Data.106 弓おじさん、幽霊組合始動
「さぁて、本番の前に役割だけ再確認するよ!」
初期街の噴水広場前で、俺たちは作戦会議をしていた。
会議と言っても大した作戦はない。
ただ、各々がやるべき仕事くらいは決めておかないと流石に不自由するだろうと役割分担を行った。
まず前衛はネココ。
チャリンに接近戦を仕掛けてダメージを与えつつ、行動範囲を制限して俺に近づかせないようにするのが役割だ。
中衛はサトミとサル型ユニゾンのゴチュウ。
ゴチュウは元々『マジックモンキー』という種族のモンスターなので魔法系スキルを得意としている。
ネココをサポートしつつ俺に飛んでくる飛び道具をスキルで撃ち落とすのが役目だ。
そして、後衛はキュージィこと俺!
役目はシンプルに後方からチャリンを攻撃し続けることだ。
前衛と中衛がピンチでもチャリンへの攻撃の手は緩めるなと念を押されている。
攻撃は最大の防御。チャリンにダメージを与え続ければ前衛中衛が態勢を立て直す隙も生まれる。
また、ガー坊は俺の手前で待機し、チャリンが接近してきた時の時間稼ぎを担当することになった。
本当はサトミとゴチュウと並んで中衛を担当してもらいたかったが、ガー坊の地上でのスピードでは普通のボスモンスターに通用してもチャリンには通用しない。
あくまでも最終防衛ラインとして待機し、場合によっては回復スキル【ドクターフィッシュ】などで中衛を後ろからサポートをする方針だ。
決めたことは本当にこれだけで、お互いがどんなスキルを持っているのかすらも把握していない。
だからこそチャリンに作戦を読まれないが、俺にも仲間の行動が読めない。
何が起こるかは……やってみてからのお楽しみだ。
「どうやら、前の方々が終わったみたいですよ」
サトミが空を指差す。
サーペント・パレスから落とされたプレイヤーの姿がみるみる大きくなり、噴水広場の定位置に落下してきた。
今回は全員見知らぬ4人パーティだが、装備の感じからして彼らも上級者だろう。
まあ、その自慢の装備も今となってはボロボロなのだが……。
俺たちみたいにソロで挑むと案外装備は傷つかない。
一撃でサックリと倒されるからだ。
逆にパーティで挑むとチャリンも複数を同時に相手にすることになるので、一撃で倒さずダメージを蓄積させて倒す戦法に切り替わる。
その結果装備へのダメージも蓄積され状態が悪くなりやすいのだ。
今回は俺たちもパーティで挑むので、負けるとあんな感じになるんだろうなぁ……。
いや、勝つのだから負けた時のことなど考える必要はない。
さて、俺たちの順番が回ってきた。
最終決戦は今のところ1パーティずつしか挑戦できない。
なのでエントリー後、順番待ちが発生することもある。
でも、今はそもそも挑戦するプレイヤーが少ない時期だし、装備修理の関係上再挑戦にも時間がかかるので、基本的に待つことは少ないらしい。
つまり、今日は珍しいことが起こったのだ。
チャリン曰く、挑戦者が増えたらダンジョンや特定のボス戦のようにパーティごとに異なる空間で戦えるようにして待ち時間を完全になくすとのことだが、おそらくその段階で難易度は下がってしまうだろう。
俺たちはこの形式のうちにクリアしたい!
両手を天に掲げる。
噴水広場に集まったプレイヤーたちのボルテージも一気に上がる。
観客自体が前より増えているので、歓声自体も大きくなるはずだ。
なぜこんなに人が集まるのか?
リアルタイムでチャリン戦を見られるのは……ゲーム内の噴水広場だけだからだ。
ネット配信もしていないし、公式が動画を上げることもない。
プロゲーマーたちは自分で動画を上げて再生数を稼ぎ、さらにはチャンネル登録者も増やしたいわけだから、公式に映像を垂れ流されては困るのだ。
しかし、運営としては観戦もゲーム内コンテンツの1つとして育てたいわけだから、折衷案としてゲームにログインしているプレイヤーにはリアルタイムの映像を見られるようにした。
巻き戻しはできないので、後から戦いを見直したいならプレイヤー本人が上げた動画を見るしかない。
良いプレイングを見せればリアルタイム観戦した人たちも動画で見直してくれる確率が上がり再生数は伸びる。
運営としても動画が伸びれば良い宣伝になり、NSOを遊ぶ人が増えるかもしれない。
win-winの関係とはこのことだな。
なお、別に自分で動画なんて上げないよって人は運営側が録画したものを宣伝目的で使うことがあるらしい。
俺の場合はプロゲーマーのネココとサトミがいるので彼らの判断に任せるつもりだ。
俺たち3人の体がサーペント・パレスに向けて飛翔する。
降り立つ場所は2回目だからと言って変わらない。
中央にある正方形の白い石の舞台の上だ。
『あらあら! これはまた珍しい組み合わせねぇ~』
チャリンは目を丸くして驚く。
珍しいも何も、この3人で組むのは今回が初めてだ。
今までで一番の強敵に初めて組むパーティで挑むというとんでもないことをしている。
『まあ、数を増やせば勝てそうっていう安易な理由で組まれたパーティじゃないことを願ってるわ』
「…………」
「…………」
「…………」
全員チャリンの言葉に反論はない。
ザックリ言えばそういう一面もあるパーティだ。
まさかお互いのスキルすら把握していないとは夢にも思うまい……!
