Data.47 弓おじさん、またしても

 弓を直接向けたりはしないが、警戒は怠らない。

 彼女のことを恨んでもいないし、嫌いでもないが、恐るべき強敵だとは認識している。

 油断するのは失礼というもの……。


「ちょっとちょっと、流石にイベント中でもないのにプレイヤーをキルしたりしないって! てか、出来ないって!」


 ネココが両手をひらひらさせる。

 そういえば……そうだったっけ?


「もー、私はさっさとここから脱出したくて頑張ってるところなんだから邪魔しないでよね~」


 ネココは部屋のテーブル周辺をがさごそと漁る。

 イベント中は毛を逆立てた猫のような空気をまとっていたが、今は雰囲気が違う。

 なんだか普通の女の子っぽくて違和感がある。

 そして、どうやら彼女もカードを探しているようだ。


「トランプのカードなら俺が1枚持ってるよ。スペードのエースだ」


「それは良かった。そのまま持っておいてくれる? 4枚のエースが『プレイヤー』の手に渡れば出口が現れる。極端な話、4枚のエースをそれぞれ1枚ずつ別のプレイヤーが持っていてもいいのよ」


「なるほど、見ず知らずの人とでも手分けして探すのが脱出の近道か。でも、詳しいね。前に来たことがあるとか?」


「他の部屋に置いてあった本に書いてあったのよ」


「あ、そうなんだ」


「知らないでカードを持ってることを白状したのね。もしカードを集めた1人しか脱出できないルールだったらどうするつもりだったの? さっきの私の『出来ない』って言葉は嘘で、この空間はプレイヤー同士の戦闘が可能だとしたら? この狭い室内で戦えば、私の方が圧倒的に有利なのに」


「あ、あはは……」


 確かにそうだな。

 でも、もしそんな特殊ルールが適用される空間だったら、彼女は会話を始める前に俺の首を狙ってくるだろう。

 速攻と不意打ちが彼女の得意とする戦法だ。

 こうやって背を向けてカードを探している時点で戦う気はないと言える。


「君はどうしてここに?」


「おじさんと同じだと思うよ。モンスターが持ってる鏡に猫まっしぐら。何もない洞窟だったから呆れて高速移動のスキルで出て行こうとしたのが間違い……いや、正しかったのね。ある意味では」


 ほぼほぼ俺と一緒だな。

 あの鏡は【ワープアロー】のような特別なスキルがなくとも普通に突っ込めば入れるようだ。

 まあ、なかなかモンスターが持ってる鏡に入ろうとは思わないけど……。


「あ、そうだ。今ブラッディ・マリーっていう奴に追われてるんだけど……知ってる?」


「知ってるよ。カードを1枚でも持ったら追いかけてくる厄介な奴……! 私、ああいう攻撃が効かない敵って大っ嫌いなのよね! 逃げるしかないってストレス溜まっちゃう!」


「まあ、その気持ちは俺もわかるな」


「別にこれが逃げることがコンセプトのホラーゲームだったら良いのよ? そういうジャンルは敵を倒せちゃったら怖さ半減だから。でもこれは王道直球のMMORPGでしょ!? 無敵の敵って世界観的に最強じゃない? 今まで戦った強いボスよりもあの血濡れの女の方が強いってことになっちゃう! だって攻撃が効かないんだもん!」


 何らかの特殊な方法じゃないと倒せない敵というのは、従来のRPGにもよくいる。

 俺も関わったゲームに配置した覚えがある。

 それをこういう風に受け取る人がいるんだな。

 確かにそんな特別な能力があるなら、ラスボスより強いじゃないかとツッコミたくなる気持ちもわかる。


 でも、見逃してくれ……。

 クリエイターというのは、たとえ望まれていなくても変化をつけたくなるのだ。

 普通に倒せる敵ばっかじゃつまらないなぁ……とか思ってしまう生き物なんだ。

 しかし、そんな言い訳をユーザーに直接言えない。

 話を変えよう。


「でも……さ、君は確か透明になるスキルか奥義を持ってたよね? それなら追いかけてくる敵は怖くないんじゃないか?」


「【見えざる猫まっしぐらインビジブル・キャットウォーク】は全力疾走してる時だけ透明になるスキル。ここの床は平坦だから全力疾走は可能だけど、大きな足音がする。マリーは音にも敏感だから横を素通りとはいかないし、扉を開けて部屋に入る時には減速して透明じゃなくなる。スキルを使っても逃げるのは簡単じゃないの」


