Data.36 弓おじさん、波に打たれて

 目を覚ますと、俺は砂浜に打ち上げられていた。

 こんな目には会いたくないと思った矢先にこれだ。

 まあ、俺らしいっちゃ俺らしいか……。


 南国の日差しが冷えた体に気持ちいい。

 このまま他のみんなと一緒に寝っ転がってるのも一体感があって楽しいかもしれない。

 ……いや、そうでもないな。


 すくっと起き上がって港町に戻る。

 あのドラゴンはどうしようもないが、せめてもっと海の中で戦える手段を身につけないと話にならない。

 それにここ周辺のマップを埋めるための条件も探さないとな。

 きっと風雲山の時のように街のNPCが答えを知っているはずだ。


「そこのお前さん」


「はい?」


 長い白髪と長い白ヒゲが印象的な老人が話しかけてきた。

 まるで仙人のようだ。


「そのずぶ濡れの姿……海でコテンパンにやられてきたな?」


「はい、まあ……ドラゴンに」


「なんと! よりにもよって蒼海竜に出会ってしもうたか!? あやつは正式な手順を踏まずに戦いを挑んできたものにはキビシイからのぉ……」


「いや、こっちはただ泳いでただけなのですが……」


「機嫌の悪い時はまあ……動くものを見たら攻撃してくるじゃろうな。お前さんもそういう時があるじゃろ?」


「そ、そこまでイライラすることはありませんよ」


 案外おとなしいってよく言われる。

 お陰で気軽に面倒ごとを押し付けやすいと思われていたようだが……。

 いや、そんなことよりドラゴンについてこの仙人は詳しそうだ。

 色々聞いてみよう。


「ドラゴンって個体によって性格とかあるんですか?」


「人間と同じじゃ。個性というものがある。蒼海竜は神経質な性格じゃが、緑森竜や風雲竜は比較的おとなしい。烈火竜や雷雲竜は気性が荒い……などなどじゃ」


 そ、そんなにたくさんドラゴンがいるのか……。

 まあ、ファンタジー世界にはそれくらい数がいないとむしろ困るか。

 それにしても風雲竜はあれでおとなしい方ねぇ……。


「というか、お前さん……。その装備は伝説の風雲装備ではないか?」


「あ、はい。そうですが」


「な、な、なんと! すでに竜の試練を突破しているとな!? それでどのように竜に挑んだのじゃ!?」


「ど、どのように? えっと、スキルの力で雲に乗ったら竜が見えたんで戦ってみた……という感じです」


 言葉にしてみると無茶苦茶やってるな俺。

 お陰で主力となる装備を手に入れたから結果オーライなのだが。


「そう……か。蒼海竜とは逆に、風雲竜は正式な手順で戦いを挑むとより手強い試練になるのじゃが、お前さんの場合は勇気を持って自ら空に上がったのじゃな」


「さっきから気になってるんですが、正式な手順というのは……?」


「何が正式な手順なのかはワシにもわからん。ただ、その手順を踏むと竜は人間側に有利な環境で試練を始めてくれるのじゃ。お前さんが戦った風雲竜の場合は、空ではなく高い山に降りてきて戦ってくれたかもしれん」


「確かにそれは楽ですね……間違いなく」


「ただ、竜の攻撃は激しくなり、竜に加えるべき攻撃の量も増えるじゃろう。風雲竜は挑戦者に『勇気』を求める。空という竜側に有利な環境にもかかわらず戦いを挑んでくる者には、その時点で勇気を認め多少手加減するのじゃろう」


「なるほど……」


 手順を踏んで挑めば足場の良いところで戦えるが、HPも攻撃も高くなる。

 空中で雲に乗って戦いを挑めば、足場は悪くとも多少手加減してもらえると。

 俺があんな強そうな竜に勝てたのはそういうカラクリだったのか。


「だからといってお前さん! 空で戦う方が楽かといえばそうではないがな!? いろんなことを総括して考えれば空で戦う方が難しいのじゃぞ!? よくもまあ試練を乗り越えたものじゃ……」


「まあ、運と実力と射程のおかげですかね。それで、その蒼海竜は手順を踏めば地上で戦えるんですか?」


「いや、あやつの場合は手順を踏んでも海の中での戦いになる。蒼海竜が挑戦者に求めるものは『誠意』じゃが、誠意を見せても怒りが収まって通常の強さになるだけ。今のお前さんではどうあがいても勝てん」


 風雲竜の時は弓矢の『飛行特効』も機能していたから勝てた。

 逆に攻撃力が減衰する状態じゃ話にならないか……。


「こほん、話が逸れたのう。ここからが本題じゃ」


 今までのは竜を討伐した経験を持つプレイヤーだけの限定会話だったのか。

 すごいところ作り込んであるなNSO。


「お前さん……海の中でも通用する『弓術』を身につけたくはないか?」


「そんな技があるんですか?」


「ある! しかし、すべてを身につけるには多くの試練を乗り越える必要がある! まずはこのカードを渡そう!」


「これは……グロウカード!」


 〈海弓術・零の型〉と書かれている……!

 まさか、こんなに早く手に入るとは……。

 

「海弓術には零を含めず7つの型がある! 7つの海と同じだけの型! 海に生きる生命の力を模した7つの型じゃ!」


「な、7つも?」


 弓の必殺技なんて速い矢を撃つ、連続で撃つ、雨のように撃つくらいしかないと言われて久しいのに、海の生物をモチーフにしつつ7つの技なんて……。

 すごく興味がある。

 いったいどうやって作り上げたのか?

 海だけに似たような技で水増ししてたりしないのだろうか?


「海弓術、ぜひとも極めてみたいです」


「そうじゃろう、そうじゃろう! まずはカードを装備なされ」


 装備の装飾枠にカードをセットする。

 特に見た目への反映はないようだ。


「よし! 試練を一つ乗り越えるごとに型が増え、カードは書き換わっていく。まずは……」


「モンスターの討伐ですか?」


「いや、無理じゃろうて。お前さんの体は今弱っておるぞ」


「……あっ!」


 そうだ、蒼海竜にキルされてデスペナルティを受けたんだ。

 ステータスは7割ほど減少している。

 時間経過で少しずつ戻っていき、元の数字に戻るまでには1日近くかかる。

 これで戦闘はキツイな……。


「安心せい。最初の試練は今のお前さんでも余裕じゃ。それどころかもっと弱い人間にも可能な試練じゃ」


 仙人はどこからともなく釣竿を取り出して俺に渡す。

 海と釣竿……やることは一つだろうな。


「釣りじゃ! 釣りをするのじゃ! ワシの決めた大きさ以上の魚を釣ったら最初の試練は合格じゃ! 〈海弓術・一の型〉を授けようぞ!」


 ここで来たか、ミニゲーム的な要素。

 釣りといえばあらゆるゲームに搭載されているミニゲームの王。

 竿を投げ入れてタイミング良くボタンを押すだけの簡単操作だが、ゲームによっては魚の種類が多かったり、お金稼ぎに最適だったりするので案外時間を持っていかれてしまう。


 しかし、これはNSOだ。

 一体どんな『釣り』が待ち受けているのか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る