風雲の章

Data.14 弓おじさん、強化計画

 バトロワから一夜明けた今日ももちろんNSOにログインした。

 思い返せばまるで少年漫画の主人公のように戦いに熱中してしまった。

 今はぐっすり眠ったことで頭は冴えてる。

 悔しい気持ちは変わらないが、一晩冷静に考えたことでわかったこともある。


 やはり、俺の理論は間違っていないということだ。


 遠くから敵を攻撃できたからこそ最多キルが取れた。

 敵に接近を許してしまったから戦いに負けた。


 この二つは矛盾しない。

 射程を伸ばすプレイスタイルが否定されたわけではないんだ。

 むしろ、敗北がこの理論の正しさを補強してくれたと言っても過言ではない。


 射程を伸ばして反撃されない位置から攻撃する。

 この理論を胸に今日からまた鍛えまくるぞ。


「さて、まずは貰ったNSOメダルを使ってみるか」


 NSOメダルは専用のショップであらゆる物と交換できる。

 スキルや装備はもちろんのこと、オシャレアイテムや特別なスキンなどとも交換できる。

 俺の場合はオシャレよりも強さを追求したいから、スキルや装備が欲しいな。


 ……と思っていたのだが、実際にショップに来て交換するとなると悩む。

 俺、レアアイテムとか残しておきたいタイプなんだよな。

 使わずに残しておく意味もないのに、もう手に入らないとなると結局エンディングまで使えない。


 NSOメダルはまたイベントで手に入るけど、入手難易度が高いことに変わりはない。

 交換レートもスキル1つにメダル50枚と高めだ。

 200枚持っていても好き勝手使えるわけじゃないな。


 悩む悩む……。

 こんなに悩むくらいなら、また今度でいいかもしれない。

 なんて思いつつカタログをスクロールしていると、下の方にすごいスキルを見つけてしまった。


「このスキルとこのスキルをいただけますか?」


 ちゃんと交換できる物を最後までチェックして正解だったな。

 この俺に即決させるレベルのスキルが2つもあった。

 メダルを100枚使っても後悔はない。

 これでスキルの補強は完璧。


 次に強化すべきは装備だ。

 今回のイベントは着心地を優先し、初心者装備のまま戦いに挑んだ。

 だが、流石にこの先もこのままというわけにはいかない。

 新しい装備を早めに手に入れ、体に馴染ませておきたい。


 残り100枚ちょっとのメダルで装備を交換しようかと思ったが、一式揃えようとすると枚数が足りない。

 『両腕』の枠はゴリラの拳でいいとしても、『頭部』『胴体』『脚部』『両足』を揃えなければならないし、『装飾』に関しては同時に3つも装備できる。

 ここはメダルを温存し、別の方法で装備を揃えるとしよう。


 その別の方法とは……ネットで得た情報をもとにしたフィールド探索である。

 攻略に頼ったというより、目に入ってしまったのだ。

 昨日の夜、ログアウトした後もNSOについて寝ころびながら調べていた。

 主にバトロワに関する感想を見ていたのだが、その際に『フィールドの特定のポイントに行くと装備が手に入る』という眉唾な情報が流れてきた。


 最近プレイヤーから投稿された裏技のようで、真偽は不明だ。

 正直怪しいと思うが、子どもの頃は友達の間で広まった謎の裏技を本当に試してみたものだ。

 時間はあるし、本当だったら得をする。

 騙されたら騙されたで笑い飛ばして懐かしい気持ちになればいい。


 俺はこの情報に記された場所に行ってみることにした。




 ◆ ◆ ◆




「ここらへんのはずなんだけど……特に目立つ目印がないからなぁ」


 その場所は薄暗い山の中といった感じだった。

 出てくるモンスターは問題なく倒せる。

 強力なモンスターが出るところに初心者を誘い込む罠ではないようだ。


 うーん、罠ではないけど装備が手に入る気配はないな。

 こう不思議な雰囲気の石碑とかほこらがあるとわかりやすいんだけど……。

 やっぱガセなのだろうか?


 ミシ……ミシミシ……パキッ!


「ん? うわああああああああああああ!!!」


 お、落とし穴!?

 枯れ葉で隠されていてまったくわからなかった!

 でも、この穴の先に装備が隠されているのかも……。


「………………」


 穴の下を見て俺は絶句した。

 恐怖のあまり声も出なかった。

 大きな虫が……俺をうじゃうじゃ待ち構えているのだ。

 この先どうなるのか……想像するのを俺の脳は拒んだ。

 ただ、無心で弓を上に向けて矢を放った。


 キリリリリ……シュッ! ストンッ!


 矢が穴の上にあった木の枝に刺さる。

 そして、俺の体はその矢の位置にワープした。

 もがくようにその枝を掴む。

 な、なんとか底に落ちる前に助かった……。


 本当にメダルと交換しておいてよかった。

 この【ワープアロー】をな……。


 【ワープアロー】

 矢の刺さった位置にプレイヤーを移動させる。


 長距離移動や緊急脱出にも使える超便利スキルだ。

 これは見た瞬間手に入れないとと思った。

 敵に接近された時の逃走手段にも使えるからな。


 それにしても、ガセはガセでも悪質なガセだな!?

 きっとこの落とし穴は天然のもので、運悪く落ちて虫にキルされてしまった人がいたのだろう。

 確かにそんな目にあったら、誰かにも同じ思いをさせたくなる気持ちはわかる。

 でも、やったらダメだ!

 俺、脱出できてなかったらショックで引退してたかもしれない……!


 ガセつかまされて強いモンスターにキルされるのならば笑える。

 虫に襲われるのはちょっと笑えるラインを超えているぞ。

 これは良識ある大人として放置するわけにはいかない。

 見るのも嫌だが、穴の底の虫をすべて退治しておこう

 そうすれば、ただの落とし穴になるからな。


「こっちにはちょうどいい新スキルもあるんだ……。バーニングアロー!」


 炎を纏った矢が穴の底で爆発する。

 これも【ワープアロー】と同じく、メダルで獲得したスキルだ。


 【バーニングアロー】

 炎を宿した矢を放つ。着弾と同時に小さな爆発を起こす。


 普通の矢は刺さっても傷口が小さい。

 頭や胸の急所に刺さらないとダメージも出ない。

 それをカバーするために獲得したスキルだ。


 小さいが爆発を起こすことでダメージは増加し、外しても爆風で少しはダメージが入る。

 また攻撃範囲が広いので、今回みたいにうじゃうじゃ敵がいる時は役に立つ。

 属性が炎なのも良い。炎を弱点とするモンスターは多い。

 例えば……虫とかな。


「バーニングアロー!」


 キリリリリ……シュボッ! バァンッ!


 穴の底が炎で満たされる。

 気持ち悪くて直視は出来ないが、よく燃えているようだ。

 このまま一匹残らず退治してやる!


「バーニングアロー! バーニングアロー! バーニングアロー!」


 キリリリリ……シュボッ! シュボッ! シュボッ!

 バァン! バァン! バァン!


 MP回復アイテムを使いつつ、無心で射撃を続けた結果、穴の中には何もいなくなった。

 倒されたモンスターは光になって消えるシステムがこんなにありがたいと思ったことはない。

 燃えカスが残ったら、それはそれで気持ち悪いからな。

 虫が好きな方には申し訳ないが、俺は正しいことをしたと思う。


 仕事をやり切った男の気分だ。清々しい。

 会社にいた頃はあまり味わったことのない気分だな。


「さて、使命は果たした。帰ろう」


 とはいえ、これが天然の落とし穴なら中にいたモンスターは時間経過で復活するかもしれない。

 SNSのアカウントとか持ってないけど、騙された一人としてあの情報はガセだと発信するべきだろうか。

 真実が広まれば、嫌な思いをする人は減るし……。


『現在の職のレベルが最大値に達しました』


「……へ?」


『第2職へのクラスチェンジが可能です』


 頭の中に声が響く。

 ステータスを確認すると、確かに『射手』のレベルがMAXの20になっていた。

 俺、そんなに虫を倒してたのか?

 というか、穴の中にモンスター詰め込みすぎだろ運営……。

 炎上する前にアプデで撤去した方が良いぞ。


「ま、まさかこんな方法でレベルを上げることになるとは……」


 不幸中の幸いか、怪我の功名か……。

 どちらにせよ、良いことをした後にはご褒美があるようだ。

 今こそ、第2職への扉を開こう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る