第65話 もふもふには絶対服従なんです 3

「よし。じゃあ早速買い物だ」


「へいへい。分かったよ。人間、諦めが肝心だよな」


「そうそう。諦めが肝心だ。ついでにデートもするぞ」


「そっちは大歓迎なんだけどなぁ……」


 大歓迎といいつつも、エミリオンに降りるのは気が進まないようだ。


 しかし街中を歩くだけならば変装まではしなくて大丈夫だろう。


 少しだけ髪の色を変えて、眼鏡を付ければ問題無い。


 マーシャはレヴィの為に用意した黒髪のカツラと眼鏡を着用させる。


「うん。いつもと違って面白い」


「人の顔を見て面白いって言われてもなぁ」


「じゃあ格好いい」


「そう言われるのは大歓迎」


「うん。格好いいぞ」


 マーシャはにこにこしながらレヴィを見ている。


 黒髪眼鏡のレヴィはいつもと違って新鮮な雰囲気だった。


 しかし金色の瞳はそのままだ。


 変わった部分と、変わらない部分。


 本来の色ではないので少しアンバランスだが、そこも含めて楽しかった。


「じゃあ行こう」


「へいへい」


 マーシャの方は既に耳尻尾は隠している。


 カツラと腰巻きはマーシャにとって慣れたものなので、すぐに準備出来るのだ。


「オッド達も自由に外に出て構わないからな。個体情報は削除しているんだから、万が一見つかったとしても誤魔化しが利くし」


「分かった。しかし外に出る用事も無いからな。大人しくしておく」


「僕は外に出たいな。いろいろ見て回りたい」


「じゃああたしも出るです~」


 オッドは大人しくしているつもりのようだが、シャンティとシオンの方は出かけたくてたまらないようだ。


「………………」


 子供達二人だけで出かけるのは少しだけ心配だった。


「オッド」


 レヴィがオッドに呼びかける。


 何を言いたいのか、すぐに察した。


「分かりました。一緒に行きます」


「頼む」


「うん。オッドがついていてくれるなら安心だ」


 シャンティとシオンの外見はただの子供であり、しかも大変可愛らしい。


 二人だけで歩いていたら変なものに絡まれるかもしれないと心配したのだ。


 レヴィとマーシャもオッドがついて行ってくれると聞いて安心した。


「うん。じゃあ荷物持ちと引率よろしくね」


 シャンティの方はたくさん買い物をするつもりのようで、荷物持ちが増えたことを喜んだ。


「………………」


 引率よりも荷物持ちに重点を置かれているのが困りものだが、こういうちゃっかりした部分はいつものことなのでオッドも苦笑するだけだった。


「オッドさん。引率よろしくですです」


「ああ」


 こうして、それぞれ別行動としてエミリオンの街を歩くことになった。







 二人で腕を組んで歩くマーシャはご機嫌だった。


 尻尾が見えていたらぶんぶん揺れているだろう。


「ご機嫌だなぁ」



「うん。レヴィとデート出来るのは嬉しい」


「そうか」


「うん」


 そこまで素直に言われると苦笑するしかないレヴィだった。



 パーティーに出席させられるのは嫌だが、マーシャが喜ぶのは嬉しい。


 正式な約束は交わしていないので、恋人なのかと言われると微妙なところだが、レヴィもマーシャのことは好ましく思っていた。


 マーシャの方もそれ以上のことは求めてこないので、なあなあの関係で進んでいる。


 もしかしたらはっきりしたものを求めてくるかもしれないと心配していたので、そういう部分ではレヴィも助かっている。


 マーシャのことはもちろん好ましく思っている。


 しかし本格的に恋人にしたいのかと言われると、躊躇ってしまうのだ。


 それはマーシャに対して躊躇っているというよりは、自分に対して躊躇っている。


 レヴィはもう二度と、大切な存在を失いたくないと思っているのだ。


 大切なものを失うことを恐れている。


 失うことが怖いのならば、最初から手に入れなければいい。


 そんな風に考えている。


 逃げていることは分かっている。


 それでも、この恐怖だけはどうしようもないのだ。


「どうしたんだ? レヴィ」


「え?」


 ふと気がついたらマーシャの顔が真下にある。


 気付かない内に覗き込まれていたようだ。


 銀色の瞳がじっとこちらを見つめてくる。


「なんか、辛そうにしてるから」


「そう見えたか?」


「うん。私とのデートは楽しくないのか?」


「そんなことはない。すごく楽しい」


「そうか。ならいい」


 そうは見えないから心配していたのだろうが、マーシャはそれ以上詮索してこなかった。


 その対応は助かる。


 しかし気を遣わせてしまったことは申し訳ないと思っていた。


「ごめんな。心配掛けた。ちょっと嫌なことを思い出してしまったんだ。マーシャの所為じゃないんだが、ふとしたきっかけで思い出すことがある」


「ああ、なるほど。それはしんどいな」


「マーシャにもあるのか?」


「もちろんある。すぐに忘れることにしてるけど」


「出来るのか?」


「無理矢理にでも忘れればいい。そうすれば奥底に沈んでくれる」


「なるほど」


 意図的にそれが出来るというのは大したものだと思った。


 レヴィにはそれが出来ない。


 その内出来るようになるのかもしれないが、今はまだ無理だった。


「久しぶりのエミリオンはどうだ?」


 マーシャはそんなレヴィを気遣ったのか、いきなり話題を変えてきた。


 彼にとっては久しぶりのエミリオンだ。


 懐かしさもあるのかもしれないと思ったのだ。


 それが分かっていて、レヴィも乗っかることにした。


「思ったよりは変わっていない」


「そうなのか?」


「まだ三年だからな。そこまで劇的に変わっていたらびっくりだ」


「それもそうか」


「ロッティの方はどうなんだ? 変わっているか?」


「首都の方はそこまで変わっていないかな。ただ、状況がいろいろ変わっている」


「状況?」


「亜人の数が増えたんだ」


「え?」


「お爺さまが積極的に調査を進めていて、他の惑星から亜人の移住を勧めているんだ。差別されたり、隠れて暮らしている亜人も多いから、そういった人たちが堂々と、普通に暮らしていけるようにしてくれている」


「上手くいっているのか? それ」


「今のところはそれなりに。子供もかなり多くなったぞ。移住支援もしているし、住居も提供して貰える。仕事も紹介して貰える。亜人にとっては暮らしやすい環境なんだよ、ロッティは」