「あの透明化って走ってる時しか発動しないの!?」


「それも全力疾走よ。スピードが一定を下回ると姿が見える。速さバフも意味がないわ。バフをかけた分だけ速さの要求も上がるだけ。だから攻撃も走り抜けるようにやらないといけない。あの陣取りでおじさんに出会ったのは、ただ存分に走れる平地を探していたらあそこにたどり着いただけ。足場が悪かったり障害物が多いと走れないから」


 そ、そんなデメリットがあったのか……。

 全力疾走って、俺なら10秒も持たないかもしれない……。


「陣取りの時は運が良かった。いきなり戦いを仕掛けようとしてる大軍に出会えたからね。紛れ込む時に透明化はいらなかったわ。みんな他人だし、見知らぬ顔が1人増えても気にならないくらいの大勢。所属を示すエンブレムは見えにくくしてあったし、見えても堂々と仲間のふりをしているキュートな女の子を攻撃できる人はそういないわ。きっと見間違いだとか、エンブレムに似たオシャレタトゥーだと思ったはずよ」


「でも、バレる可能性も割とあったと思う。味方には攻撃を仕掛けても効かないし、確認のために攻撃してくるプレイヤーがいてもおかしくない」


「まっ、もしバレても逃げるのは得意だし? 危ないこともしないと結果はついてこないのよ」


「サラッとすごいことを言う……。まあ、結果は確かについて来てたけど」


「そうなの……。結果はついて来てたのに……いらないものまでついて来た! そもそも使いにくいスキルだったのに、目立ったから弱体化されちゃったのよぉ!」


 ああ……彼女も食らってしまったようだ。『奥義送り』を。

 全力疾走しても最大持続時間は10秒。クールタイムが3分らしい。

 こんな大事な情報を人に話してしまうあたり、相当ご立腹なのだろう。


「さらにイラッとしたの運営の対応のブレよ! 補填なしとは今どき骨のある運営だって思って私も文句を言わずにいたのに、いまさら補填してきたわ! NSOメダル100枚! 結構おいしい! けどムカつく! 公式のご意見・ご感想フォームに文句の1つでも送り付けておけば良かったわ!」


「でも、貰えるものは貰っておけばいいさ。あっ、知ってる? 昔は紙のトレーディングカードゲームが流行ってたんだけど、発売されたばかりのカードでも強すぎたらすぐ禁止カード送りで、特に補填もなかったんだ。今はいい世の中になったもんだよ」


「ゴネる人が増えたってのもあるけどねぇ~。まっ、文句言いたくなる気持ちはわかるし、運営の対応も納得できる。でも、ゴネたらなんでも変わるゲームになってほしくないなぁ~って思っただけ。多少不条理で、不平等アンフェアな方がゲームは面白いって、私の尊敬する叔母おば様も言ってたわ。水清ければ魚棲まず、猫が咥えるお魚もいなくなっちゃう」


 話していてわかる。この子は若い。

 でも、ゲームに関しては妙に確立された考えを持っている。

 よほど好きなんだろう。


 正直、陣取りの時に酷い追い返し方をしたから、恨まれてるんじゃないかと思っていた。

 全力疾走するということは、強く呼吸をするということ。

 【ブラックスモッグ】も多く吸い込んだことだろう。

 しかし、彼女は特にそのことに触れたりはしない。

 怒っているなら口に出す性格だろうし、本当に気にしてないんだな。

 真剣勝負は恨みっこなし。彼女にはその精神が根付いてるように思える。


「む……むむっ! あの血まみれ女が近づいて来てる……!」


「え、わかるのかい?」


「【不動超感覚の構え】というスキルの効果よ。ジッとしてる間は視覚や聴覚、嗅覚も強化される。この耳に血の滴る音が聞こえてきたってわけ」


 ネココは人間の耳ではなくネコミミの方を指さす。

 徹底してるな、キャラづくり。


「この部屋を出るよ! 4枚目のカードは見つけた! 出口は地下にある!」


 彼女の手には3枚のカード。

 俺のと合わせて合計4枚のエースが揃った。

 そして、カードが強く下の方へと引っ張られているのがわかる。

 行くべき場所を教えてくれているのだ。


「脱出までは共闘といこうじゃないの! あの無敵女に追われるのはもうこりごり!」


「ああ、わかった」


 俺はホラーゲームだけでなく血そのものが苦手だ。

 見ると体の力が抜けてしまう。

 ゴア表現はオフにしてあるから傷口とかは見えないが、赤い液体が滴っているというだけで本当は直視したくない。

 まさに猫の手も借りたいところだった……!


「ガー! ガー!」


 そうだな。ガー坊も頼りにしている。

 プレイヤーが4枚のエースを手にしたからか、普通の敵モンスターも出現し始めた。

 追っ手のブラッディ・マリーも足が速くなっている。

 一刻も早く地下に急ごう……!

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