Data.100 弓おじさん、蛇遣の決戦
天に昇る流星となった俺は、一度大きくサーペント・パレスを飛び越えた後、普通の流星のように落下を開始した。
眼下にはサーペント・パレスの表面。
地上からは見えなかった部分がついに見えた。
中央には純白の石で作られた正方形の舞台。
その四隅にはギリシアにある神殿を思わせる円柱が設置されている。
さらにその外側には森や池、小高い丘や岩山などさまざまな自然の地形が小さめのスケールで再現されている。
俺が落下したのは舞台の上だった。
落下と言ってもぶつかったわけではなく、直前でちゃんと減速してくれたのでシュタッと膝立ちでカッコよく着地することが出来た。
『やっぱりそのままの状態で来たのね。まあ、予想通りだけど』
舞台の上で待ち受けていたのは……チャリン。
でも、いつもと雰囲気が違う。
服装や髪型はもちろんのこと、体型とか顔立ちとか、今まで見てきたチャリンとは違っている。
何より語尾の『にょん』がない……!
しかし、面影は残っているし、声色は同じだ。
まったく別の存在ではないのだろう。
じゃあ……なんなんだ?
『私はそもそもメダリオン・オンラインの看板ヒロインとして生み出された存在。最初期のチャリンは最新のチャリンとは方向性が違って、パッケージを飾る正統派金髪美少女でしかなかったの』
「じゃあ、この姿が……」
『その通り! これが最初のチャリン! チャリン・ジ・オリジンよ!』
「お、オリジン……!?」
『最新の私はゲームのテコ入れのために衣装を露出の多いものに変えたり、色気を出すために背を伸ばしたり胸を大きくしたり、インパクトを与えるために語尾をつけたりした後の姿なの! 星座要素だって輝くメダルを集めるゲーム性と輝く星を集めて星座を作るところに共通点を見出した私による後付けよ!』
確かに目の前のチャリンは普通の美少女キャラだ。
全体的に細身で、髪形も毛量が多すぎないリアル路線のツインテール。
服装もガードが固く、最新のチャリンの防御力がまるでなさそうな服とは比べ物にならないほどしっかりファンタジーしている。
装飾としてのメダルも髪飾りやネックレスに使われている程度で、最新のチャリンのように星のごとく全身にちりばめられてはいない。
色物感は薄いが、個性的でもない。
印象に残らないキャラになっているのは確かだな。
でも、今のチャリンはチャリンで独特過ぎるんだよなぁ……。
ラスボスとして登場するなら、こっちのチャリンの方が良いのかもしれない。
『運営をサポートし、クレームに対応し、新規ユーザーのための解説動画を作り、歌って踊り、他のゲームに出張し、変化という名の成長を続けてきた私をそう簡単に倒せると思わないことね! 姿は昔の私でも、中身は今の私なんだから!』
いよいよ決戦始まる……と思いきや、チャリンは2本の指を立てピースを俺に見せつけてきた。
これが攻撃なのか……!?
『決戦を始める前に、2つだけ追加でルール説明があるわ。まず、制限時間は30分』
「なっ……!」
ここで制限時間を追加だと……?
1戦闘に30分は十分な長さだが、ボス戦となると話が違ってくるぞ……。
『30分以内に私が挑戦者を倒せなかった場合、あなたの勝ちになる。つまりこれは私を縛るためのルール。じっくり戦うとそれだけ私にも隙が生まれにくくなるからハンデみたいなものね。でも、今回は5分くらいで終わると思うから気にする必要はないわ』
「…………」
『もう1つの追加ルールも私を縛るためのもの。私には13星座の武器があるんだけど、その内へびつかい座の武器は常に使うことが出来る。でも、残り12の武器は挑戦者のパーティ人数によって使用に制限がかかる。相手が1人なら3つまで、2人なら6つまで……って感じでね。あなたの場合はユニゾンを含めて2人という扱いを受けるから、6つの武器を使わせてもらうわ』
……なかなか雰囲気がある。
語尾がなくなるだけで、ここまでクールな感じになるとはな。
自信ありげな態度といい、勝てる気がしないってのはこのことか。
だが、勝機というのは戦っている最中にふと見つかるものだ……!
