Data.101 弓おじさん、蛇遣の決死

「いきなりやってくれるじゃないか……!」


 【爆裂する矢の嵐バーニングアローストーム】って食らう方からすればこう見えてるのか……。

 空を埋め尽くさんばかりの矢はなかなか絶望感がある。

 しかし、これは俺の切り札だ。

 弱点だって把握している!


「浮雲の群れ!」


 9個の雲を生み出し、ひし形に配置する。

 一直線に並べられないので、これが一番遠くまで移動できる配置なのだ。

 雲に飛び乗り、移動して矢の嵐を避ける!


『さっきも言った通り、これはあなたのスキルそのままよ! だから、こうやって撃つ方向を変えることも出来る!』


 チャリンが上半身をひねって俺を追いかけるように矢を降らせる。

 ああ、それも知っているさ。

 なんてったって、俺の奥義だからな!


「今だガー坊! 赤い流星!」


 岩山に登らせず、地上に待機させておいたガー坊が奥義を発動する。

 【爆裂する矢の嵐バーニングアローストーム】及び、もともとの奥義【矢の嵐】が放つ矢には2種類ある。

 弓の周りに発生した暗雲から放たれる矢と、プレイヤー自身が撃つ矢だ。

 別に威力や効果、命中率には差がない。

 なぜなら、この奥義の弓を撃つ動作は『自動』だからだ。


 要するに奥義が発動した時点で俺の体は勝手に弓を撃ち始める。

 アロー系のスキルや【裂空】は発動後に矢が特殊なものに切り替わるといった感じで、俺が撃つタイミングを決めることが出来るし、MPは戻らないけどキャンセルも出来る。

 だが、かつての【弓時雨】や【矢の嵐】、【流星弓】などは発動と同時に両腕の自由がなくなる。

 高速で弓を撃ちまくるという効果を実行するために、ゲーム側が体を動かすからだ。


 特に【流星弓】なんて早く弓を撃ちすぎて腕の残像が見える。

 でも、本来人間にそんなことは不可能だ。

 だから勝手にやってくれる。


 それは良いことでもあり、悪いことでもある。

 今回のチャリンにとっては悪いことだ。

 カウンターの効果が『そのまま』を返すことならば、デメリットも『そのまま』。

 つまり、両腕を縛られているも同然なのだ!

 この状態でガー坊の奥義を防ぐことは出来ない!


「ガー! ガー!」


 【赤い流星】がチャリンを捉え、ダメージを与えていく。

 カウンター効果もすでに他の奥義をカウンターしている最中には発動しない。

 今度こそこちらの一撃がクリーンヒットした!


『いててて……! 流石はここまで幾多の苦難を乗り越えて来たコンビね。いきなりの大技返しにひるまず、反撃までしてくるなんて』


「そりゃどうも……!」


 会話中も攻撃を加える。

 漫画やアニメみたいに話をすれば待ってくれるという保証はない。

 チャリンには制限時間もあるしな。


 さて、俺は今【浮雲の群れ】で生み出した雲の上からチャリンを攻撃しているが、正直かなり接近されている。

 あのコレクトブーツとかいう装備の跳躍力なら、この雲の高さまで飛んでくることは容易だと判断せざるを得ない。

 距離をとりたいが……それはガー坊と離れることになる。


 【ワープアロー】は俺以外をワープさせることが出来ない。

 これがフィールドでの戦闘ならガー坊を引っ込めてワープ、その後再召喚でなんとでもなるが、これは限られた空間の中で行われるボス戦だ。

 チャリンはユニゾンをパーティの1枠だと言っていたので、戦闘中にひっこめることが出来ない。

 だから、ガー坊だけチャリンの近くに置いていくことになる。


 でも、それもやむなしか……。

 前衛がいなければあのブーツの機動力ですぐに距離をつめられ、【ワープアロー】や【アイムアロー】を使って逃げてもクールタイムの関係ですぐに限界が来る。

 ここは勝負に出る!


「ワープアロー!」


 次の移動先は小高い丘にあるストーンヘンジ風のオブジェの上だ。

 丘の高さと積み上げた石の高さで視界は良好だ。

 チャリンの姿もしっかり見えるし射程圏内でもある。


『なるほど、良い判断ね。相手が私じゃなかったらの話だけど』


 チャリンが武器を変える。

 双剣からムチへ……!


