第64話 もふもふには絶対服従なんです 2
「まあそれはそれとして、近々エミリオンに行くそうじゃな」
「うん。レヴィ達の個体情報を消さないといけないからな」
どうやらマーシャは自分の行動予定を逐一クラウスに報告しているらしい。
心配を掛けない為だろう。
そういう気配りには感心する。
「エミリオンに行くならちょっと下まで降りてくるつもりはないか?」
「お爺さま?」
「実は知り合いのパーティーに呼ばれていてな。せっかくじゃからそこで久しぶりに会いたいのじゃよ」
「う……。それはまあ、私も会いたいけど……」
マーシャが急にそわそわし始める。
独り立ちしてからはあまりロッティには戻っていないので、マーシャもクラウスには会いたいという気持ちがある。
「という訳でちょっと降りてきて欲しいのじゃよ」
「うん。私もお爺さまに会いたいし、降りるよ。パーティーには私も参加出来るかな? 招待状がないと立ち入り出来ないならアウトだけど」
「問題無い。オープンなパーティーじゃからな。招待状も複数来ておるし、マーシャ達の分もある」
「達?」
「せっかくじゃからレヴィアースも連れてくるといい。久しぶりに会いたいしな」
「ちょっと待ってくれ、クラウスさん。それは不味いって。俺がエミリオンに降りるのはいくらなんでも不味い」
「問題無いじゃろ。個体情報は消した後じゃからな」
「大ありだろ。デジタルな情報は消すことが出来ても、人の記憶はそうもいかないんだ。俺はこれでも、エミリオンじゃかなり顔が知られているんだ。特に軍関係者は不味い。万が一、エミリオンに降りて顔を見られたらどうなると思っているんだ」
「変装すればいいじゃろ」
「変装?」
「そうじゃ。個体情報さえ消してしまえば、後は外見だけじゃからな。髪の色や目の色を変えたりすれば問題無いと思うぞ。後は眼鏡でも掛けるとか」
「………………」
確かにその通りだった。
根拠となるのは人の記憶と、デジタルな情報なのだ。
そこを変えてしまえば、人の記憶などというあやふやなものは、ある程度誤魔化すことが出来る。
「という訳で二人分の招待状を送っておくから、現地で会おう」
「分かった。楽しみにしている」
「俺はまだ返事してないぞっ!」
「さらばじゃ」
そのまま通信は切れてしまった。
レヴィの返事などお構いなしの態度だった。
「…………俺の意志は?」
「決まりだな。さてと。じゃあレヴィにどんな衣装を着せようかな~♪」
レヴィとは対照的にうきうきし始めたマーシャはご機嫌に尻尾を揺らしながら操縦席へと戻った。
早いところ仕事を済ませてから、レヴィの衣装を決めてしまいたいというところだろう。
もちろんパーティー用のスーツなど持っていないので、エミリオンで買うことになるが、その為にはレヴィを現地に下ろさなければならない。
その為にはレヴィ達の個体情報を消してしまわなければならない。
仕事の内容は明白なのだから、さっさと終わらせるに限るといったところだろう。
★
「嫌だーっ! 話が違うじゃないかっ! 絶対に嫌だーっ!」
そして冒頭に戻る。
レヴィの為のパーティー用スーツを選びに行こうという段階になって、本気で嫌がられたのだ。
「大体、俺は了承なんかしてないぞっ!」
「まあそう言うな。やってみれば案外楽しいかもしれないぞ」
「い・や・だっ! 大体、パーティーなんて柄じゃないっ!」
「そうか? 退役時……じゃなくて、殉職時の階級は少佐だったんだろう? 佐官ならパーティーぐらいには出ていたんじゃないか?」
「俺は士官学校出身じゃないから、そういうお上品なものには出てない」
「そうなのか?」
不思議そうにオッドを振り返るマーシャ。
レヴィのことなら彼に訊くのが一番いいと思ったのだろう。
時には本人よりも詳しく教えてくれる。
レヴィにとって誰よりも近い存在だったオッドは、誰よりも彼のことを知っているのだ。
「まあ、レヴィは現場の叩き上げだったからな。確かにパーティーには出席していなかった。ちなみに殉職時は二階級特進で大佐になっていた筈だ」
「ああ、そう言えば」
「死んで昇進とか嬉しくねえし」
むくれるレヴィは不機嫌そうに呟く。
死人とは思えないぐらいにぴんぴんしている。
「そうか。まあパーティーに出たことはなくても、何とかなるだろう。レヴィは見栄えもいいし、正装すればちゃんと格好いいと思う」
「その正装が嫌なんだよ」
「何でだ?」
「動きにくい」
「うん。私が諦める理由にはならないな」
「何でだよっ!」
「だって、私は正装したレヴィを見たいんだ。すごく格好良くなりそうだからな」
「う……」
