Data.42 弓おじさん、海神と対峙する
大型スクランブルというのは、天災のようなものだ。
特定のプレイヤーが原因で発生するというわけではなく、勝手に出現して襲い掛かってくるという恐ろしいイベントだ。
参加するのに資格はいらない。また、逃げ出してもペナルティはない。
立ち向かうか、逃げるかはプレイヤー次第だ。
俺はもちろん立ち向かう。
立ち向かいたいのだが……海から出られない!
掴まっている岩から手を離したら、どこに流されていくのかわからないぞ……!
「ガー! ガー!」
レイヴンガーは魚だけあってこんな海でもスイスイ泳いでるな。
体も大きいし、もしかしたら俺が掴まっても問題なく泳げるか……?
それに海中だと無意味だと思っていたあのスキルも、今なら役に立つかも。
「レイヴンガー! オーシャンスフィアだ!」
ガーの周りに球体状の海を生み出すスキル【オーシャンスフィア】。
海の中では無意味と思いきや、激しい潮の流れをシャットアウトして、自分の周りだけでも穏やかな海を作り出すことが出来るようだ。
スフィアの中なら岩から手を離して、ガーの方に掴まることも簡単だ。
「陸地の方へ向かってくれ」
「ガー! ガー!」
荒れ狂う海もなんのその。
矢のように海を突っ切り砂浜まで戻った俺は、そこで初めて敵の存在をハッキリ認識した。
水平線から巨大なタコの触手が8本、天に向かって伸びている。
その触手すべてにトライデントが握られ、ゆらゆらと蠢きながらこちらへ迫ってきている。
大雨に高波も相まって、この世の終わりのような光景になっている。
あまり詳しくないので正しいのかわからないが、クトゥルフ的な雰囲気を感じる。
だが、これはゲームだ。
世界は終わらないし、敵は神話の怪物でもない。
冷静に対処すれば、絶対に倒せる。
まあ、その対処が難しいんだが……!
まずは触手に攻撃を加えていこう。
本体は海の中に隠れている。
こいつは触手を潰したら弱点である本体が出てくるタイプとみた。
「弓時雨!」
大雨の中に矢の雨が混じる。
風に乱されて多少外れたが、それでも触手に何本もの矢が突き刺さっていく。
防御力自体は大したことないな。
これなら遠くから弓を撃っていれば……。
オオオォォォ……オオォォ…………!
海鳴りか、それとも敵の雄叫びか。
空気が震えるような重低音が響いたかと思うと、これまでの高波と比べ物にならないほど大きな波が発生した。
砂浜をすべて飲み込んで有り余る大きさだ……!
攻撃を加えて消し飛ばさなければならない。
「海弓術・七の型……
大波に向けて直接撃つのではなく、その手前の海に向けて撃つ。
このスキルは一度潜水したのち、方向を変えてアッパーパンチのように海面へと跳ね上がってくる。
鯨のように巨大な当たり判定を持ち、威力も高いが使いどころはかなり限られる。
だが、今回のように高波を打ち消す防壁としては最適だ。
しかし、流石に鯨1匹で砂浜全体を飲み込むような大波は打ち消せない。
そこは……他のプレイヤーに期待だ。
「
「ウィンドブレイカー!」
「メテオォォォ……! ガンガンッ!」
海にそびえ立つ氷壁。
風向きを変えるほどの突風。
隕石が落下したかのような衝撃を生むパンチ。
個性豊かなスキルの数々を受けた大波は、なすすべもなく消し飛んだ。
やはり、いくらでもいるんだな……強い人っていうのは。
俺も負けてられない。
とはいえ、まだ海の遠いところにある触手への攻撃に関しては俺に分がある。
他のプレイヤーは触手が接近してくるのを待つか、危険を冒して自分から接近しなければならない。
と、思っていたが状況は目まぐるしく変わる。
クラーケンはその触手に握られた槍を使って砂浜への攻撃を開始したのだ。
槍を使って攻撃すれば、当然その槍を握っている触手が接近してくる。
そのタイミングが攻撃のチャンス。
プレイヤーたちは一斉に反撃を開始する。
さらに敵が攻撃してくるのを待っていられない一部の勇敢なプレイヤーたちが驚くべき行動に出る。
「
「ライズグラァァァンドッ!!」
海を凍らせる、海底をせり上げるなどで足場を作り、触手相手にギリギリまで接近して攻撃を仕掛けたのだ。
触手は大きい分、小回りがきかないようで、まとわりつくプレイヤーたちに対応できない様子だ。
みんなに感心しつつ、俺も自分のスタイルを貫く。
射程がある俺は砂浜からただ敵を狙い撃つ。
ただただ静かにダメージを積み重ねる。
バラバラのようで、みんな協力している。
自分のスタイルを貫くことが全員の役に立つ。
俺たちは瞬く間に8本のうち4本の触手を撃破した。
大嵐の中、いける、勝てる、案外楽勝といった空気感が伝わってきた。
俺もそう思っていた。
ポセイドンクラーケンの頭が海中から出てくるまでは。
そいつの頭は……王冠を被ったタコのようだった。
正直、かわいげがある。
マスコットとは言わないが、人気モンスターにはなりそうだ。
そんな緩んだ空気にクラーケンは黒いレーザーを撃ち込んできた。
正確には超高圧で放たれたスミだ。
特定のプレイヤーを狙って放たれるそれは、狙われているプレイヤーが動かない限り狭い一点を攻撃するだけだ。
しかし、逃げなければ即死レベルの威力なため、プレイヤーは当然逃げる。
すると、スミレーザーはそのプレイヤーを追尾し、逃げた先にいるプレイヤーまでも巻き込む。
止まれば即死、動けば周りに迷惑がかかるという悪趣味な技は、確実にこちらの戦力を削っていく。
特に足場が狭い海上のプレイヤーたちには大ダメージだ。
大型スクランブルでキルされたプレイヤーにも、当然デスペナルティは適用される。
デスペナでステータスを7割近く減らされて、再度クラーケンに挑むのは無理だ。
サポートや回復要員になるにしても限度がある。
逃げ出したプレイヤーもいるだろう。
そういう場合、スクランブルの難易度はどうなるのだろうか?
スクランブルは参加プレイヤーの数によって難易度が変動する。
発生時に難易度が決定されるなら、ほとんど何もせずに逃げたプレイヤーが多いほど不利になる。
そこのところの対策をNSO運営がしているだろうか?
何かお助け要素的なものを用意して……ないかもしれない。NSOだし……。
ギャオオオオオオォォォーーーーーーッ!!
俺の思考を否定するような咆哮と共にそれは現れた。
海の中から……!
「蒼海竜!?」
これは予想外の助っ人だ……!
蒼海竜は俺に背を向け、ポセイドンクラーケンと対峙する。
ドラゴンが今、海の神に牙をむく……!
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