『追加ルールはこの2つだけで、あとは以前に話した通りよ』
「ああ、こっちはちゃんとアイテムも準備してきた。いつでも戦えるよ」
『それはよろしい。でも、あなたは私に勝てない。あなたの強さはPvEで発揮されるもので、PvPでは致命的な欠点がいくつもある』
PvE、Player vs Environment、プレイヤー対環境のことだ。
要するに敵がモンスターのような用意されたNPCのゲームに使われる用語だ。
NSOも普段の冒険はPvEに分類される。
PvPはプレイヤー対プレイヤー。
そのまんま対人戦だ。
NSOではバトロワや陣取りが該当する。
俺の戦闘スタイルはそのPvPにおいて欠点があるとチャリンは言うのだ。
……正直、心当たりはある!
『バトルフィールドはこのサーペント・パレス全体よ。別にこの石の舞台から降りても問題ないわ。それに決戦をどこから始めるかをあなたは選べる。私の初期位置はこの舞台の上だから……あの岩山とかどう? かなり距離をとって戦闘を始められると思うけど』
チャリンが指さした岩山はサーペント・パレスの外周近くにある。
中心にある舞台の上の敵を、射程を活かして狙い撃つのにあれほど適したポジションはないだろう。
それだけチャリンが俺のスタイルを理解しているということだ。
「じゃあ、そうさせてもらおうかな」
だからこそ、素直に従う。
罠が設置されているとは考えない。
意地を張って他のポジションからスタートしても損するだけだ。
俺自身、あの岩山には目をつけていた。
そこに陣取れれば勝てるのではないか……と。
『じゃあ、岩山の上にワープ!』
体が岩山の上に転送される。
やはり、舞台の上が良く見えるし、射線を遮る物もない。
戦闘開始と同時にチャリンはこちらに向かって走ってくるだろう。
最短距離で移動するには、森に入り、川を越える必要がある。
岩山の下に来るまでに彼女を仕留められなければ、俺は【ワープアロー】を使って他の高台に逃げる。
そして、また向かってくる彼女に攻撃を加える。
地味でいやらしい作戦だが、これが射程を活かすということだ。
どんなにステータスが高くて、どんなに強い武器を持っていても、攻撃できなければ意味がない。
30分粘っても俺の勝ちだし、遠くからチクチク攻めさせてもらうぞ!
『準備はOK? 10秒後に決戦開始よ!』
チャリンの声がサーペント・パレス全体に響く。
ついにカウントダウンが始まった。
10……9……という声が地上からも聞こえてくる。
そうか、決戦の様子は噴水広場で見られるんだった!
忘れていたのに余計なことを思い出してしまった……。
生で見られるのは、ネットで話題になるよりずっとプレッシャーだ。
緊張する……が、いまさらそんなことで集中を乱すわけにはいかない!
「さあ、かかってこい……!」
自分の言葉で自分を奮い立たせる。
そして、カウントがゼロになった。
『バトルスタート! じゃあ、いくわよ! コレクトブーツ・ピスケス Ver.NSO!』
チャリンの両足装備が別の物へと変わる。
魚の鱗と飛び散る水しぶきをデザインに取り入れたフレッシュなブーツだ。
『跳ねろ!
チャリンが視界から消えた。
いや、たった一歩で信じられない距離を移動しただけだ!
真横へと飛び跳ねるようにチャリンが俺に迫ってくる!
だが、『跳ねる』ということは地面に足がついていない時間が出来るということ。
そして空中で方向転換は出来ない!
「
チャリンの進路上に矢の嵐を撃ち込む。
弾丸のような超スピードを止めるすべはない。
そのままチャリンは無数の爆発の中に突っ込んだ!
「よし! まずは一撃!」
それもデカい一撃だ!
チャンスとあらば開幕早々切り札を使える俺の判断も素晴らしい。
これまでの戦いの中で、戦闘センスも磨かれている……!
いやいや、自画自賛はここまでだ。
流石にこれでチャリンを撃破できたとは思わない。
追撃を考えなければ……。
『あなたの欠点の1つ……それは『カウンター』に対してまったく無警戒なこと。割と多いのよ、そういうスキルを持っているプレイヤーは』
矢の嵐が……吸い込まれていく!
チャリンが持つ2本の剣に向かって……!
『
すべての矢を吸収し、2本の剣が光る。
チャリンに目立った傷はない。
まさか、完全に無力化されたのか……!?
『あなたのスタイルなら特に警戒しなければならないわ。だって、『そのまま』の攻撃を返されたら射程だってそのまま。遠くにいても攻撃が届くんだから! コレクトバースト=
一層輝きを増した双剣から無数の矢が放たれる。
これは……そのまま【
俺の切り札が、俺自身に襲い掛かる……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます