Data.73 弓おじさん、雲海の亀龍

 シークラウズ・タートル・ドラゴン……通称・亀ドラゴンは雲の塊を吐いて攻撃を仕掛けてくる。

 しかし、あまり弾速は速くないし威力もなさそうだ。

 それにこいつは頭を出してからはHPゲージがちゃんと表示されている。

 島として隠れている時は【モンスタースキャン】を欺き、HPゲージを隠すような特殊な能力を持っているものの、おそらく強さは風雲竜や蒼海竜に遠く及ばない。

 あそこらへんの特別な竜とは違うタイプのドラゴンだと思う。


「どうやらこの亀は勝手に背中に住み着くモンスターを掃除させるために島に擬態し、プレイヤーを誘い込む……という設定のようです。まんまとお背中お流ししてしまったわけですね」


「まあ、こっちも必要なことだったから仕方ない。それにその解説はそのまま弱点も教えてくれている」


 要するにこいつは自力で背中の外敵を排除できないのだ。

 人間も背中に手が届かない人は結構いる。

 それがデッカイ甲羅背負ってて、手足が長くない亀ならなおさらだ。


 灯台下暗し……とは少し違う気がするが、案外近すぎるって遠すぎる。

 亀ドラゴンはもう雲の塊を吐いて攻撃してこない。

 俺たちが射程の外に逃れてしまったからだ。

 だが、俺の矢はここからでも届くぞ!


「トライデントアロー!」


 南の海でポセイドンクラーケンを倒した際に貰ったスキルだが、あれ以降海辺から離れていたので出番があまりなかった。

 このスキルは『水属性』『魚属性』に特効がある。

 亀ドラゴンが水属性を含んでいることは、移動中にサトミから聞いている。


 さて、このまま安全に撃破……とはいかなかった。

 亀の頭の反対側には人間とは違い尻尾が存在する。

 こいつの場合はそれこそ頭よりも長い尻尾が雲海から飛び出し、俺たちをムチのように打ち据えた。


「うきゃきゃ! うきゃーーーーーッ!!」


 ゴチュウが杖で尻尾を受け止めようとして吹っ飛ばされた。

 特殊な竜には及ばないとはいえ、ファンタジー世界でドラゴンが弱いはずがない。

 尻尾を先に潰すべきか……!


「キュージィさんはそのまま頭を狙っていてください。こっちは僕らで何とかします」


 サトミの体がスゥ……と透明になる。

 これは【無動透明の構え】の効果。

 俺やネココの持つ『不動』のスキルよりも動きの制限が厳しいが、姿と当たり判定を完全に消す強力なスキル。

 これを発動しつつ【魔物接続モンスターズリンク】でゴチュウを操作し、自分自身は動かぬまま敵を倒すのが彼の得意戦法だ。


 俺が安心して背中を任せ、亀ドラゴンの頭に向き直ったその時、地面が激しく揺れた。

 亀ドラゴンが矢を撃つ手を止めようと揺さぶってきたか……。

 あいにく甲羅には木が何本も生えているので、掴まるところには困らない。

 1回撃つのが止まったとて、雲海に放り出されることはない……。


「ぐあっ……!」


 サトミがよろけて木にぶつかった。


「だ、大丈夫かい?」


「やはり、この足場の雲のふわふわ感が慣れません。それにこいつは僕のスキルの弱点を突いてきた……。【無動透明の構え】は姿と当たり判定は消せても、接地判定は消せないんです」


「そうか……! 接地の判定まで消してしまうと、フィールドの地面を突き抜けてどこまでも落ちてしまうから……!」


「その通りです。これがアップデートで弱体化される前から一貫しているこのスキルの弱点です。立っているところに穴が空けば素直に穴に落ちる。つまり体は動いて透明化は解除されるというわけです。今回みたいに地面を揺らされても同様です」


 これで【無動透明の構え】の存在に納得がいった。

 そもそも実装するには強すぎるスキルだし、誰か止める人はいなかったのかと疑問だったが、運営からすれば明確な弱点を把握していて、問題ないと判断してしまったのだろう。

 開発者は一番そのゲームを遊ぶ人間になる。

 だから、作っている途中にゲームに慣れて物足りなくなり、どんどん難易度を上げてしまうというのはよくある話だ。


 今回も作っている側は弱点を最初から知っていた。

 だから実装したけど、そもそも姿を見失った後に透明化されたらどこの地面を崩せばいいのかわからないわけだから、あまり弱点になっていない。

 それを認めてすぐに弱体化したNSO運営の対応は柔軟だ。

 ずっと同じゲームを作っていると、わかりそうなことがわからなくなるものだ……。


「キュージィさん、戦闘の方針は変わりませんよ。僕らが尻尾を抑えます」


「でも、姿が見えていれば敵は君を先に狙う。そうするとゴチュウがカバーに入るから、攻撃するには手が足りない」


 それにゴチュウの魔法はどれもわかりやすく火属性だ。

 水属性の亀ドラゴンへのダメージは減ってしまう。


「いえ、それでも方針は変わりません。合体奥義で……焼きます。こちらも一つくらい切り札を見せておかないと不公平でしょう」


「うきゃきゅきゃ!」


 ゴチュウがサトミの背後に立つ。

 そして、炎のようなオーラを発し始めた。


「この技を当てるのは楽ではありませんが、この状況なら問題ない……はああああああああああああッ!!!」


 急にサトミが叫んだかと思うと、ゴチュウの体そのものが炎へと変わり、サトミへと燃え移る。

 そして、燃え盛るサトミに亀ドラゴンの尻尾が迫る……!