「じゃあ、街中には普通に亜人が歩いているのか?」


「うん。私達で馴染んでいるから、今は誰も亜人を差別したりしないよ。むしろ尻尾に触らせて欲しいと言われたりするみたいだな。レヴィの同類が多い」


「なるほど……」


 同類と言われて複雑な心境になるレヴィだった。


 確かにもふもふは素晴らしい。


 しかしマーシャのもふもふは自分のものなのだという独占欲も芽生えていた。


 しかし他の亜人のもふもふにも興味がある。


「そう言われたらロッティに行きたくなるな」


「なんで?」


「いろんなもふもふに触ってみたい」


「………………」


 銀色の目が見下げ果てたものになる。


 呆れているというよりは、怒っているようだ。


「な、なんでそんな目で見るんだよ? 他の人ももふもふに触らせてもらっているんだろう? だったら俺がお願いしてもいい筈じゃないか?」


「確かにそういうことだが、女性は駄目だぞ」


「え?」


「女性のもふもふは、お尻が近すぎる。セクハラになる」


「ああ、なるほど」


「だからロッティの人たちは同性相手にお願いしているのがほとんどだ」


「そういうことか。なら俺も男にお願いすればいいんだな」


「……そういうことだが、なんだかなぁ」


 呆れてしまうマーシャだが、レヴィの方は堂々としていた。


「そんなにもふもふしたいのか?」


「もちろんだっ!」


 拳を振り上げて力説するレヴィ。


 その仕草にこそうんざりしてしまう。


「なんだかなぁ……」


「もちろんマーシャのもふもふが一番だぞ」


「……そういうことで一番だと言われてもあんまり嬉しくない」


「そうなのか?」


「どうせなら私自身を一番だと言って欲しい」


「もふもふとマーシャは一心同体だろう? マーシャを一番だと言っているも同然じゃないか」


「……言っていることは間違っていないのに、どうしようもない発言に聞こえるのは何でだろうな?」


「伝わらないとはとても悲しい」


 しょんぼりしてしまうレヴィだが、落ち込む権利は無いように思う。


 それから服を見て回って、レヴィに似合いそうなスーツを購入した。


 上から下までばっちり高級品で揃えたので、レヴィがかなり呆れている。


 全部で数百万ダラスを超えているので、とんでもない金銭感覚だと思ったのだろう。


 しかも全部マーシャの奢りだ。


 彼女の懐はこの程度では痛まないと分かっていても、これだけの金額を女性に奢られるというのはなんだか複雑だった。


「ちょっと高すぎないか?」


「そんなことはない。上流階級のパーティーに参加するならこれぐらいのグレードが標準だ」


「……恐ろしい標準だな。俺は庶民だから理解したくない感覚なんだが」


「その内慣れる」


「………………」


 堂々と言ってのけるマーシャの言葉が恐ろしかった。


 しかし説得力はある。


 マーシャ自身も元々は何も持っていない子供だったのだ。


 しかしレヴィに助けられて、リーゼロックで暮らしていく間に、上流階級としての文化と振る舞いを身につけたのだろう。


 まさしく『慣れ』だった。


「支払いに関しては気にするな。私達の都合に付き合わせるんだから、必要経費だと思ってくれていい」


「まあ、そういうことなら」


 確かにその通りなので、ここは甘えておくことにした。


 自分自身が欲しいと思うものに関しては奢って貰うつもりもないのだが、付き合いで買わなければならないものは甘えておいてもいいだろう。


「マーシャは何か選ばないのか?」


「ん? 何を?」


「ドレスだよ。マーシャもドレスを着るんだろう?」


「着るけど、私は持っているからな」


「そうなのか?」


「新しく仕立てる必要は無いんだ」


「なるほど。じゃあマーシャのドレス姿でも楽しみにしておこうかな。でもどうせなら新しいのも仕立てればいいのに」


「ロッティ以外だと、尻尾を晒した場合の面倒事がかなり増えるんだ」


「ああ、なるほど」


 確かにその通りだった。


 きちんと採寸を図ろうと思ったら最低でも下着姿になる必要がある。


 今は腰巻きで隠しているが、下着姿になれば尻尾は晒してしまう。


 そうなると余計な詮索をされたり、奇異の目で見られたりするだろう。


 それは避けたいと思ったのだろう。


「その点、レヴィはどこでも調達出来るから選び甲斐があるな」


「そんなことで喜ばれてもなぁ」


「いいじゃないか。レヴィの服を選ぶのは楽しい」


「じゃあ俺もマーシャの服を選びたいな」


「レヴィが選んでくれるなら喜んで着るぞ」


「じゃあちょっと選んでみるか」


 レヴィは女性服を扱う店に移動して、適当にマーシャの服を選んだ。


 なんとなく似合いそうなものを手に取ってみただけだが、こういうものはじっくりと考えるよりも、直感で選んだ方がいいと思ったので、時間はかけなかった。


「これとこれと、これなんかどうだ?」


「………………」


 それらの服を受け取ったマーシャは微妙な表情になる。


「どうした?」


「いや。サイズがほぼぴったりだったから驚いているだけだ。私はレヴィにサイズを教えた覚えはないんだが」


「見れば大体分かる」


「そうか」


「全部見てるしな」


「………………」


 軽くレヴィを蹴っておいた。


 なんとなく恥ずかしかったのだ。


「しかしこれはミニスカートじゃないか。尻尾が隠せないぞ」


「だからいいんじゃないか」


「………………」


「俺はもふもふが大好きだからな。隠しているのはつまらないんだ。船内だけでもいいからこの服がいい」


「まあ、レヴィがそう言うなら」


 マーシャはさっそく試着室に入った。


 十分ほどして出てきた。


「うん。サイズも問題無い」


「見たかったんだがなぁ」


 出てきたマーシャは元の服装だった。


 少しだけでも見たかったのだが、そうなるとマーシャの尻尾も晒さなければならない。


 それを避けたかったのだろう。


「それは船に戻ってからのお楽しみということで」


「まあいいか」


 それはそれで楽しみだったので、レヴィも文句は言わなかった。

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