Data.74 弓おじさん、熟練職人の力

「で、装備の進化とはなんなのでしょうか……!」


 工房に帰ってきた俺は、はぐらかされる前に装備の進化について尋ねた。

 亀ドラゴンのこともそうだが、待っていれば詳しいことを教えてくれるわけじゃない。

 知りたいことはどんどんこちらから聞いていかねば……!


「心配せんでも仕事の話は真面目にするぞ。装備の進化とは……装備の進化だぁ!」


「…………」


「そんな目で見んでくれ。ほんの冗談だ。装備の進化とは、要するに特定の素材を使って、元となる装備をより強力な装備へと作り変えることだ」


「それは……別物になるということですか?」


「場合によるな。基本的には性能が上がったり、武器に宿る技能が増えたりすることが多いが、場合によっては使い勝手がガラリと変わるものもある。装備次第と正直に言わせてもらおう」


「俺の『風雲弓』と『風雲の羽織』の場合はどうなんでしょうか? 今さっき手に入れたばかりの『雲海の亀龍の甲羅』で進化するとのことですが……」


 ちなみにその『雲海の亀龍の甲羅』は実物の島のような大きさではなく、持ち運べるサイズになっている。

 水槽で飼う亀の甲羅とはいかないが、リクガメより少し小さいくらいに収まっている。


「いや、あれで進化させられるのは『風雲の羽織』のみだ。『風雲弓』の進化にはまた別の素材を使う」


「別の素材……?」


「ずばり、暗黒の狼牙だ!」


 それは確か……隠し迷宮おおかみ座の試練のクリア報酬だったか。

 真っ黒で大きな牙は、ゼウスの怒りを買って雷に打たれた狼の黒く焦げた牙を想起させると、手に入れた時に思ったのを覚えている。

 これと『風雲弓』はイメージ的に結びつかないが……。


「他の装備に関しては進化させる素材が揃っておらん! だから、最初の依頼通り修理させてもらう。それに進化に関しても選択権は装備の持ち主であるお前さんにある。さあ、どうする?」


「……進化先の性能を先に見せてもらうって出来ますか?」


「もちろん可能だ! このワシほどの腕前があればヒョイと表示できるぞ!」


 俺の前に2つのウィンドウが開かれる。

 それぞれ『風雲弓』と『風雲の羽織』の進化先の情報が表示されている。


「こ、これは……!」


 装備の性能を確認した俺は、その場で『進化』を決断した。




 ◆ ◆ ◆




「おまたせ、サトミくん」


「いえ、むしろお早いですね」


 サトミは工房の外で待っていた。

 俺は別に進化する装備の情報を知られようが気にしないんだけど、本人が見ないと言うなら見ろとは言わない。


「すべての装備の作業が終わるのは4日後だってさ」


「そんなに……?」


「レア装備は修理にも進化にもリアル時間を必要とするらしい。俺の場合は4つの装備の修復と2つの装備を進化させるから、全部終わらせるにはそれくらいかかるってさ。あと素材も結構持っていかれた。『雲の糸』は足りないから取りに行かせただけで、すでに持ってる素材の中に必要なものがあったみたいだ。まあ、あんまりレアな物は持っていかれなかったけど」


「傷つくことが前提の装備を直すのにこれだけの対価が必要とは……おちおち攻撃を食らってもいられませんね。僕はそもそもダメージを受けないようなスタイルですけど、前衛職の人は大変です」


「それは確かに。でも、このゲームは装備とかスキル、経験値から素材、お金に至るまでモンスターとの戦闘で手に入ってしまうからね。どんどんゲーム内に増えていく素材やお金を回収するには、それこそ装備の修理くらいしかないんだと思う」


「確かに明確な使い道がなければ溜まっていくばかりですし、プレイヤーみんなが潤沢に素材やお金を持っている状況は運営としては良くない。足りないものがあるから、それを追い求めて冒険するわけですし」


