第82話 切り捨てられた存在 2

「少佐っ!」


「っ!!」


 先に気付いたのはオッドだった。


 デミオ・アイゼンに射線の繋がっている狙撃手が、狙撃銃を僅かに動かしたのだ。


 そして狙いは明らかにデミオ・アイゼンだ。


「不味いっ!」


 止めようとするが既に手遅れだ。


 身体で庇おうにも間に合う距離には誰も居ない。


 近くに居る護衛は、死角から狙ってくる狙撃手に気付いていない。


 デミオ・アイゼンは変わらず演説を行っている。


 両国の平和と絆が……などと盛り上がっているが、自分を狙う狙撃手にまるで気付いていない。


 このままでは撃たれるっ!


「カミュ!」


『は、はいっ! 先に撃ちますかっ!?』


「まだだっ!」


『少佐っ!? しかしっ!!』


「よく考えろっ!! 相手は狙撃だぞっ! 間近で銃を向けている訳じゃないんだっ! 手出しされる前にこっちが撃てば、どんな言いがかりをつけられるか分かったものじゃないぞっ!」


『ですがこのままでは議長がっ!!』


「……議長のことは諦めろ」


『しょ、少佐……?』


「仮にあいつの狙いが議長だったとしても、こっちが先に手出しは出来ない」


『そんな……』


「ただし、撃った直後は容赦なく撃て。議長は犠牲になるかもしれないが、被害の拡大は防げる。ここで先に撃ってしまえば、混戦になって被害が広がるだけだぞ」


『は、はい……』


 冷徹な判断に怯むカミュ。


 しかし今はこれが正しい。


 万が一相手が何もしなければ、和平は成り立つのだ。


 確定していない可能性を優先して台無しにしてしまっては意味が無い。


 たとえ、確定してしまった後にデミオ・アイゼンという犠牲が出たとしても、それは避けられないものとして受け入れるべきなのだ。


 それに側近の護衛が気付かない落ち度でもある。




 そして、場を支配する銃声が響いた。


「か……は……っ!!」


 胸を押さえて膝をつくデミオ・アイゼン。


 周りの護衛も慌ただしく動いている。


 しかし傷を見るからに手遅れであることは確かだ。


 そしてテロリストの存在を探した。


 そう。


 エステリ軍ではなく、外部のテロリストの存在を探してしまったのだ。


 それが最大の失敗だった。


「カミュ。撃てっ!」


『は、はいっ! 狙撃手のみでいいですかっ!?』


「狙撃手と観測手両方だっ! ついでにこのタイミングでこっちに敵対しそうな奴らもまとめて制圧射撃っ!」


『りょ、了解っ!』


「そのまま船の中で射撃を続けろ。そこならば戦闘中の弾切れの心配が無い。可能な限り撃ち続けろっ!!」


『はいっ!』


 宇宙船で生成、チャージされているエネルギーは膨大なものだ。


 本来は大気圏から出て宇宙空間を飛び回り、更には砲撃戦まで行う仕様なのだから、地上砲撃程度でエネルギーが尽きる筈がないのだ。


 カミュがそこにいる限り、砲撃支援が尽きることはない。


 念の為という状況だったが、カミュだけでも船に戻していて正解だった。



 そして周りは地獄になった。


 テロリストの仕業だと思っていた護衛は味方だと思い込んでいたエステリ軍に撃ち殺されてそのまま斃れる。


 デミオ・アイゼン議長の側近達も次々と撃ち殺されていった。


 人質を取って交渉するなどということをするつもりはないらしい。


 混乱から立ち直れないまま、エミリオン連合軍が壊滅するかと思われたが、いち早く違和感に気付いたレヴィアースが最低限の警告を自軍に発した為、何とか間に合った。


 そして混乱から立ち直る為の時間はカミュが稼いでくれた。


 戦艦からの支援砲撃。


 混乱に紛れて撃ち殺されるのを避けられたら、流石に冷静さを取り戻す。


 レヴィアースの部隊は生き残る為に反撃を開始するのだった。


「狙撃班は周辺警戒っ! こちらの指示があったら対象を狙撃っ! 他の奴らは各自の判断で敵を撃てっ!」


 予め用意されていた戦場ならば、戦略も戦術も有効だ。


 しかし突然放り込まれた敵味方入り乱れる戦場では、こちらの指示にはほとんど意味が無い。


 ある程度冷静さを取り戻したといっても、それは恐慌から逃れる為の現実逃避でしかないからだ。


 本当の意味で冷静さを保てないのならば、複雑な状況判断を要求される指示よりも、シンプルなものの方が効果的だ。


 とにかく、敵を撃て。


 それだけでその場は凌げる。


 その場は凌げるだけで、この先も凌げる訳でないのが困りものだが。


「オッド。ガードは任せた。こっちは指示を仰ぐ」


「了解しました」


 携帯端末を取り出してから、レヴィアースは軌道上にいる第七艦隊本艦へと連絡を取った。


「こちら第一戦闘機部隊隊長、レヴィアース・マルグレイト少佐です。連合加盟調印式は失敗。エステリ側の裏切り行為により、アイゼン議長とその側近、そして護衛達が撃たれました。救命も救出も不可能。こちらはエステリ軍と交戦中。しかし戦力差が大きすぎます。部下を回収して脱出しますので、航空戦力の牽制をお願いします」


 指示を仰ぐというよりは一方的な要求だったが、この状況では他に選択肢が無い。


『こちらも軌道上からの監視で確認した。既に本国からの指示も通達されている』


 答えるのは冷静で、冷徹な声。


 レヴィアースの上司であり、エミリオン連合軍第七艦隊司令官のグレアス・ファルコン大佐だった。


「そうですか。ならば話は早い。こちらの脱出の援護をお願いします」


『それは出来ない』


「は……?」


 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。


 当然の要求をしているのに、当然のように断られる。


 その理由が分からない。


『エミリオン連合議長デミオ・アイゼンはエステリに殺されたのではない。所属不明のテロリストによって諸共殲滅された』


「グレアス大佐……?」


『本国からはそういう通達だ。そういうことになる。これから』


「…………まさか」


 それの意味する先は一つだった。


 事実の隠蔽。


 そして隠蔽に最も効果的なのは、目撃者の口を塞ぐことだ。


 未来永劫、塞ぐことだ。


「長年手を焼かされてきたエステリから罠に嵌められたなどという汚点を残す訳にはいかん。よって、この事実は無かったことになる。アイゼン議長達がお亡くなりになったのはテロリストの仕業であり、エステリ軍の裏切りではない。そしてエステリ軍もろとも、テロリストに壊滅させられた。そういう筋書きだ。そしてそこにはエミリオン連合軍の護衛も巻き込まれたという筋書きになっている」


「待ってくださいっ! そんな無意味なことの為に自分達に死ねとおっしゃるのですかっ!?」


 任務で死ぬのは仕方が無い。


 罠に嵌まったことも運が悪かったとしか言い様がない。


 それならそれで足掻きようがあるし、生き残れなかったとしても、納得は出来る。


 それが軍人というものだからだ。


 しかし味方に殺されることまでは想定していない。


 そんなおぞましい未来は想像すらしていない。


 悪夢でしかない。


 そういう意味では、レヴィアース・マルグレイトという人間は純粋だったのだろう。


 現実を受け入れようとしないのだから。


 受け入れたくないのではなく、そんな現実があることを納得出来ないのだ。


『無意味ではない。政治の世界はそれ以上におぞましい。そして最も近くで巻き込まれるのは我々軍人だ。そのおぞましさに巻き込まれることは哀れだと思うし、我々としても『星暴風スターウィンド』を失うのは痛い。しかし上層部の決定だ。我々はこれから地上へとミサイル攻撃を行う。生き残ることは不可能な量を撃ち込む。……すまないな。マルグレイト少佐。許してくれとは言わない。しかし、これも任務だ』


「ふ、ふざけるなっ! そんな無意味な理由で命を奪われてたまるかっ!」


 上官であることもお構いなしに噛みつくレヴィアース。


 しかし通信はそれっきり切られた。


「くそっ!」


 その通信はオッドにも聞こえていた。


 理不尽極まりないが、そういうことも有り得るのが政治の世界であり、巻き込まれる軍人の世界でもある。


 しかしレヴィアースはどうあっても納得しようとはしないだろう。


 オッドですら納得しない。


 冗談ではないと思う。


 しかし軌道上からミサイルを撃ち込まれるのでは逃げ場が無い。


「少佐っ!」


「っ!?」


 しかしオッドは迷わなかった。


 ミサイルはすぐに撃ち込まれるだろう。


 部下に撤退の指示を出す暇はない。


 元より、敵と交戦中である現状で撤退指示など出しても意味がない。


 その場から離れられないのだから、どちらにしても死ぬだけだ。


 しかし今は違う。


 レヴィアースとオッドはある程度の敵を退けて、今は多少なりとも動ける状況だ。


 ならば生き残る為の最善を尽くさなければならない。


 少なくとも、レヴィアースだけは生き残らせる。


 オッドはそう決意していた。


 レヴィアースを引っ張り、一刻も早く離れようとする。


 ミサイルを撃ち込むということは、範囲殲滅攻撃であり、つまりは大雑把な攻撃だということだ。


 まさかファルコン大佐も一都市を壊滅させるような攻撃はしないだろう。


 精々が、この会場を壊滅させるぐらいに抑える筈だ。


 それだけで十分だし、それ以上は国際問題に発展する。


 既に国際問題どころか大問題だが、それ以上の拡大を防ぐ為には、目撃者を消す以上のことは出来ないのだ。


 だから少しでも離れれば生存率は上がる筈だ。


 レヴィを引っ張り走り続ける。


 指示を出さなければならない筈のレヴィはされるがままになっている。


 現実に理解が追いつかないのだろう。


 それを指揮官失格だとは言えない。


 状況が異常なのだ。


 真っ当な感性を持っていることを責めることは出来ない。


 この状況で、指示も出せないぐらいに自失してしまうのは人として当たり前なのだから。


 しかしだからこそ、死なせる訳にはいかない。


 何としてでも守り切る。


 その為に走り続ける。

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