『そこらへんのモンスターとは違って、私には人並み以上の知能がある! コレクトウィップ・オフューカス Ver.NSO! 絡みつけ! 蛇使い座オフューカスのごとく!』


 てっきり矢を防ぐ盾を出すかと思ったら、まさかのムチ!

 あれでどうするつもりなんだ?

 考えながらも、矢を撃って攻撃を続けるしかない。


 だが、チャリンは木陰に隠れてみたり、ブーツの跳躍力を使って矢を避けたりする。

 なかなか当たらない……!

 調子は悪くないから、俺が外しているわけではない。

 チャリンが上手くかわしているのだ。


『モンスターのAIはあえて鈍く作ってあるわ! だって、AIが本気を出したら人よりも判断が素早く、常に最適な行動をしてしまうからよ!』


 それは俺もわかっている。

 RPGのモンスターは常に最善手を使わない。

 一撃で倒されてしまうHPの味方がいても他の味方を狙ってくれることがあったり、それを連発していれば勝てる技をなかなか使わなかったりする。


 それはやはり強くなりすぎるから、そして行動が読めて単調になるから。

 たまに入るランダム行動というのはゲームを面白くする。

 古くから今なお受け継がれるお約束のようなものだ。


『でも、私は高性能AIだから、最善手をバンバン使っちゃうもんね! あなたたちプレイヤーと同じように!』


 チャリンのムチがガー坊を絡めとる。

 【オーシャンスフィア】の効果が切れて動きが鈍くなっていたところを狙われた!


『同じAIで動いてる子を性能差でいじめるみたいでちょっとかわいそうだけど……これも仕事なの! ごめんね、ガー坊ちゃん! サンダーウィップ!』


 ムチを通してガー坊の体に電気が流れる!

 弱点も把握済みってわけか……!


「流星弓!」


 ガー坊の体がバラバラに分解されてムチの拘束を抜ける。

 そして、俺の弓と合体することで、流星のごとき矢を放つ!

 チャリンのいる一帯を木や石などの障害物ごと消し飛ばす!


『合体奥義は確かに強い。そこらへんのボスモンスター程度ならこれだけで倒せる。でも、私や私を倒せるレベルのプレイヤー相手に真正面から使っても、決定打にはならないわ』


「……やっぱり?」


 チャリンは新たな武器である大盾を持っている。

 あれで【流星弓】すらも防いだか……。

 まあ、この奥義で倒せるとは最初から思っていなかったが。


『コレクトシールド・ビルゴ Ver.NSO! 守り抜け! 乙女座ビルゴのごとく!』


 大盾を見せつけるように掲げるチャリン。

 その左胸を背中から矢が貫いた。


『え……』


「君は人型だから心臓を貫けば倒せると思ってたけど、そうもいかなかったみたいだね! 流石、そこらへんのボスモンスターとは違う! リアルの人間なら終わってたんだけど!」


 使った奥義は【跳弾裂空ちょうだんれっくう】。

 物に当たって跳ねる【バウンドアロー】と速さと貫通力に優れる【裂空】を組み合わせたものだ。


 【流星弓】は緊急脱出かつ目くらまし。

 奥義の発動が終わって体の自由が戻った時には、まだ光り輝く矢がすべて消える前だ。

 当然チャリンも盾に隠れてこちらが見えていない。

 そこでこの融合奥義を放った。


 バウンドさせるための障害物は【流星弓】の影響でチャリンの周りから消滅していたので、ちょっと遠くの物を使ってバウンドさせた。

 おかげで速い【裂空】でも着弾までに絶妙なタイムラグを生み出すことが出来た。

 チャリンは完全に油断していただろう。


『くっ……! ううっ……!』


 チャリンの顔がみるみる赤くなる。

 それでいい。少女は感情的でなくては困る。

 そのために少し煽りっぽいセリフまで言ったのだ。

 すべては作戦……勝つための!


 ここまでの戦闘でわかった。

 チャリンはバケモノだ。正攻法で勝てるはずがない。

 ここまで使った武器は4つ。まだあと3つも隠し持っている。

 すべてに1人で対応することなんて無理!


 だから、勝つにしろ負けるにしろ、これから数分……あるいは数十秒のうちに決着をつける。

 気張れよ俺! 勝負は一瞬だ!

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