キラキラした銀色に見上げられると弱いレヴィだった。
ワクワクしているマーシャの期待を無碍にするのは気が引ける。
しかしここで頷けば自分はパーティーに出席させられる。
何の集まりかは知らないが、クラウスが出席する以上、上流階級のパーティーであることは間違いない。
軍関係者も出席する可能性を考えると、どうしても逃げたくなるのは仕方ない。
「それにお爺さまが会いたがっているんだぞ。レヴィだってお爺さまに会いたいだろう?」
「そりゃまあ、久しぶりだから会えたら嬉しいけどな。それならパーティー会場じゃなくても、プライベートで会えばいいじゃないか。ちょっと時間作って貰うことぐらい出来るだろう」
「どうかな。ここ数年でリーゼロックの事業もかなり拡大したから、お爺さまも忙しくなってるんだ」
「拡大したのか? また?」
「ああ。もういい歳なのに、精力的に働いている」
「働き過ぎだろ。とっくに年金生活者の筈だよな?」
「年金どころか莫大な金を稼いでいるぞ」
「……すげえな」
「まあ私としては助かるけど」
「そうなのか?」
「リーゼロックの勢力が広がれば、それだけ使える権力も大きくなるからな。お爺さまの最終目標は私も知っているから、じゃんじゃん協力しているし」
「最終目標?」
「ロッティに亜人を移住させて、普通の暮らしをして貰うことが一つ」
「それはマーシャの為か?」
「どちらかというとトリスの為かな」
「………………」
「あいつが戻ってきた時、当たり前の隣人として亜人がいてくれたら、きっと大きな癒やしになると思うんだ。今は何処にいるか分からないけど、あいつの本質は護ることだから。護るべき存在が近くにいてくれたら、きっと嬉しいと思うんだ」
「なるほどな。一つってことはまだあるのか?」
「こっちは私の為かな。レヴィのことだから」
「俺?」
「うん。個体情報は消しても、どこでバレるか分からないからな。レヴィの正体がバレたとしても、誰にも手を出せないぐらいの力を手に入れる。お爺さまがというよりは、リーゼロックそのものがそれだけの力を手に入れる。それが最終的な目標だよ。そうすればレヴィもオッドも、安心して暮らしていけるだろう?」
「とんでもない目標だな。言っておくけど、死人だからって問題だけじゃないぞ。俺たちの生存が知られたら、エミリオン連合は間違いなく消そうとする」
「知ってはいけないことを知ってるから?」
「やっぱりそこまで知っているんだな」
「当然だ。それも含めてだよ。手出しはさせない。それだけの権力を握る。それがお爺さまの目標なのさ。私の目標でもある。だからいろいろ協力している」
「協力って、たとえば?」
「まあいろいろだな。私に出来る部分では宇宙船開発部門の技術提供とか。お陰でリーゼロックの造る宇宙船はエミリオン連合軍にも納品しているし、かなりの利益を上げている。もちろん、その上でうちのPMCの宇宙船や戦闘機の方が性能が上だったりするんだけどな」
「………………」
なかなかえげつないことをしている。
性能のいい宇宙船や戦闘機を最強であるべきエミリオン連合軍に納品しておきながら、ちゃっかり自分達はそれらを上回るものを持っているという。
確かにその時点でエミリオン連合軍はリーゼロックに対して強くは出られないだろう。
どうあっても情報や技術を手に入れたいと思う筈だ。
「まあそれは先の話だ。とにかくお爺さまは忙しいんだから、会いたいと言ってる時にあっておいた方がいいぞ」
「マーシャだけ会ってくればいいじゃないか」
「レヴィにも会いたがっているんだから、一緒に行くべきだろう」
「……気が進まない。エミリオン以外ならまだしも、この国で俺の顔を見られるのは避けたいんだよ」
「変装すればいい」
「それでも嫌だ」
「要するに、顔を見られるリスクよりも、お上品なパーティーに出て堅苦しい思いをするのが嫌なんだな?」
「う……」
いろいろと言い訳をしているが、要するにそういうことだった。
見抜かれたレヴィは気まずそうに視線を逸らす。
「どうしても嫌か?」
「嫌だ」
「そうか。なら仕方ないな」
意外なことに、マーシャは大人しく引き下がってくれた。
もう少し食い下がられると思っていたレヴィはほっとした。
しかしほっとしたのも束の間だった。
マーシャはとんでもない最終兵器を持ち出してきたのだ。
伝家の宝刀を抜いたとも言う。
「私の我が儘に付き合ってくれないというのなら仕方ない。私もレヴィの我が儘に付き合う義理はないな」
「へ?」
「今後はもふもふ禁止だ」
「なっ!?」
マーシャの尻尾はレヴィのお気に入りだ。
触れば触るほど心地いいもふもふは、今やレヴィにとって無くてはならないものだった。