『あ、そうだ! 一応確認しておくけど、この戦闘では味方にも攻撃が当たるって知ってる?』
「えっ!?」
驚いたのは俺だけだった。
以前聞いたチャリンのルール説明ではそんなこと言っていなかった気がするが……。
『ごめんなさい! 口では言ってなかったかも! ヘルプに追加されてる『イベントルール一覧』には書いてあるの!』
ステータスウィンドウを開いて『ヘルプ』のタブをタッチする。
「あ、本当だ」
イベント『黄道十二迷宮』に関するヘルプが追加されている!
試練のルールはもちろんのこと、最終決戦に関するルールも記載されている。
どうやら、各迷宮の前にいるコスプレチャリンからルール説明を聞くたびに追加されていたようだ。
最終決戦の場合は、話を聞いたおとめ座の試練クリア後のタイミングだな。
俺は1回ルールを聞いたら覚えられたが、プレイヤーの中にはダンジョン攻略中にご褒美の条件などを忘れてしまう人もいるかもしれない。
そういう人もヘルプがあれば一安心というわけだ。
最終決戦のヘルプには確かにチャリンの言うような文言が記されている。
俺はソロ攻略が基本だし、わかりやすくシンプルにルールを説明してくれたチャリンがパーティに関することを言い忘れても仕方がないな。
まあ、ガー坊がいるんだけど基本的にガー坊に矢が当たったことはない。
それこそ敵として出会った時に当てて以来一度もない……と思う。
味方には攻撃が効かないといっても当たり判定はあるから、味方に当てるとその分の射撃が無駄になる。
前衛後衛に分かれて戦っている時もガー坊に当てたことはない。
だが、今回はガー坊よりも体が大きくて動きが速いネココがいるんだよなぁ……。
いつぞやの鏡の中の世界で共闘した時には当てなかったが、今回は状況が違う。
そもそも、なんでこんなギスギスしそうなシステムを追加したのだろうか?
『運営的にはこれからのことを考えてリアルに近い戦闘システムを試したいみたい。味方にも攻撃が当たるとなると、範囲が広い攻撃や威力の高い攻撃を使う際に緊張感や駆け引きが生まれるから、戦ってる方も見てる方も面白くなるって』
まあ、それはそうかもしれない。
バトル漫画で最強の攻撃力を持つ敵Aと最強の防御力も持つ敵Bのコンビが現れたら、絶対にAの攻撃をBに当てて倒す。
今までのNSOのシステムではそんな
あと、『俺ごとこいつを撃てぇー!』って展開も新たなシステムでは出来るようになるな。
……確かにそんな戦いの方が見ている方は面白いかもしれない。
運営は相当『観戦』というコンテンツを育てたいようだ。
戦う方は神経を使うけどな!
『この新システムは現時点では最終決戦だけのものだから、そこは覚えておいてね! 言い忘れてて本当にごめんなさい!』
「いや、構わないよ。ルールの確認を怠ったのは、俺も調子に乗ってたってことさ」
勢いだけでどんな敵にも勝てるとどこかで思っていたのかも。
確認作業も大事だ。人格は人間そのものだからAIだってミスをする。
それより、問題はネココとの意思疎通だ。
「ネココ、こっちの……」
「気にする必要はないよ。私はおじさんの矢も避けながら戦える。当たっても気にせずにチャリンを狙い続けてね。そこを忘れたら怒るから」
今のネココは毛の逆立った猫に近い。
負ければ装備の修理で時間が経過し、難易度が下がってしまう可能性もある。
憧れの叔母様と同じ難易度でクリアできないという事態を避けたくてしょうがないようだ。
「サトミくんは……」
「僕は位置取り的にチャリンに接近しないので問題ないです。あと、僕も呼び捨てで構いませんよ。『くん』の2文字のせいで意思の疎通に遅れが生じるかもしれませんから」
「ああ……」
サトミも緊張してるな……。
待ち時間に『動画ならまだしも生配信で目立つのは苦手』と漏らしていたのを覚えている。
確かに生の視線に晒される配信と編集でマズイシーンを消せる動画とではワケが違う。
ピリピリしている若者2人のため、おじさんに何ができるだろうか?
本人たちに聞けば、間違いなく『チャリンを倒して』と言われるだろう。
ならば、その望みを叶えよう。
ゲーマーとしての経験は一番浅いし、年の割に自慢できるような人生経験もないが、今の状態だと俺が一番自然に動けそうだからな。
初めてのイベントでネココに負け、なぜかすごそうなドラゴンには勝て、陣取りではやってしまい結果的にキャラクターの顔をネット中に晒され有名になり……。
いろいろあった今の俺に、もはや敗北など恐れるに足りない。
負けるところを誰かに見られたっていいじゃないか、失敗したところを誰かに笑われたっていいじゃないか。
そう思えるのはゲームで重ねてきた短くとも濃い経験と長く過ごした平凡な人生のなせる業だ。
2人にはまだ早いかもしれない。
だから、今は一言だけ。
「勝てるさ、俺たちなら」
「……うん!」
「もちろん……です」
本当の最終決戦が始まる。
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