Data.59 弓おじさん、地獄のサソリ

 一見男勝りにも見えるペッタさんにも女の子みたいなところがあるんだな……。

 いや、虫が苦手なのはなにも女性に限ったことではない。

 なんせ、俺も苦手だからな……!


 ただ、サソリはまだマシな部類だ。

 目の前にいるサソリ型モンスター『ヘルスティンガー』は怖いっちゃ怖いが、その怖さは虫に感じるそれとは違う。

 単純に敵として恐ろしいのだ。


 同時に赤黒い装甲のようなボディにはカッコよさも覚える。

 モンスターとしてのデフォルメがきいてるので、本物の生き物感は薄い。

 虫って、リアルさを薄めてモチーフに使う分にはカッコいいんだよなぁ……。メカとかね。

 しかし、ペッタさんはそれでもダメなタイプのようだ。そういう人もたまにいる。


 ハタケさんは武器である旗を構えている。

 旗は布のついた長い棒なので、リーチはあるし棍のように扱うこともできるだろう。

 でも、ハタケさんの腰は引けているので今のところ戦力として期待はできないな……。

 普段通り、俺とガー坊でこのピンチを切り抜けるとしよう。


 キシャアァァァァァァッ!


 ヘルスティンガーが奇怪な鳴き声を発すると同時に尻尾の先端が展開し、注射針のようなものが現れた。

 そこから発生した紫色のエネルギー弾がみるみる膨らんだかと思うと、俺に向かって発射された。

 こいつ、飛び道具まで持ってるのか……!


「ガー! ガー!」


 ガー坊がカバーに入る。

 小さなエネルギーの盾を展開するスキル【エナジーシールド】を発動し、紫のエネルギー弾を防いだ。

 飛び散ったエネルギーが壁や床に当たると、ジュウっと煙があがる。

 毒っぽい色だとは思っていたが、物を溶かす効果もあるのか……。

 さっさと倒さないと大惨事になりそうだ。


「ガー坊! ホーリースプラッシュ!」


 砂漠のダンジョンだし、ここに住むモンスターには水属性が抜群かと思ったが当てが外れた。

 ヘルスティンガーは水を吸収する。

 まさに乾いた砂漠のごとく……。


「なら次は8連装ミサイルだ!」


 あまり使ってこなかった装備『ミサイルポッド』の持つ武器奥義だ。

 その名の通り8発のミサイルを敵にお見舞いする。

 現代の兵器を再現してるだけあって威力は折り紙つきだ。

 硬いヘルスティンガーといえどダメージが入る。


「ドリルアロー!」


 キリリリリ……シュッ! キュィィィィィン!


 ヘルスティンガーの装甲は岩っぽい。

 もしかしたらこのスキルがよく効くかもしれない。

 回転する矢じりは頭部にヒット。

 俺の予想を裏付けるようにそのまま装甲をくり抜き、本体を貫通した。


 しかし、まだ消滅しない。

 こいつを5体倒すことがご褒美の条件になるだけのことはある。

 実質ボスとも言っていい、なかなかタフさだ……!


「うぅ……ちょっと慣れてきた……」


 ペッタさんがふらふらと立ち上がり、武器であるトランペットを口に持っていく。


破壊の音色ブレイク・メロディ……!」


 吹き鳴らされたトランペットの音は見えない。

 しかし、音を浴びたヘルスティンガーはもがいた後、光となって消滅した。

 これが音の力か……!


「このスキルは防御力を無視してダメージを与えられる。だが、そもそもの攻撃力は低いから、並以下の防御力の敵だと普通の攻撃の方がダメージが入るんだ。ふぅぅぅ……! やっと視界から気持ち悪い奴が消えたぜ……!」


「まあ、ペッタの音の攻撃スキルで本当に強いのはこれくらいなのだけどね!」


 恐怖で震えていたハタケさんはすでにケロっとしている。

 切り替えの早さは見習わないといけないな。


「ちっ! お前は何もしてなかったくせによく言うよ……。それより助かったよ、おじさん。みっともないところ見せちまったな」


「いえいえ、私も虫は苦手なんで気持ちはよくわかります」


「そう言ってくれると助かる。陣取りの時から只者じゃないと思っていたが、やはり間違っていなかったな」


「だろ? ボクの人を見る目に狂いはなかったのだよ!」


「お前を褒めているわけじゃない! ほら、アレをやるぞ!」


「ふっ……アレだね!」


 アレ……とは?

