりするという情報は聞いているが、体験したことはない。
というのも、夜の闇は射撃の天敵だからだ。
どうやら俺には弓矢の才能があるらしいから、見えている敵に当てるのは苦にならない。
でも、闇に潜む見えざる敵を撃てと言われると……困る。
夜行性生物のように闇を見通す目もなく、コウモリのように超音波で物の位置を探ったりも出来ない。
視界の狭さは長射程を殺す。
結局見えないものは撃てない。
だから俺は夜を避けてきた、
あと、恥ずかしながら単純に暗いのは苦手だ。
リアルの夜もそんなに好きじゃない。
暗がりを見ていても気分は落ち込んでいくだけだ。
だから、ホラーゲームもダメなんだよなぁ……。
作り込まれたダークな設定を調べたりするのは好きだが、実際にプレイしろと言われると……。
進めるたびに怖い目にあうとわかってるのに、どうしてやる気が出てこようというのだ……。
とまあ、俺自身も俺の戦闘スタイルも夜が苦手だ。
ならなぜ俺は夜のフィールドの真っ只中にいるのか?
……完全にミスだ。
俺がクリアしただけで『黄道十二迷宮』のイベントはまだ続いている。
最近は最終決戦の挑戦者も増え、難易度を下げて同時に何パーティも戦える形式になったが、それでもクリア者は少ない。
よく勝てたなぁ……と今でも思う。
もう一回戦ったら普通にどうなるかわからない。
そんなギリギリの勝利だったからなぁ……。
いや、この話は置いておこう。
今はそんな場合じゃない。
俺はチャリンも言っていたように隠し迷宮を探してフィールドを駆け回っていた。
しかし、そう簡単には見つからない。
もっと隠れた場所にあるのではないかと思い、今日は偶然見つけた洞窟に潜ってみた。
結果は……ハズレ。
やたら長いのに何もない洞窟だった。
オンラインゲームではいつかイベントやクエストで使うマップを先に作っておくことがある。
この洞窟の出番はまだ先だったってことだな。
でも、通常モンスターは普通に出てくるので結構時間を食ってしまった……と思いながら外に出てきたら、空が暗くなっていた。
しかも運が悪いことに今いる洞窟はまだ地図を手に入れてない真っ黒なエリアだ。
どちらに進めば夜でも比較的安全な街道に出られるのかわからない。
ファストトラベルは街から街が原則なので、フィールドからワープすることは出来ない。
さて、どうしたものか……。
ログアウトを目指すなら街道を探し、その道沿いに点在している村を探すのがベターだ。
村は最低限の施設しかないが、ログアウト可能だし街へファストトラベルも出来る。
逆に街から村には飛べないのが少し不便だけど、あくまで村は街から離れたフィールドでも回復やアイテムの購入、ログアウトを可能にするための救済要素だ。
ちなみに街以外でログアウトすることも可能は可能だ。
しかしその場合、意識の抜けた体がその場に残るので、ほぼ確実にモンスターの餌食になる。
チャリン戦で傷ついた装備を直したばかりだし、それは選択肢に入らない。
記憶を頼りに近くの村を目指そう。
グルルルルルル…………!
獣の唸り声だ。
しかも複数で、距離も近いな。
ガー坊は深い海に住んでいたけど暗視能力はない。
いつもの様に威嚇の鳴き声をあげなかったのも当然か。
「松明、松明……」
念のために松明を買っておいて正解だった。
それも高価で、とびきり明るいと評判の松明をな!
松明をアイテムボックスから取り出して『使う』を選択する。
すると、白に近い炎がボッと燃え上がった。
試練の時に貰った松明に比べると熱さを感じる……!
でも、あの時の何倍も明るい!
まるでライトで照らしたように複数のオオカミたちが浮かび上がる。
真っ黒な体毛にギラギラ光る赤い目……体も筋肉質で大きい。
昼間に出てくるオオカミより強いんだぞって見た目で主張しているな。
「いくぞ、ガー坊」
「ガー! ガー!」
ガー坊を前に、俺は洞窟を背にして戦う。
洞窟にもモンスターは出るが、ほぼ倒したのでしばらくは出現しないだろう。
安全な場所に背を向けることで、前方だけを気にすれば良くなる。
ソロで四方八方から攻撃される状況はご法度だからな。
キリリリリ……シュ! ザクッ!
矢をどんどん撃っていく。
松明は地面に突き刺してある。
敵の姿さえ見えれば当てるのは簡単だ。
オオカミたちの動きは素早いと言っても、チャリンには及ばない。
ただ、こいつら硬いぞ……!
ヘッドショットを決めても一撃では倒れない。
オオカミ型モンスターは素早い代わりに耐久力は乏しいはずなのに。
これが夜のモンスターか……!
「生半可な気持ちで出歩くものではないな」
オオカミたちを全滅させて一息つく。
負けはしないが、戦う場所が悪かったらもっと苦戦していたかもしれない。
相手がクマ型だったりゴリラ型だったりしたら……怖いけどちょっと戦ってみたいと思ってしまった俺は、もはや戦闘狂なのかも。
でも、今回はとりあえず村を目指そう。
狩りをする時は狩りをする心の準備がいる。
さっきも言ったように生半可な気持ちだと痛い目見そうだからな。
「あ、地面にぶっ刺した松明を回収しないと!」
妙に明るいと思ったら松明をしまうのを忘れていた。
せっかく高い奴を買ったんだから1回使って無くしましたでは困る。
……あれ?
松明をしまっても明るいままだ。
空から光が……。
「…………」
声も出なかった。
頭上に飛行船が浮かんでいるのだ。
ぼんやりと光る人魂を引き連れ、ツギハギのガス袋で空を飛ぶ姿はまるで幽霊船……。
幽霊飛行船だ……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます