第111話 混沌の戦場 4

「おいおい。一海賊団にこの戦力って、どれだけ評価されてんだよ、トリスの奴」


「いやいや、トリスだしな。マーシャちゃん同様、滅茶苦茶強くなってるかもしれないじゃないか」


「だよな。帰ってきたら是非とも手合わせ願いたいもんだぜ」


「それよりもレヴィだよレヴィ。あいつともう一回戦いたいぜ」


「終わったら模擬戦させればいいじゃねえか。今回の報酬だ」


「おお~。いいね~。『星暴風スターウィンド』と戦うのはなんか楽しいからな」


「勝てないのに楽しいって、不思議な奴だけどな」


「言えてる言えてる」


 のどかな会話を続けながら、次々とエミリオン連合軍の戦闘機を屠っているのは、リーゼロックPMCの傭兵達だった。


 元々が一流の戦闘機操縦者達なので、エミリオン連合軍とも引けを取らない。


 それどころかピーキーなお蔵入り機体をここ数日の訓練で完璧に使いこなせるようになった為、既製品のエミリオン連合軍よりも優位に立っているぐらいだった。


 もちろん、手強い相手は居る。


 明らかに隊長格だろうという相手も居た。


 そういう手合いに一対一の戦闘をふっかけるのが今回の楽しみでもあったが、犠牲が出ては意味が無いので、常に仲間をフォロー出来る立ち位置にいる。


 楽しみつつも的確に敵を減らしていく手際は流石だった。


 互いの連携がきっちり取れている為、犠牲はほとんど出ていない。


 機体が損傷したらすぐに引き下がって母船に戻っている。


 それでも損耗は一割以下だった。


「おい、イーグル。セッテの船は攻撃するなよ。トリスに恨まれるぞ」


 イーグルがセッテの船を攻撃しようとしていたので注意するハロルド。


「分かってるけどな。でも逃げられないように推進機関ぐらいは潰しておこうと思って」


「やめとけ。そんなことをすれば脱出艇で逃げ出すぞ。前回の二の舞だ。そうなると生け捕りは難しくなる。トリスに引き渡せなくなるぞ」


「うわ。それは困るな」


「退路を塞ぐぐらいにしておけ」


「了解、隊長殿」


 後方から現れたのでセッテの船を直接攻撃することも可能だったが、リーゼロックPMCの傭兵達はそうしなかった。


 出来ることをしないのは、トリスに恨まれたくないからだ。


 可愛がっていた少年から恨まれるのは辛い。


 出来ればもう一度、あの時間を取り戻したい。


 それは彼らの願いでもあった。


「お? 何だあれは?」


 セッテの船から見慣れない小型機が出てきた。


 戦闘機ではない。


 しかし脱出艇でもない。


 明らかに戦闘能力を持ったものだった。


「分からない。だが気をつけろ」


「おう」


「警戒態勢は維持する」


 赤い機体は肉厚の蜘蛛のような形だった。


 基本は球体だが、全方位に足が生えている。


 いや、あれは足ではなく砲身だ。


 つまり全方位への砲撃が可能だということだろう。


「馬鹿か? あんなもの使いこなせる筈が無いのに」


 ハロルドは呆れたように呟く。


 全方位の砲身。


 確かに全方位を攻撃出来れば無敵に近いが、それは不可能だ。


 人間の知覚ではそれを使いこなすことが出来ない。


 前しか見えないし、感覚を頼ったところで限界がある。


 全方位対応というのなら機体を動かしてから砲撃した方がマシだ。


 システムアシストを利用したとしても、人間の操縦者が避ける方が確実に早い。


「まさかアレにセッテが乗ってる訳じゃないよな?」


「まさか。奴は研究者であって操縦者じゃない。こんな無謀は行わない筈だ」


「だよな。じゃあ潰すか」


「賛成。得たいがしれない奴はさっさと潰しておくに限る」


「よし。じゃあ俺が囮をやるから攻撃頼むぜ」


「了解」


「任せろ」


 一人が言い出すと他のメンバーも自然と自分の役割を変えていく。


 指示を出さなくても自分達で臨機応変に対応出来るのがリーゼロックPMCの強みだった。


 隊長のハロルドの教育の賜物でもあるが、これはレヴィとの模擬戦が効果を発揮している。


 どれだけ最適な戦術を駆使しても勝てなかった天才操縦者を相手取るには、常に最適な自己判断が出来る仲間が必要だと考えたのだ。


 その結果、今のような形になった。


 この状態でレヴィと対峙すればもう少しマシな戦闘が出来るだろうと期待している。




「……は?」


 イーグルは最初、何が起こったのか理解出来なかった。


 囮を担当した彼は最初は様子見をしようと不明機に近付いたのだが、気がついたら右翼を撃たれていた。


 あり得ない位置からの砲撃。


 機体スペックにおいては可能であっても、人間である以上、知覚の限界は存在する。


 イーグルはそれを知り尽くしているからこそ、全方位の攻撃が可能な不明機にも近付いていったのだ。


 この角度からなら砲撃されても避ける余裕があると判断した。


 しかしこちらの反応速度を上回る攻撃を行われた。


 何が起きたのかすぐには理解出来なかったのも無理はない。


「イーグル! 一旦退がれ!」


「分かった!」


 ハロルドの指示ですぐに下がる。


 この機体ではもう戦えない。


 母船に戻るしかないだろう。


 元々がお蔵入り機体なので予備機は無い。


 だからこそここで離脱するということは、リタイアするということでもある。


 心残りはあったが、犠牲を出すよりはマシだ。


 とにかくアレに近付くのは危険だと判断したハロルドは、距離を取った戦闘でデータを集めることにした。


「全員、どこから攻撃が来ても避けられる距離を取れ」


「了解」


「ありゃあ手強い。つーか本当に人間が操縦してるのかねぇ。システム任せの無人機だったりしないか?」


「いや、そりゃ無いだろ。システムがあれだけ働いてくれるなら、俺たちは必要ないじゃないか」


「確かにな」


 たった一機でリーゼロックPMCの精鋭を圧倒する性能。


 そんなものがシステムのみで可能になるのなら、とっくにエミリオン連合軍で採用されている筈だ。


 人間の操縦者が必要なくなるなど、あってはならない。


 というよりも、あって欲しくないというのが本音だった。


「死んだら承知しないからな」


「おう」


「トリスをもふるまで死ねるか」


「その通り!」


 動機がレヴィと大差ないぐらいにアホらしいが、これもトリスへの愛情の表れだった。


 ここで犠牲を出したらトリスが悲しむ。


 あの優しい少年が自分達に手を貸してくれた所為で人が死んだなどという事実を飲み込めるとは思えない。


 だからこそ犠牲は出さない。


 それが最善なのだ。


 そしてリーゼロックPMCにはそれが出来るだけの力があった。







「って、おいおい。情けないな……」


 ハロルドは自分達の有様を振り返ってぼやく。


 ほとんどの機体が中破してしまっている。


 ハロルドの機体はまだ無事だが、部下達はほとんど離脱してしまった。


 犠牲は出ていない。


 しかし損耗は激しい。


 お蔵入りとは言え試作機をあれだけスクラップにしたのだから、技術者達の怨念に襲われそうな気がする。


 命があればなんとかなるが、命を長らえても後々のことを考えるとかなり気が重かった。


 しかし今は命を考えなければならない。


 ギリギリのところで命を繋いでいるという自覚がある。


 殿を引き受けているハロルドも疲労困憊が激しく、後数回ぐらいしか避けられそうにない。


 集中力が途切れたらその時こそ直撃してしまうだろう。


「まったく。あの中にいるのは何者なんだ?」


 再び砲撃が飛んでくる。


 またあり得ない方向からだった。


 どうやってあの反応速度を出しているのか、不思議で堪らない。


 しかしその前提で動けば避けられないことはない。


 しかし攻撃に転ずることが出来ない。


 近付こうとすれば、こちらが避ける余裕が減ってしまうからだ。


 撃墜される覚悟で近付けば、確実にその通りになる。


 だからこそハロルドは焦っていた。


 あれを潰さなければトリスがやばい。


 エミリオン連合軍と散々戦った後にあれだけの機体を相手にするのは、流石に無理だろう。


 だからこそここで潰しておかなければならないのだが、その道が見えない。


「ちっ。そろそろ本気で撤退を考えた方がいいかな」


 集中力が限界に達してきている。


 ここで無理をすれば自分が犠牲になる。


 幸いにして、後を任せられる戦力もあるのだから、ここは大人しく引き下がるべきだろう。


「マーシャちゃんっ!」


「どうしたっ!?」


 シルバーブラストに呼びかけるとすぐに返事が来た。


 彼らは今エミリオン連合軍の相手をしている。


 後方の戦艦を潰し回っているが、そろそろその仕事にも一段落ついた。


「手強い不明機がいる。レヴィを回してくれ。このままじゃこっちが全滅だ」


「ハロルド達が全滅……?」


 マーシャはリーゼロックPMCの実力をよく知っている。


 レヴィには及ばないが、それでも一流の操縦者達だと思っている。


 そんな彼らが不明機に対して全滅を危惧しているというのが信じられなかった。


 しかしその言葉は信じられる。


 ハロルドはマーシャに嘘をつかない。


 その信頼があるからこそ、マーシャはすぐに動いた。


「レヴィ!」


「おう。聞こえてたぜ。撃破すればいいんだな?」


「気をつけろよ。ハロルド達が手こずる相手だ」


「分かってる。というか誰に言ってるんだ?」


「もふもふマニアのアホレヴィ」


「……泣いていいかな?」


「好きなだけ泣け」


「うわああああああーーんっ!」


 漢泣きで向かっていくレヴィ。


 マーシャはシルバーブラストの操縦席でやれやれと肩を竦めた。


 これでハロルド達は安心だろう。


「さてと。じゃあ私達も向かおうか」


「え? ここでエミリオン連合軍を削るんじゃないの? アニキがいれば不明機いっこぐらい問題無いと思うけど」


 シャンティが不思議そうに首を傾げる。


 もっともな疑問だった。


「ですです~。数を減らしておいた方が後が楽ですよ~」


「そうなんだけどな。ちょっと嫌な予感がして」


「嫌な予感? アニキが負けるかもしれないってこと?」


「それは無い」


「断言したね」


「レヴィだからな。私にとっては宇宙一の操縦者だ。負けることなどあり得ない」


「うわー。堂々とのろけた」


「らぶらぶですね~」


「………………」


 オッドも砲撃支援をしながら口元を緩めている。


 戦場でほのぼのした空気が微笑ましいと思ったのかもしれない。


「負けるとは思わないけど、何か別の要素で手こずるかもしれない。そんな気がするんだ」


「それって亜人の勘? 女の勘?」


「両方だな。組み合わせると最強だ」


「確かに最凶だね」


「あのセッテが出してきた切り札なら、普通の操縦者じゃない可能性が高い。例えば、操縦者が亜人とか」


「え? でも生き残りはアネゴとトリスって人だけじゃないの?」


「ロッティにはそれなりにいるぞ。移住してきた亜人の生き残りがな。もちろん子供も居る」


「へえ~。そうなんだ」


「みんなもふもふなんですよ~」


「シオンは会ったことがあるんだ」


「天国でした~」


「あはは」


「だからもしかしたら他の生き残りを捕らえてアレに乗せているのかもしれない。そうなると敵というよりはただの被害者だ。レヴィがそれに気付いたらきっと、攻撃を躊躇う」


「その時はアネゴが殺すの?」


「まさか。レヴィの前でそんなことは出来ない」


 レヴィはきっと助けようとするだろう。


 マーシャに出来るのはその邪魔ではなく、手助けだ。


「天弓システムならば全方位から一気に攻撃出来るからな。動きを止めて操縦席以外をガリガリ削ってやるさ」


「あ、それ面白そうですです~」


「え、えげつな……」


「……中の操縦者はかなりの恐怖だろうな」


 天弓システムは一対多数に対する武装だ。


 それをたった一機の戦闘機に使用すれば、逃げ場の無い包囲網が出来上がる。


 出力を調整して、外装から徐々に削っていけば、最後に操縦席が残るという有様だ。


 確かに効果的だが、中に居る操縦者は自分の身体が削られていくような恐怖に苛まれるだろう。


「命は助けてもトラウマを植え付けるだけのような……」


「大丈夫だ。トラウマはトラウマで上書き出来る」


「はい?」


 意味が分からない、とシャンティがマーシャを怪訝そうに見る。


「亜人だと分かったらレヴィが真っ先にもふもふしに襲いかかるだろうからな。砲撃の恐怖など、もふもふトラウマにすぐ上書きされるだろうよ」


「……理屈は分かるけど、すっごく駄目な感じだね」


「レヴィならやりかねない……」


 オッドも呆れながらため息をついている。


 レヴィならば本当に新たなトラウマを植え付けかねないと考えているのだろう。


「シオン。天弓システム最大展開、最大出力で可能な限りエミリオン連合軍の戦闘機を削れ。その後レヴィの応援に向かう」


「了解ですです~」


 シオンはフルパフォーマンスを発揮して天弓システムを暴れ回らせる。


 百の遊撃ビームが的確にエミリオン連合軍の戦闘機を撃墜していく。


 戦闘機の砲撃ならば動きに合わせて良ければいいだけだが、小型ビームが相手では速度が違いすぎる。


 反応が間に合わずに次々と撃墜されていく。


 エミリオン連合軍にとっては悪夢だろう。


「ファングル海賊団の方もだいぶ削られているけど、あっちは生き残らせる必要も無いから別にいいか」


 冷徹な計算をするマーシャだが、決して残酷な訳ではない。


 彼らが生き残ったとしても、マーシャには助けることが出来ない。


 エミリオン連合軍に捕らえられれば、死ぬよりも酷い目に遭うことは確実だ。


 ただの死刑ならばまだマシだが、他国の軍と通じて利益を得ていたファングル海賊団にはむごい拷問が待っているだろう。


 家族のことも調べられて盾にされるかもしれない。


 それを考えたら、散る覚悟がある分、ここで死なせた方がまだ救われる。


 ただのエゴかもしれないが、マーシャはそう割り切っている。


 助けるのはトリスだけ。


 彼だけは助けなければならない。


 身勝手だろうと、エゴだろうと、助けると決めたのだ。


 だからこの気持ちは貫く。

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