無ければ生きていけない。
それぐらいにお気に入りだった。
いや、依存していると言ってもいいのかもしれない。
「パーティーに行かないなら、今後一切尻尾には触らせない。それでもいいなら好きにしてくれていい」
「行きますっ!」
即答だった。
迷う暇すらなかった。
そんな最終兵器を持ち出されてしまっては、レヴィに逆らう権利など無いのだ。
もふもふ禁止など、レヴィに耐えられる訳がない。
「……分かっていたことではあるけど、いざ目の当たりにすると、想像以上のアホっぷりだな」
そしてマーシャは自分自身で持ち出しておきながら、レヴィの変わり身の早さに呆れてしまう。
憧れていた相手がアホになってしまうというのは、思った以上の残念っぷりだった。
しかし身近に感じられてしまう部分もあって、それほど悪い気もしないという、実に複雑な気分でもあるのだ。
それはマーシャ以外の人たちにとっても同じことだった。
「変わり身が早すぎる……」
頭を抱えて呆れるオッド。
尊敬する上司がアホになってしまったのが非常に残念なようだ。
「まあ、アニキが楽しそうにしているならいいんじゃない?」
シャンティの方もやや呆れているが、それでもレヴィのああいった面白い部分は好きなので歓迎していた。
「レヴィさんってアホだったんですね~。面白いですです」
シオンの方はアホだと言いながらも面白そうにしている。
シオンもマーシャのもふもふは大好きなので、レヴィの気持ちがよく分かるのだ。
しかしあそこまでアホにはなれない。
自分にはないものを見せられて、少しだけ新鮮な気持ちになっているのかもしれない。
「シオン。アレを見習っちゃ駄目だよ」
嫌な予感がしたシャンティはシオンに注意する。
真似をされては困ると思ったのだろう。
「駄目ですか?」
シオンが不思議そうに首を傾げる。
「……真似したいの?」
「あそこまで自分に正直なのはいいことだと思うですよ」
「……うーん。間違ってはいないんだけどなぁ。でもちょっと違うと言いたい。でも何が間違っているかと言われたら説明しにくいなぁ」
シャンティが困ったようにぼやいている。
自分に正直なのはいいことだ。
しかしシオンのような美少女がアホになるのは困る。
「やめておけ」
しかしオッドの方がバッサリと切り捨ててくれた。
「どうしてですか? オッドさん」
「自分に正直なのは悪いことじゃない。しかし、シオンは俺たちにアホだと思われたいのか?」
「それは嫌です」
「ならばやめておいた方がいい。レヴィの真似をしたら、間違いなくそうなる」
「うーん。確かにそうですね。今もレヴィさんのことをちょっとアホだと思っちゃいましたし。あたしが同じように思われるのは嫌ですね」
「思い留まってくれて何よりだ」
「ありがとうです。オッドさん」
「礼を言われるようなことはしていない」
美少女がアホになるところを阻止したというのは立派なことだが、オッドとしては礼を言われるほどのことをしたつもりはない。
「それでもありがとうです」
「………………」
オッドは何も言わずにシオンの頭を撫でた。
子供相手にはどう接したらいいかよく分からない。
シャンティとは家族同然なので接し方も心得ているが、会ったばかりの女の子はどう接したらいいか分からないのだ。
「どうして頭を撫でるですか?」
「いや。なんとなく。嫌なら止めるが」
「嫌じゃないですよ~。お爺ちゃんがよくやってくれるけど、結構好きですです~」
「お爺ちゃん?」
「クラウスお爺ちゃんですです」
「ああ、なるほど」
クラウスにとってはシオンも孫のようなものなのかもしれない。
マーシャへの可愛がりっぷりを見る限り、シオンのことも可愛がっていそうだ。
「最初はよく分からなくて、お爺ちゃんに質問してたですよ」
「何を?」
「どうして撫でるのかな~って」
「何と言われたんだ?」
「可愛がられるのは子供の特権、そして可愛い女の子の特権だそうです」
「なるほど。真理だ」
オッドは感心したように頷いた。
確かにその通りだと思ったのだ。
「だからオッドさんもいつでもあたしを撫でていいですよ~」
「………………」
そう言われても困るのだが、そういう気持ちになった時は遠慮しなくて良さそうだとは思った。
子供扱いを怒る子供も居たりするので、そういうことで気を遣わなくて済むのはありがたい。
「気が向いたらそうする」
「了解ですです」
あどけなく笑うシオンは本当に可愛らしい。
ほのぼのとした気持ちになれる。
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