 その疑問をぶつける前に2人は行動に移る。

 ハタケさんは旗の棒の部分で床を叩きながら進む

 ペッタさんはトランペットを吹き鳴らしながら進む。


 コツコツ……プップー……コツコツ……プップー


 2人なりの音楽表現だろうか?


「あ、説明しとかないと変な奴に見えるよな。安心してくれ。これは罠を発見するためにやってるんだ」


 ペッタさんの説明によると……。

 床の罠は衝撃を加えると作動するので、進む方向の床を叩くと引っかかる前に暴くことができる。

 壁の向こう側に潜んでいるヘルスティンガーは、先ほどのようにプレイヤーが近くを通ると出てくる。

 しかし、壁を貫通する音の攻撃を当てると、その時点で壁から飛び出してくるので不意打ちを避けることができる。


 はたから見れば奇妙な行動も、ちゃんと意味があったんだな。

 おかげで床が抜けるトラップを何度も回避することができた。

 しかし、あれ以降ヘルスティンガーは出てこないな……。

 ご褒美をもらうには、5体倒さねばならないというのに。


「ヘルスティンガーはより奥の階層に行くと出やすくなるんだ。このダンジョンは全5階層で、最後はボス部屋になってるから実質探索できるのは4階層までだ」


「つまり、ヘルスティンガーは4階層が一番遭遇しやすいと」


「そうだ。5階層への階段を見つけていつでもボスに挑める状態になってからでも、ヘルスティンガーを探すのは遅くない。むしろ、それが理想的なんだ。5体倒してもヘルスティンガーが出なくなるわけじゃないから、序盤から出会いまくると無駄に戦うことになる」


 やはり1回クリアしてる人は違うな。

 つまり、第4階層までは極力戦わずに切り抜けるのが理想というわけだ。


「あ! 見たまえ、おじさま! あれが次の階層に移動することができる階段だよ!」


 通路を抜けた先にはどデカイ階段が見える。

 階段も入るたびにランダムで位置が変わるとペッタさんが教えてくれた。

 今回は1階層を探索し始めてすぐに見つかったから運がいい。


 このダンジョンは階層が少ない分、1フロアがかなり広いらしい。

 運が悪いと、ぐるぐると迷宮をさまようことになる。


「階段が見えたのだから、ちまちまやるより駆け抜けた方が早いと思わないかい!」


 ハタケさんは走り出した。

 お手本のような慢心ムーブだ。

 そして案の定、壁から飛び出てきたヘルスティンガーに奇襲をかけられた。


「助けてくれたまえー!」


 なんとなく直感でこうなるような気がしてた俺は、ハタケさんの言葉に攻撃で答える。


「裂空!」


 やはり、この奥義の貫通力は素晴らしい。

 ヘルスティンガーをも簡単に貫通し、ダメージを与えて怯ませることができた。

 その先にハタケさんはこちらに逃げてくる。


「ペッタさん、またあのスキルを……」


「へへ……今度は何分くらいでこの指の震えが止まって、トランペットが吹けるようになるかなぁ……」


 ま、毎回心の準備が必要なのか……。


「ボクがいるから安心したまえ、おじさま! ボクはあのサソリに怒りを燃やしている! 今こそボクの真の実力を見せようじゃないか!」


 旗を掲げるハタケさん。

 彼のクラス『旗の魔法使いフラッグ・マジシャン』はバフを得意としている。

 俺に攻撃バフを与えてくれるだけで、硬いヘルスティンガーにも立ち向かいやすくなるだろう。

 だが果たして、ハタケさんは普通に役目を果たしてくれるだろうか……!

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