 何だこの状況……もはや見守ることしかできない……!


「合体奥義ッ! 火天楼かてんろうォォォーーーーーーッ!!」


 サトミの体を覆う炎のようなオーラが天高く吹き上がる!

 まさにそびえたつ楼閣ろうかくのごとく……!

 オーラは真上からサトミを叩き潰しに来た亀ドラゴンの尻尾に直撃。

 さらに炎は急速に回り、尻尾全体を火達磨へと変える。

 耐性を持つモンスター相手にこの火力……!


 尻尾はそのまま炎のオーラの勢いに弾き飛ばされ、雲海の中に引っ込んでいった。

 あの状態ならば、すぐに復活することはないだろう。


「ふぅ……役目は果たしました。大声を上げれば威力が上がるという一昔前に流行った体感型ゲームのような機能が付いてるんですよ、この合体奥義には……。そのくせして攻撃範囲は体の周囲と真上だけという使いにくさ。まったく使いこなすのも恥ず……いや、楽じゃない」


「でも、本当にアニメや漫画のヒーローになった気分を味わえる良い奥義じゃないか! 俺もそういう奥義に目覚めないかなぁ」


「僕にその権利があれば今すぐこの奥義を差し上げますよ。その代わりに【流星弓】をください。絶対にあの奥義の方が使いやすいです」


「それは……遠慮しとくよ。さ、さあ、後は頭を攻撃して倒すだけだし、俺に任せてくれ」


「お願いします。ゴチュウはクールタイムに入りましたし、僕はもう戦力にはなりません」


 とか言いつつ、まだ何か残してそうな雰囲気はある。

 まあでも面白い合体奥義を見せてくれたし、亀ドラゴンは俺が仕留めるとしよう。

 安全なところから矢を撃てばいいだけの簡単なお仕事……。


「あ、頭を引っ込めちゃった……」


 攻撃手段がなくなった亀ドラゴンは頭を雲海の中に引っ込めてしまった。

 流石は亀だ。知恵が回る。

 だが、こっちには海こそがホームグラウンドの仲間がいるんだ。


「出番だ! ガー坊!」


「ガー! ガー!」


 【流星弓】のクールタイムから復帰したガー坊を雲海に放つ。

 しばらくすると、HPゲージを減らした亀ドラゴンの頭が浮上してきた。

 海中のガー坊の攻撃に耐えられなくなったのだろう。

 だが、出てきたところで俺の矢の餌食だ。

 亀ドラゴンは頭を出したり引っ込めたりを繰り返し、そのHPをどんどん減らしていく。

 これもまたユニゾンとのコンビネーションって奴だな。


「トドメだ! トライデントアロー!」


 三つ又の矢じりを持つ矢がHPゲージを削り切る。

 シークラウズ・タートル・ドラゴンは倒れ、その体は光となって消えていく……。

 つまり、俺たちの足場も光になって消えていく……。


「薄々感づいてはいたんだけど……やっぱりこうなるよね」


「とはいえ、黙って砂浜に帰してくれるような優しい亀ではありませんでした。倒す以外の選択肢はなかったです。ちなみに僕は……泳げません」


「…………」


 足元が少しずつ透けていく。

 しかも、さっきからサメの背びれのようなものが消えていく亀ドラゴンを取り囲んでいるような……。

 死肉に群がってくる習性をよく再現してるなぁ~。

 泳げないサトミを連れて、どう切り抜けようか……?


「お前さんたち! こっちに掴まれ!」


「あなたは……ウーさん!?」


 俺たちをここに送り込んだ後に帰ったはずのウーさんが、空飛ぶ雲に乗ってやって来た。

 どうやら、雲を操っているのは後ろに控えた天女さんのようだ。

 またぶつぶつと愚痴を言っている……。


「まったく……タクシーじゃないんですから……」


 どうやら天上の世界には『タクシー』があるらしい……って、そんなことを考えている場合ではない。

 すでに溺れる覚悟を決めて顔が青くなっているサトミを雲に乗せ、ガー坊も引っ込める。

 そして、俺も急いで雲に乗った。

 ほぼ同時に亀ドラゴンが完全に光となって消滅する。

 待ち構えていたサメたちは残念そうにしばらくグルグル泳いだ後、雲海に散っていった。


「助かりました、ウーさん」


「良いってことよぉ! そもそも、あのバケモンにお前さんたちをけしかけたのはワシだからなぁ!」


「えっ……知ってたんですか? あの島の秘密を……」


「すまんすまん! だが、結局『雲の糸』はあいつの背中に住む雲蜘蛛から入手するのが一番容易だし、あのバケモンも素直に背中に乗って倒すのが一番楽なんでな!」


 一番楽……か。

 それは事実なのだろうが、その楽な倒し方も含めて俺たちに亀ドラゴンのことを教えておくわけにはいかなかったのだろうか……。

 まあ、倒した後にいちいち文句を言ったりしないけど。


「それにあいつを倒すことはお前さんにとっても大いに意味があるのだ! 正確に言えば、あいつの落とす素材になぁ!」


「亀ドラゴンの素材?」


 脱出に必死で確認していなかった。

 えっと……『雲海の亀龍の甲羅』が新たに入手したアイテムのようだ。


「そいつを使えば、お前さんの羽織を『進化』させることが出来る! 弓と一緒にワシにどーんと任せておけい!」


「羽織を進化……? それに弓も!?」


 ウーさんの中で勝手に話が進んでいる……!

 装備を『修理』じゃなくて『進化』させるってことはつまり、風雲装備がさらに強くなるってことか……!?

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