Data.104 弓おじさん、視聴する

 3つの装備の修理にかかる時間は合計で約30時間。

 つまり、1つにつき10時間で終わる。

 真っ二つにされたのでもっと時間がかかると思っていたが、前回よりも短く済みそうだ。

 全体が焼け焦げるのと綺麗に斬られるのでは、後者の方が直しやすいのだろうか?

 傷口が綺麗だから、つなぎ合わせるだけでいいとか?


 ……リアルだとそうもいかない気もするが、ゲームなので問題ない。

 装備が早く直ればそれだけ早くチャリンに再挑戦できるし、結果オーライだ。


 あ、そうそう。

 俺はウーさんに『裁き』のアイテムの組み合わせも依頼しているので、修理の開始はその後になる。

 そっちは作業完了に1日かかるから、すべての作業が終わる日は2日後の朝だ。

 その時が来るまでは別の装備で冒険を続けるか、他のプレイヤーの戦いを観戦して対策を練るか……だな。


 とりあえずネココたちと別れ、工房に装備を預けた俺はログアウトした。

 今日は長い一日だった……。

 ドッと疲れたが、まだやることがある。


 ネココに言われた動画を見なければならない。

 彼女の叔母であるプロゲーマー……名をマココ・ストレンジと言ったか。

 チャンネル名は『MacocoTV』。

 なんともひねりがない直球のチャンネル名だ。


「検索検索……」


 目当てのチャンネルはすぐに見つかった。

 今話題になっているようで、検索の一番上に例の動画が出てきた。


 【NSO】チャリン・ジ・オリジン:ソロ討伐【ブーメラン】


 シンプルなタイトルだ。

 サムネイルも動画のワンシーンをそのまま流用しており、カラフルな文字で内容をわかりやすく伝えようという意思はまったく感じ取れない。

 このご時世にこんな武骨な動画を投稿しているプロゲーマーがいるとはな……。

 あまり再生数を稼ごうという気がないのかもしれない。

 それとも、そんなことに時間を使うくらいならゲームを遊んでいたい変人なのか……。


 その答えは動画を再生してすぐにわかった。


 最近の動画にはよく挿入されているオープニングもなく、本編はすぐに始まった。

 字幕も編集もないそのまんまのゲーム映像。

 まず映ったのは長い赤髪の女性だった。

 赤と黒のゴシックなドレスの上にアーマーを装備した姿は、美しさと力強さをの両方を感じさせる。


『……あなたの場合はユニゾンを含めて2人という扱いを受けるから、6つの武器を使わせてもらうわ』


 チャリンによる追加ルールの説明が終わる。

 この追加ルールは全プレイヤーに対してこのタイミングで行っているみたいだな。

 マココの場合はカラス型のユニゾンを連れているので、状況は俺と同じだ。

 というか、ガー坊も『レイヴンガー』ってカラスの名前が入った種族だし、ユニゾンまでどこか似ているのか。

 これは親近感がわくな。


「あの、1つお願いしてもいい?」


『え、お願い? 基本的に手加減とかは……』


「私には全部の武器を使ってくれない? 13種類全部ね」


『……へ? ええっ!?』


「なんか、勝手に制限付けられちゃうと手加減されてる感じがして嫌なのよねぇ。それに13種類も武器があるのに半分しか体験できないってもったいない気もするわ」


『つ、使う武器を減らしてと言われたことはあるけど、増やしては初めてだにょん……。あ、びっくりして語尾が……!』


「別に私以外損しないし許可してくれないかな? 全部の武器に勝ったからといって追加のご褒美なんて求めないし、本当に難易度を上げるためだけに使ってほしいの」


『ま、まあ確かに……。まだクリア者は出てないし、これから挑戦しに来るプレイヤーにも全部武器解放モードを体験できるようにすれば、不平等にもならないわね……。望む人がいるとは思えないけど……』


「じゃあ、オッケーってことで! 頼むわよ!」


 交渉が終わったところで、説明が再開される。

 マココはバトルフィールドと開始位置の話を聞いた後、バトルを森の中で開始すると宣言した。

 しかし、その森というのはチャリンがいる舞台の目の前だ。

 チャリンから距離をとるためではなく、森の中で戦いたいだけなのか……?