「そうそう。それに装備を直す対価が大きい方が戦いにも緊張感が生まれる。俺の反撃を食らわない位置から攻撃するのが最強という理論も補強されるわけさ」


「なるほど……。僕としてはその理論より、風雲装備を全部預けたらほぼ初期の装備が出てくるキュージィさんの方がとんでもないと思いますけどね」


「あはは……そう?」


 俺は照れ隠しに頭をかく。

 風雲装備を預けた俺は懐かしの初心者装備を身に着けている。

 もちろん、ここまで冒険してきたわけだから他にもモンスターからドロップしたそこそこの性能の装備は拾っている。

 でも、それらはセット装備ではない。

 性能重視で適当に装備すると、なんとも言えないダサい感じに仕上がる。

 それなら質素とはいえ収まりが良い初心者装備を着ておこうと思った所存だ。

 割と思い入れもあるしな。


「でも、このスパイダーシューターは今でも使ってる良い弓だよ?」


「まあ、キュージィさんが良いなら僕は何も言いませんよ。それではこちらも修理の話をウーさんとしてきますので……」


 サトミは笑いをこらえながら工房の中に入っていった。

 俺は案外似合ってると思ってるんだけどなぁ……初心者装備。

 しかし、性能面ではまったく良くないことは俺も認めるところだ。

 風雲装備がさらなる力を宿して戻ってくるまでは、戦闘のない試練だけを先に攻略しておこう。


「あの……少しよろしいでしょうか?」


 話しかけてきたのは、工房にいた天女さんだった。

 天女さんは通常の職人さんでも出来る仕事を引き受けていて、俺にレアではない装備の修理や進化の用事がないかとわざわざ聞きに来てくれたのだ。


 表示されたウィンドウを確認し、何かやることがないか探す。

 でも、風雲装備があれば事足りる場面は多いし、どんな装備でも何かするには素材を消費する。

 中途半端な性能の装備をいじって、いざという時に素材が足りないという事態は避けたいが……。


「あ、この装備を進化させてもらえますか?」


「了解いたしました!」


 天女さんはシュバっと工房に引っ込んだ。

 ぼそっと「久々にまともな仕事だ~」と言っていたのが気になったが、聞かなかったことにする。

 さて、通常の装備の『進化』にはどれくらいの時間がかかるのか……。


「出来ました!」


「出来たんですか!?」


 どうやら、レア装備だけがやたら時間がかかるらしい。

 俺は受け取った装備『スパイダーシューター・クラウド』を確認する。


 ◆スパイダーシューター・クラウド

 種類:両手武器<弓> 攻撃:40 射程:50

 武器スキル:【ウェブクラウドアロー】


 【ウェブクラウドアロー】

 粘着性のある雲の網を展開する矢を放つ。

 1日9回まではMP消費なしで発動可能。


 『風雲弓』に比べれば性能は劣るが、武器スキルの【ウェブアロー】が敵の足止めに大変役に立つので今でも出番がある良武器『スパイダーシューター』。

 それをさっきの狩りの副産物である『雲蜘蛛の足』を使って『進化』させた姿がこれだ。

 クモの足のような黒い毛が生えていた弓に、今は白いふわふわの毛が生えている。

 パッと見やはり気持ち悪いが、手触りが良く綺麗な分こっちの方が好きだな俺は。


 性能は元の弓より攻撃・射程ともに+20されている。

 そして、注目すべきはスキル【ウェブクラウドアロー】。

 工房の隣に併設されている『お試し場』でその効果を試してみよう。

 この『お試し場』は要するに街にある公園の小さい版のようなもので、武器やスキルを試すことが出来る。


「ウェブクラウドアロー!」


 放たれた矢の先端は丸い球体になっている。

 元の【ウェブアロー】も同じで、敵に近くなるとこの球体がはじけて網が飛び出す仕様だった。

 違いは飛び出した後の網の大きさだった。

 前は人間サイズのモンスターを地面に固定する時は、膝下あたりを狙わないと地面まで網が届かなかったが、今回は人くらいならスッポリ覆えてしまいそうだ。

 これなら大型モンスターにも効果が期待できる……!


 それに何気にMPなしで使用できる回数も8から9に増えているな。

 前はクモの足にちなんで8回だと思っていた。

 8回でも多いのに9回もなんてな……。

 9回も……9も……クモ……。


「キュージィさん、僕も依頼が終わりましたよ」


「……はっ! ああっ、それは良かった!」


「こっちも完全修理には少し時間がかかるらしいです。まあ、そちらほどではありませんが……。これからキュージィさんはどうするんです? 僕はもう少しこの山を探索しようと思います。ゴチュウの力を借りれば装備がなくとも何とかなりますからね」


「俺は戦闘のない試練を進めようかなって思ってるよ。あ、でも、戦闘のない試練が何かを知らないんだよなぁ……」


「僕が知っている試練でよければ1つお教えしましょうか?」


 ……どうしようか?

 せっかくだしネタバレにならない範囲で教えてもらおうかな。


「試練内容は教えずに、迷宮の名前だけ教えてくれるかな?」


「その迷宮の名は……双魚そうぎょ。うお座の試練です」


 うお座で戦闘要素がない……。

 なんとなく内容が予想できてしまうが、イベント復帰一発目としては悪くない。

 俺の次なる試練はうお座、双魚迷宮だ!

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