第112話 混沌の戦場 5

「うー。うー。困った。困ったぞ……」


 レヴィは不明機と交戦しながら困った声で唸っていた。


「おい。『星暴風スターウィンド』。何遊んでやがる。さっさと潰しちまえよ」


 至近距離まで近付いても楽々砲撃を避け続けるレヴィの操縦技術と反応速度には相変わらず驚嘆させられるが、ハロルドは同時に呆れていた。


 遊んでいるように見えたのだ。


 長引かせれば犠牲が出る。


 だから早く潰しておけと言っているのだ。


「分かってるんだけどさー。殺したくないんだよな」


「は?」


「もしかして、あの中に居るの、亜人の子供じゃないか? って思って」


「……なんでそう思う?」


「俺の中にあるもふもふレーダーがビンビン反応してるんだ」


「………………」


 そんな馬鹿な……と言えないのがレヴィの驚異的な部分だった。


 自他共に認めるもふもふマニアであるレヴィにはそういうものがあるのかもしれないと思ったのだ。


 本当にレーダーがビンビンしているのなら、中に居るのは亜人の子供であるかもしれない。


 しかしいくら亜人だからといって、ここまでの戦闘能力を発揮出来るだろうか。


「マーシャがもうすぐ来る筈だから、それまでは時間稼ぎだな」


「マーシャちゃんが来たら状況が変わるのか?」


「シルバーブラストにはシオンとシャンティがいるからな。あの二人に中がどうなっているのか調べて貰う」


「なるほど」


 天才レベルの電脳魔術師サイバーウィズが二人がかりならば中の様子を探れるだけではなく、システムアシストも大きいであろうあの機体をほぼ無力化出来るかもしれない。


「悪くない考えだ」


「ハロルドはもう下がってろよ。集中力が限界だろ。いつ被弾するか分からないぞ」


「馬鹿にするな。これでも隊長だぞ。まだまだいける」


「おっさん、歳なんだから無理すんなよ」


「やかましいわっ! お前だってあっという間にアラフォーだぞっ!」


「気分はまだまだ若いぜ。もふもふエネルギーで癒やされればまだ若返るな」


「………………」


 本当に若返りそうで嫌だった。


 今でも十分に二十代中盤で通じるぐらいに童顔なレヴィだ。


 気持ちが分かるということなのだろうが、もふもふエネルギーで本当に若返ったら怖すぎる。


 その間にもレヴィはひょいひょいと攻撃を避けている。


 動きを見る限り余裕すらあるようだ。


 やはり彼は天才なのだろう。


 それだけではなく、彼の専用機であるスターウィンドの力も大きい。


 レヴィの力を最大限に発揮出来るスペックを持つ特別機エクストラワン


 マーシャがレヴィの為だけに造り上げた機体。


 レヴィとスターウィンドが合わさると、本当に無敵状態が出来上がるのだなと呆れてしまう。


 これは模擬戦をやってもまだまだ勝てないだろう。


 一対一は諦めているが、一対多数でもまだ怪しい。


 しかしあのアホ発言を繰り返すレヴィを一度ぐらいは凹ませたいと思ったりもする。


「なんだかなぁ……」


 尊敬したいのに出来ないという、かなり複雑な心境になるハロルドだった。







 しかしマーシャの到着を待つ前に、トリスの戦闘機がやってきた。


 真っ白な機体。


 ホワイトライトニング。


 白き閃光となって敵を蹴散らし、奥深くまでやってきた。


 エミリオン連合軍はまだ残っている。


 しかしトリスはマーシャ達を利用する形で戦場をすり抜け、ここまでやってきたのだ。


 たった一機で敵陣の奥深くまでやってくるという行動は正気を疑うが、元よりそんなものは捨てている。


 正気を保つのではなく、狂気を武器にしてここまでやってきたのだから。


「げ。トリス? うおっ!? 危ないなっ! 俺まで巻き添えかよっ!?」


 トリスがレヴィごと砲撃してきたので慌てて避ける。


 レヴィならば確実に避けると確信しての行動だったが、砲撃されたレヴィはたまったものではない。


「トリス! お前ちょっとは考えて攻撃しろよ!!」


 ホワイトライトニングはリーゼロックの技術が流用されているので、通信コードはレヴィにも伝えられている。


 トリスに通信を送ると冷たい声が返ってきた。


「貴方がその程度でどうにかなる筈が無いだろう。邪魔はしないでくれ。あれも、セッテも俺が殺す」


「おい。ちょっと待てよ。あの中に居るのは……」


「関係無い。誰だろうと、敵は殺す。それだけだ」


「だから待てよっ! 殺すなとは言わないからちょっとは待てっ! 犬でも待ては出来るんだから……って、うぎゃーっ! 今度はマジで撃ってきやがったなっ!?」


「いや……今のはお前が悪いと思うぞ……」


 マジで撃ってきたトリスにビクビクするレヴィだが、犬呼ばわりされれば撃たれて当然だった。


 ハロルドの呆れ声もレヴィには届かない。


 しかし咄嗟の攻撃も楽々避けるあたり、やはり天才だった。


 しかしほのぼの(?)した空気はそこで終わる。




「やあ。やっと会いに来てくれたね、トリス・インヴェルク」


「セッテ。やはり、そこにいるな」


 スクリーンに映し出された姿を見てトリスが激昂しかけるが、辛うじて押し留める。


 冷静さを失えば、七年前の二の舞だ。


 今度こそ逃がす訳にはいかない。


 だからこそ、冷静さと、冷徹さを自らに強いる。


「ああ。しかし驚いたよ。生け捕りにして貰う筈だったのに、まさか蹴散らしてくるとはね。頼もしいお仲間がいるようだ」


「俺が頼んだ訳じゃない」


 トリスはバッサリと切り捨てる。


「えらい言われようだな……」


「小さい頃はあんなに可愛かったのになぁ。可愛げがなくなるほど捻くれたのは嘆かわしいな。終わったらもふもふして可愛がって素直さを取り戻してやらないと」


「余計に捻くれると思うぞ」


「いやいや。トリスだから大丈夫だ。あんなにいい子だったんだから」


「……もういい」


 通信を傍受していたハロルドとレヴィはアホな会話を続けている。


 同時にセッテの船から目を逸らさないように気をつけていた。


 七年前の二の舞になりたくないのはハロルドも同じだった。


 レヴィはマーシャからその顛末を聞いているので、今度こそ逃がさないと決意を固めている。




「君の相手はそこにいる。機体名はキュリオス。プロセッサーも含めて私の研究の途中過程だが、なかなかの成果を出している。存分に戦ってくれ」


「……プロセッサー?」


 処理装置、という言葉に首を傾げるトリス。


 システムアシストのことだろうか。


 しかし次の瞬間、戦慄がトリスを支配した。


 その意味に気付いてしまったのだ。


「まさか……」


「ああ、気付いたようだね。プロセッサーは一応生身の亜人だよ。君に誰よりも近い存在でもある。あの時君から採取した細胞から創り上げたクローンだからね」


「な……」


 そのあまりにもおぞましい言葉に怒鳴ることすら忘れてしまうトリス。


 つまり、あのキュリオスの操縦者はトリスのクローンなのだ。


 あの時から培養して成長させたのならば、まだ幼い少年だろう。


 しかしそんな少年にそこまでの技術が身につくだろうか。


「プロセッサーだと言っただろう。生身の脳と機体のシステムを直結させている。お陰で消耗は早いが、また創り出せばいいだけだからね。まだまだ研究過程だが、現状では一対多数でも圧倒出来るぐらいのスペックを誇っているよ」


「………………」


「君は仲間の遺体を取り戻す為、そして私を殺す為にここまで来たんだろう? 生きている同胞、しかも自分自身を前にして、本気で戦えるかな?」


「………………」


 つまり、これはトリスに対する切り札なのだ。


 ここでトリスの動きを封じることが出来れば、彼を捕らえることが出来る。


 そう考えている。


 しかしこの段階で黙っていない人間もいた。


 途中で通信に割り込んだのはレヴィが先だった。


「随分と舐められたものだな。トリスには攻撃出来なくても、俺には攻撃出来るぜ。仮にトリスの足止めに成功したとしても、俺たちが大人しくトリスを引き渡すと思うか?」


「ついでにお前も逃がさないから覚悟しておけ」


 ここにいるのがトリスだけだったなら、それも可能だっただろう。


 しかしここにはレヴィがいる。


 ハロルドがいる。


 マーシャ達も向かってくる。


 この戦力を相手にしてトリスを捕獲することなど、出来る訳がない。


「君たちが何者なのかは分からないが、トリス・インヴェルクの救援に来たということは、リーゼロックの関係者なのだろうね。しかし対策はしてある。君たちの相手は別に用意しておいたから、存分に暴れてくれて構わないよ」


 セッテがそう言ったのとほぼ同じタイミングで、離れた位置の空間が歪んだ。


「あ……」


「まさか……」


 空間が歪むのは偽装を解除したから。


 そしてそこから出てくるのは……


「そのまさかだ。あいつ、まだ戦力を温存していたらしい。あれはエミリオン連合軍か?」


「それにしちゃ感じが違うっつーか……」


 戦艦二隻に戦闘機がざっと五十はある。


 二人で相手をするのは骨が折れそうだ。


 マーシャが到着すればその限りではないが、それまでは何とか時間を稼がなければならない。


 しかしトリスのことを考えると心配にもなる。


「しかし海賊団を殲滅する為に温存した戦力にしては過剰だな」


「これはエミリオン連合軍の戦力じゃないよ。私の固有戦力さ。正確には研究成果だがね」



「おい。まさかとは思うが、あの戦闘機に乗っているのも全部クローンじゃないだろうな?」


「いや、そこまで予算はかけられないよ。金のやりくりはそれなりに大変でね。あっちは別の方法を取り込んである」


「別の方法?」


「あれらは無人機さ」


「なんだ。それなら楽勝じゃないか」


 無人機は自動操縦なので、単調な攻撃と動きしか出来ない。


 そんなモノが五十機集まったところで、レヴィの敵ではない。


 そう考えていた。


 しかし次に告げられた情報は最悪のものだった。


「確かに無人機だが、有人機と大差ない仕様になっているよ。あそこにあるのは死体から採取した脳細胞を復元して、デジタル人格として復元したものだからね。要するに疑似AIという訳さ」


「な……」


「なんてことを……。つまりあの中に居るのは生身を持たない子供達ってことか……」


「胸くそ悪ぃ……」


 レヴィが心底怒りを込めて呻く。


 珍しく本気で怒っていた。


 死体を弄んだことによる憎悪に支配されたトリスの気持ちが少しだけ分かった。


 確かにこれは、許せそうにない。


 そしてそれを目の当たりにしたトリスが憎悪に堕ちることになっても復讐を望んだ理由が分かった気がした。




 そしてそれ以上に耐えられなかったのはトリスだった。


「お前……お前はどこまで……どこまで俺たちを弄べば気が済むっ!? ふざけるなっ!! ふざけるなああああああーーっ!!」


 トリスが涙混じりの怒り声でセッテへと突撃していく。


 キュリオスのことも、新たに現れた戦力のことも関係ない。


 ただセッテを殺す為に動いている。


 怒りに支配されて、冷静さを失い、暴走してしまう。


「トリス!!」


「馬鹿野郎っ! 無茶すんなっ!!」


「駄目だ。今のトリスに言葉は通じない。俺はあいつが死なないようにサポートするから、キュリオスの足止めを頼んだ。マーシャが来たら状況を説明してくれ」


「って、退がれと言った癖に人使いが荒いなっ!」


「トリスを見殺しにしたいならそう言え」


「だーっ! 分かったよっ! やればいいんだろうがっ!」


 ハロルドはやけくそな気持ちで応じた。


 トリスを死なせたくない気持ちは同じなのだ。


 状況はこうなってしまった以上、自分が貧乏くじを引くしかない。


「絶対にトリスを助けろよっ!」


「当たり前だろうがっ!」


「ならいい。行けっ!」


「おうっ!」


 レヴィはセッテに向かって突っ込んでいったトリスを追いかける。


 トリスの操縦は既に見ている。


 簡単にやられるとは思わないが、それでも冷静さを欠いている今は安心してもいられない。


 邪魔をしたらレヴィまで撃たれそうなのでなるべく控えるが、それでもトリスを死なせないサポートは必要だろう。


「まったく。可哀想だけど、利用されるだけのデジタル人格なら、殺した方が救いがあるな。アレが元々はもふもふ達だと思うと心も痛むが、まあ仕方ない」


 レヴィはスターウィンドの砲身に永久内燃機関バグライトのエネルギーをチャージしていく。


 五十機をちまちま墜としていられない。


 それに動きを見る限り、亜人の反応速度だけはほぼ再現出来ているようで、動きがかなりいい。


 少なくともまともなドッグファイトを行えばレヴィでも撃墜に時間がかかるだろう。


 ならば正攻法以外で行くしかない。


 エミリオン連合軍がまだ残っている中でこの必殺技を出すのはリスクが大きすぎるが、それでもトリスの命には変えられない。


 それにエミリオン連合軍も生き残らせるつもりはないのだ。


 えげつないと承知していても、それでも大切なものを護る為にいくらでも残酷になる。


 優先順位ははっきりしているのだから、それ以外の部分で躊躇ったり迷ったりするべきではない。


「トリスを助ける。そしてトリスのクローンも助ける。うまくすればトリス以外にもちびもふゲットだ」


 うへへへ、とだらしなく笑うレヴィ。


 神業に近い操縦能力を見せながらも、その表情は駄目人間そのものだった。


 しかしそんなだらしない表情をしていても、その手つきとタイミングは神がかっている。


「一撃必墜ってことで。行くぜ」


 戦闘機が飛び交う宇宙空間。


 その中で、剣を走らせる『線』を見極める。


 それぞれの動きのパターンを把握し、予測し、射線が最大限に重なるタイミングを割り出す。


 考えてやっている訳ではない。


 研ぎ澄まされた感覚が無意識でそれらを判断しているのだ。


「ここっ!」


 レヴィは操縦桿をぐいっと動かすと同時に砲撃のトリガーも一緒に引いた。


 レーザー砲撃が旋回と同時に動き、光の剣のように敵機をなぎ払う。


『バスターブレード』


 レヴィの得意技であり、彼が『星暴風スターウィンド』と恐れられる所以でもある。


 たった一度の砲撃で七機もの戦闘機を撃墜した。


 まるで光の剣に切り裂かれたように機体を真っ二つにして大破していく戦闘機。


「次っ!」


 レヴィはすかさず次の砲撃へと移る。


 一度チャージしてしまえば、ある程度は連発が出来るのがスターウィンドの素晴らしいところだ。


 最大威力の砲撃は三射が限度だが、ある程度調整すれば十回は連射出来る。


 更にバスターブレード。


 今度は五機を撃墜。


 立て続けに繰り返していき、僅か二分足らずで四十二機を撃墜した。


 一度のバスターブレードによる最大撃墜数は八機。


 最低でも五機。


 七度のバスターブレードで四十二機を撃墜。


 その時間、僅か一分五十六秒。


 まさしく暴風と呼ぶに相応しい暴れっぷりだった。




「………………」


 その暴れっぷりを目の当たりにして僅かに正気を取り戻したのは、考え無しに突っ込んで交戦していたトリスだった。


 トリスの戦闘機操縦技術もかなりのものだが、それでも一機を撃墜するのに四十秒は必要としていた。


 もたもたしている間に四十二機が撃墜される。


 その間、トリスが撃墜したのは僅か三機。


 残り五機はバスターブレードを使うまでもなく、レヴィが急接近して次々と撃墜していった。


「……凄い」


 レヴィの伝説は知っていた。


 卓越した戦闘機操縦者であることも知っていた。


 しかし知識として覚えている姿と、実際に目の当たりにする姿は完全に別物だった。


 トリスも一流の操縦者であるという自負はあるが、それでもレヴィに勝てるとは思えない。


 それほどまでに凄まじい腕前だった。


 マーシャが憧れた操縦者。


 追いつきたい目標こそがあれなのだと、改めて実感する。


「いや。今は好都合だ」


 余計な護衛を潰してくれたのなら好都合だ。


 今は恩人すらも利用して目的を果たすべきだとトリスの理性が告げる。


 取り戻した理性は冷徹さも復活させる。


 レヴィに対して恐ろしく冷たい判断をしていた。


 彼を囮にすれば、自分はスムーズに目的を果たせると考えたのだ。


「まずはセッテ・ラストリンド。お前だ」


 叫び出したい衝動を何とか抑えられたのは、死してなおデジタルの人格として利用された仲間の残骸を全滅させられたからだろう。


 ほんの一部でも安らかになれたのだという想いが彼に冷静さを取り戻させている。


 すぐにセッテのいる船に攻撃を仕掛けようとする。


 しかし再び邪魔が入った。


「………………」


 トリスのクローンが乗ったキュリオスが戻ってきたのだ。


「ハロルドは……」


 足止めをしていた筈のハロルドはどうなったのか。


 トリスは急いでハロルドの反応を確認した。


「……良かった」


 撃墜されたが、生きてはいる。


 やはり撃墜出来ないという条件が辛かったのだろう。


 今は母船の方に戻っている。


 ギリギリのところで命を拾ったことに安堵した。


「………………」


 しかしハロルドでなければ死んでいたかもしれない。


 かつて自分が大切に想っていた人たちを、自分を大切にしてくれた人たちを容赦無く殺そうとした。


 これはトリスではない。


 だからこそ生かしておく訳にはいかない。


 自分の手で殺す。


 それがせめてもの……


「この手で、殺す。楽にしてやる」


 トリスはクローンの乗るキュリオスへと襲いかかる。


 一対一ならレヴィ以外に負ける気がしない。


 しかしクローンの戦闘技術もかなりものののようで、反応速度がトリス以上だった。


 攻撃をしても避けられる。


 こちらの反応速度以上の攻撃を仕掛けてくる。


 旋回して、攻撃して、すれ違い、避ける。


 その繰り返しだが、決定的なダメージを与えられない。


「くそっ!」


 自分自身に限りなく近い存在。


 だからこそ、幼くとも潜在能力の全てを強制的に引き出されているのかもしれない。


 ならば多少は犠牲を出してでも、つまり自分自身が損傷を受けることになっても殺すか?


「いや、駄目だ。それでは肝心の目的を果たせなくなる」


 このクローンだけ全てを懸ける訳にはいかないのだ。


 セッテを殺せず、仲間の遺体を取り戻せなければ、死んでも死にきれない。


 しかしこのクローンのことも放っておけない。


「くそっ! どうすればいい?」


 トリスはひたすらに攻撃を繰り返す。


 そうすることで相手の隙を見つけようとした。


「何だ……? 動きが……」


 しかし攻撃を続ける内に気付いた。


 キュリオスの動きが明らかに鈍っているのだ。


「どういうことだ?」


 トリスは怪訝そうに呟くが、明確な理由は思い浮かばない。


 精々が幼いクローン故に持久力の問題が発生したのかもしれないと考えるぐらいだ。


 セッテがそんなヘマをするとは思えないが、他に思い付かない。


 しかし動きが鈍っているならば今がチャンスだ。


 トリスは猛然とキュリオスへと襲いかかり、とどめを刺そうとする。


 しかしそこで再び邪魔が入った。


「っ!?」


 蒼い戦闘機がキュリオスへの射線を阻む。


「レヴィさんっ!?」


「よせ。トリス。こいつを殺す必要は無いだろう」


 レヴィが通信でトリスを止めようとする。


 しかしそこでトリスの怒りが爆発した。


「ふざけるなっ! こいつは俺の敵だっ! セッテ・ラストリンドに操られているだけの敵だっ! 殺さない理由がどこにあるっ!!」


「理由ならある」


「どんなっ!?」


「俺がこいつを死なせたくないからだ」


「っ!!」


「助けたい。それが俺の意志だ」


「貴方は……貴方はいつだって、そうやって……!!」


 トリスが泣きそうな声でレヴィに怒鳴りつける。


 そうやって助けられたのは他でもない自分自身だ。


 だからこそ、レヴィのその生き方を否定するということは、助かった自分自身を否定するということでもある。


「とにかく、こいつは殺すな。俺がなんとかする。トリスはセッテを殺すんだろう? こいつに構っている暇があるならとっとと向かえ」


「……そいつが完全に洗脳されているのなら、助けようとしても無駄だ」


「そいつはやってみてから考えるさ。それよりももたもたしていたらセッテが逃げるぞ。リーゼロックPMCの連中に監視はさせているけど、戦闘機が全滅したからな。本気で逃げられたら追いつけないかもしれないぞ」


「………………」


 レヴィの声はいつも通りだった。


 穏やかで、安心出来る、いつも通りの声。


 その声に安らぎそうになってしまう自分を必死で叱咤した。


「俺は……貴方のそういうところが、嫌いです」


 絞り出すような声で、本心とは真逆の言葉を伝えた。


 それがトリスに出来る精一杯だったのだ。


「……そりゃあ、悪かったな」


 それに対して、レヴィは苦笑交じりの返答をする。


 皮肉交じりに詰られても、自分の行動を変えるつもりは無いらしい。


 トリスはそのままセッテの船へと向かった。


 残されたレヴィの方は涙目になっている。


 冷静に、苦笑交じりに返事をしたつもりだが、内心ではかなり傷ついていた。


 あの可愛らしい少年だったトリスに嫌いだと言われたのはかなりのダメージだったらしい。


「うう~。ぜ、全部終わったらきっと撤回してくれる筈。そうに決まってる。よし、そういうことにしておこう」


 レヴィは自分に言い聞かせてからキュリオスへと対峙する。


 トリスとの戦いもある程度観察していたが、かなり手強い。


 しかし戦いの駆け引きなどはまったく出来ていない。


 素直過ぎる動きしか出来ないのなら、どれだけの反応速度を持っていたとしても、レヴィの相手としては不足だと言うしかない。


「しかしいきなりここまで動きが鈍るのは気になるな。早めに無力化しないと不味い気がする。よし。多少は本体にもダメージがいくかもしれないけど、少し荒っぽくいくか」


 レヴィはクローンの乗るキュリオスへと襲いかかる。


 距離を取っての砲撃は避けられるので、近距離からの攻撃を食らわせる。


 ギリギリまで近付いてから、一瞬のタイミングで砲撃を行う。


 これはかなり危険な方法で、タイミングと威力調整をしくじれば自分も巻き添えにしてしまうものだった。


 しかしレヴィは神がかり的な操縦とタイミングでそれを可能にしている。


 威力はかなり抑え込んで貫通ダメージを優先し、推進機関を真っ先に潰してからキュリオスの運動能力を奪う。


 それでも全方位の砲だけは健在なので、攻撃が止むことはない。


 動けなくなっても的確に狙いを定めてくる。


「うーむ。これ以上攻撃するとクローンが危うい気がする。しかし潰しておかないと近付くことも出来ない。仕方ない。やるしかないか」


 無数の砲撃が飛び交う中を掻い潜り、近付き、威力調整した砲撃を何度も繰り返す。


 それは自殺行為に等しいやり方だったが、レヴィは驚異的な集中力を発揮してそれを成し遂げた。


 半分の砲を削ったところで集中しすぎて頭痛がしてきたが、残り半分を潰すまで自分を休ませるつもりはなかった。


 もふもふを、ちびもふを救う為にはこれぐらいの頭痛など顧みない。


 それがレヴィの信念だった。


 マーシャが聞いたらしょーもない信念だなと呆れるだろうが、レヴィはかなり本気だった。


 というよりも大真面目だった。


 残念すぎる天才なのだ。


 五分ほどかけて全ての砲を潰したので、キュリオスは丸裸状態になる。


 攻撃手段を持たず、推進機関も潰された以上、宇宙空間に漂う物体と大差ない。


「マーシャ」


「何だ?」


 マーシャに通信を繋ぐと、すぐに返事がきた。


 どうやらスタンバイしていてくれたようだ。


「この中に居る奴を助けたいんだけど、シルバーブラストの中に格納してくれるか?」


「そいつはハロルド達を苦しめていた奴だよな? そこまで無力化したのは流石だけど、どうして助けようとするんだ?」


「そりゃあ、もふもふは助けるべきだろう」


「……意志を奪われたクローンを助けても、不毛なだけかもしれないぞ」


「それは助けてから考える。不満か?」


「いいや。レヴィらしいと思う」


「なら頼んでいいか?」


「分かった。ただし、暴れたりしたら拘束させてもらうからな」


「それは仕方ないな。拘束されたら俺がもふもふして宥めてやろう」


「………………」


 どこまで本気で言っているのだろう。


 きっとどこまでも本気なのだろう。


「その後レヴィはどうするんだ?」


「そうだな。トリスが心配だから追いかけることにする」


「じゃあ頼んだ」


「おう。任せろ」


 シルバーブラストが向かってくるのを確認して、レヴィはその場から離れた。


 セッテを殺す為に突撃したトリスを追いかける為だ。


 厄介な敵はほぼいなくなった筈だが、セッテのことだから他にどんな隠し球を持っているか分かったものではない。


 トリスの精神状態を考えると、隠し球があった場合は冷静に対処出来ない可能性が高い。


 だからこそレヴィがサポートに向かう必要があるのだ。


「復讐がこれで終わりなら、ちゃんと日常に戻らせてやらないとな」


 トリスはきっとそれを望まない。


 だけどレヴィ達はそれを望んでいる。


 だからこそ、トリスのことを諦めない。


 絶対に諦めたりはしないのだ。


 それがトリスにとってかなり迷惑なことだと分かっていても、譲るつもりはなかった。

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