 決戦開始のカウントダウン中も彼女は微動だにせず、腕を組んで仁王立ちでその時を待つ。


『バトルスタート! じゃあ、いくわよ! コレクトブーツ・ピスケス Ver.NSO!』


 チャリンの初手はやはりあのブーツで距離を詰めることだった。

 マココのいる森は目の前だ。

 数歩で接敵する……!


 チャリンが最初に選んだ武器は俺にも使った双剣だ。

 小手調べとでも言いたげに正面から斬りかかる。

 対するマココはそれを右腕に装備した円形の盾で受け止めた。

 淡く発光するオーラを纏った盾で、極端に薄いのに剣を受け止めても砕けない。

 見た目以上にレア装備なのかも。


 さらにマココは左手の武器で反撃に移る。

 『く』の時に折れ曲がった不思議な形の刃物だ。

 ククリナイフって言うんだっけ?


 いや、それにしては折れ曲り過ぎだ。

 もっと別の武器……そうだ!

 タイトルにも書いてあったしネココも言っていた。

 あれはブーメランだ!


 ブーメランを近接武器として使い、普通にチャリンと渡り合っている……!

 いや、どちらかと言えばマココの方が押している。

 尋常ではないゲームセンスだ!

 これが『本物』って奴なのか……?


 チャリンは接近戦は分が悪いと悟り、距離を置く。

 そこへすかさずマココがブーメランを投げる。

 投げたのは盾にしていた円形のブーメランの方だ。

 サークルブーメランって言うんだっけ?


 しかし、投げ方をミスったのか、ブーメランはチャリンの遥か後ろを飛んでいく。

 これを好機とチャリンは武器を変える。

 右手には銃、左手には……拳から手首を覆うような筒をすっぽりとはめている。


『コレクトピストル・スコーピオンVer.NSO! コレクトキャノン・アクエリアスVer.NSO!』


 ま、まさかの飛び道具!

 13種類も武器があれば何かしら遠距離武器もあると思っていたが2種類もか……。

 まだありそうな気配もするなぁ……。


『13の武器を解放するってことは、あらゆる状況に対応できるということ! ブーメランしか武器のないあなたは不利になるだけよ!』


「それはどうかしら? ブーメランは万能武器、ブーメランはすべてを兼ねて……上回る」


 投げミスしたと思われたブーメランが急に進路を変え、一直線にチャリンの背中に迫る。

 まるでブーメランが磁石に引っ張られているようだ!

 これは完全に決まった……!


『来なさいビルゴの盾!』


 チャリンの背中に見覚えのある盾が出現する。

 そんな装備の仕方もあるのか……!


『マグネットブーメランのことは知ってるわ! 対人戦におけるあなたの代名詞だもの!』


「だから今回は別の攻撃にしたわ」


 背後から迫っていたブーメランはチャリンの体をフッとすり抜けた。

 当たり判定のないダミーだ! ダメージは発生しないはず……。

 しかし、チャリンはお腹を押さえてよろける。


「投げたのはダミーブーメラン。単純にブーメランの幻影を飛ばすスキルね。そして、お腹に当たったのはクリアブーメラン。これも単純にブーメランが透明になるだけ」


 な、なるほど……。

 ブーメランは戻ってくるから、敵は常にその軌道を気にしなければならない。

 ダミーでも敵に圧力をかけることが出来るのか……。


 矢にダミーを混ぜたところで敵からすればダメージがなくてラッキーってことにしかならないし、ブーメランならではのスキルだな。

 それに武器を透明にするスキルを組み合わせれば、敵はさらに混乱するというわけだ。

 目に見えている物は偽物か、見えてないところに本物があるのか……。

 いちいち考えさせる時間を作れば、それだけ相手の動きも鈍る。


 だが、クリア系のスキルは威力が下がる。

 とてもこの奇策だけでチャリンのHPは削り切れない。

 そんな中、チャリンは新たな武器を……いや、まさか!


『やっぱり、あなたの相手をするなら使わざるを得ないわね……。コレクトヘルム・カプリコーン Ver.NSO! コレクトローブ・アリエス Ver.NSO!』


 防具もあるのか……!?

 ヤギのぐるんとカールした角がくっついたヘルメットに、全身を包むゆったりとしたサイズのローブだ。

 ローブの裏地はもこもことした羊毛。あれで衝撃を吸収するのだろう。

 俺との戦いの時に使われていたら、もっと簡単に負かされていたんじゃないか?

 そう考えると、全部の武器を使ってもらわないと手加減されてる気分になるってマココの主張もわからないでもない。


 しかし、マココは今その主張のせいで追い込まれている。

 防具をつけたことでチャリンは些細なダメージを気にしなくなった。

 ブーメランは決して火力の高い武器ではない。

 剣や斧、銃に大砲まで使えるチャリンに攻めたてられればダメージレースで負けてしまう。


 スキルとスキルをぶつけ、奥義を奥義でしのぐ……たぐいまれなる判断能力と反射神経。

 そして、それを実行できる身体能力で頑張ってはいるが、確実に彼女は追い込まれている。

 ここからどうやって勝つというのだろう……?

 俺の疑問をよそに、マココは表情を変えない。


「……良いわね。あなたたちみたいな人間を超えたAIを相手にしてると昔を思い出すわ。同時にこっちも本気じゃないと勝てないってこともよくわかる」


『へー、まだ本気じゃないって言うの?』


「まあ……ね。いくわよ、クロッカスJr.!」


「カー! カー!」


 戦闘開始からずっと木にとまって静観していたユニゾンモンスターがマココの元へとはばたく。

 ガー坊と同じく機械のような体を持つこのカラスは、次の瞬間驚くべき行動に出た。


「へ……変形したっ!?」


 思わず声が出る!

 カラス型ユニゾンが巨大ブーメランに変形したのだ!


邪悪なる大翼カース・オブ・ウイングNEXTネクスト!」


 マココは身長以上の大きさのそれを軽々と振り回し、チャリンに向けて投げつけた。


『うっそぉ~!?』


 本来、武器は2個までしか同時に使えない。

 NSOの武器装備枠は右手と左手の2つしかないからだ。

 マココはその限界を超えるため、ユニゾンを武器にした。

 いや、武器になるユニゾンを選んだんだ!


 それからの戦いは……一方的なものとなった。

 ブーメランが2つから3つに増えただけではなく、マココ自身も戦い方を変えた。

 剣や盾のようにブーメランを扱わず、投げてはキャッチして投げるを繰り返す。

 常に3つのブーメランが空中を乱舞する状態をマココは維持する。

 投げる、掴む、投げる、掴む……まるで踊っているようだ。


 さらにそれぞれのブーメランがスキルを発動する。

 ダミーや透明化はもちろんのこと、炎をまとっていたり、毒が塗られていたりと変わり種はさらに増えていく。

 特に感心したのは射程が短くなるインファイト系スキルの使い方だ。

 ブーメランは『射程が短くなる=すぐに手元に戻ってくる』ということなので、インファイト系スキルを使えば投げる動作は同じでも飛ぶ軌道を大きく変えられる。


 チャリンが意識しなければならないものは一気に増え、対応がどんどん後手後手になっていく。

 13の武器を持つチャリンを3つのブーメランと見事なプレイングで追い詰める……。

 これがネココの憧れる叔母様か……!


獄炎灰塵旋風ごくえんかいじんせんぷう!」


 天をも焦がす赤黒い炎の旋風で決着はついた。

 チャリンは敗北を認め、マココと何やら親しそうに話を始めるところで動画は切れていた。

 おススメ動画の表示やチャンネル登録を誘導するメッセージどころか、フェードアウト編集すらないぶつ切りとは……一周回って斬新だな。


 でも、これだけ手抜き編集なのにチャリンを倒したご褒美はわからないようにカットしてあることに俺は気づいた。

 マココというプロゲーマーのことが少しわかったような気がした。


 プレイ動画として面白く、感動というか感心したなぁ。

 マネは出来ないけど学べるところはたくさんあると思う。

 動画を見返しつつ、俺なりの答えを考えてみるか……!

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