第39話 旅立ちと始まり 3

「もちろん、何も考えなかった訳じゃない。お爺さまにも忠告された。シルバーブラストを造る段階になって、性能データを見せた時、これだけのものを個人で造ろうとすれば、絶対にエミリオン連合軍が黙っていない。力ずくでも奪いに来るかもしれないと言われたよ。でも、それが分かっていても、やっぱり止める気は無かったし、エミリオン連合の為になるようなことは絶対にしたくなかった。これは単に気分の問題だな。トリスほど復讐に凝り固まっている訳ではないけれど、それでも私はエミリオン連合が大嫌いだ。あいつらの為になるようなことは絶対にしたくない。だからといってこそこそするのも性に合わない」


「気持ちは分かるけどな」


 しかし意地だけで通せるようなことでもないだろうに、と呆れてしまう。


 それを通してしまったから尚更呆れてしまうのだが。


 呆れを通り越して賞賛するべきなのかもしれないが、それはしづらいというのが正直な感想だった。


「私はレヴィともう一度会いたかった。追いつきたかった。そうすれば一緒に居られると思ったから。本当に、それだけだったんだ」


「置いていったのは悪かったよ。でも、あの時はああするしかなかったんだ。分かっているだろう?」


「もちろん、分かっている。私達を護る為だって事も、ちゃんと分かっている」


「………………」


「だけど、それでも嫌だったんだ」


「………………」


「理屈で納得しようとしても、感情はそういう訳にもいかない」


「まるで駄々っ子だな」


「その通りだ。ストレートな感情を言葉で表現するのなら、『嫌なものは嫌だっ!』だな」


「堂々と言われても……」


 しかも大きく育った胸を張って言われても困る。


 しかし目のやり場には困らない。


 立派になったなぁ、と感心するぐらいだ。


 ここで照れ混じりに視線を逸らすほど、レヴィも初心ではないのだ。


 むしろガン見する。


「もう二度と置いて行かれない為にはどうすればいいのか。答えは簡単だ」


「簡単か?」


 そこまで簡単な答えではないように思える。


 しかしマーシャの答えはストレートだった。


 そして大正解でもある。


「簡単だぞ。足手まといにならなければいい。ついでに、私がレヴィを護れるぐらいに強くなればいい。その為の力も手に入れればいい。ほら、簡単だろう?」


「……簡単だな」


 ただし、答えが簡単なだけで、結果を伴わせるのはとんでもない難易度だと言いたい。


 しかしその難易度を軽々と乗り越えて、マーシャはここまで来てしまった。


 経済力を身につけて、操縦者としての技倆も身につけて、頼りになる仲間と一緒に、無敵の宇宙船を手に入れてここまでやってきたのだ。


 確かにシルバーブラストがあればマーシャ達だけではなく、レヴィ達のことも護れるだろう。


 あの船にはそれだけの力がある。


 正確には、あの船にマーシャとシオンの二人が揃えば、それだけの力がある。


「レヴィに置いて行かれない為の条件を揃えて、私はここまでやってきた。今回のことは、本当にそれだけのことなんだ」


「だったら素直に会いに来ればいいじゃないか」


「そのつもりだったんだけどな。思ったよりも早くエミリオン連合に嗅ぎつけられたから、運び屋としてのレヴィをちょっと利用させて貰おうと思ったんだ」


「利用って……」


「それにこの件に巻き込めばレヴィはグレアスを殺せる訳だから、一石二鳥だとも思った。それとも、あいつを私とシオンだけで片付けて、事後報告してから会いに来た方がよかったか?」


「それは、嫌だな……」


 危険なことを女子供だけに押しつけて、安全になってから会いに来られても複雑だった。


 マーシャ達にはそれが出来るだけの力があると分かっていても、それでも嫌だった。


 しかも相手はレヴィの復讐対象なのだ。


 獲物を横取りされたような気分になって、素直に再会を喜べなかっただろう。


「だろう?」


 ニヤリと笑うマーシャ。


 少しだけ意地の悪い笑みだった。


 からかっているようにも見える。


 年上の男性を手玉に取る悪女に育つのは勘弁してもらいたい。


「だからきちんと獲物を用意した上で、ついでに利用もさせてもらおうと思って会いに来たんだ」


「うーむ。いろいろと複雑だ」


「結果オーライだからいいんじゃないか?」


「まあ、それもそうか。それにしても、そこまで大がかりなことをしてまで俺に会いたかったっていうのは、なんだか照れるな」


「そうか? 私にとっては普通のことだぞ」


「そこまで一途に行動されると、勘違いしそうになる」


「?」


「いや、なんか恋する女の子の行動みたいじゃないか」


 やっていることはメチャクチャだが、レヴィに会う為にひたすら努力してここまでやってきたというのは、まさしく恋する女の子の行動だった。


 しかしマーシャの方は得意気に笑う。


「当然だろう。私はあの時からずっとレヴィが大好きだぞ」


「………………」


 あっさりと告白された。


 照れも意地もなく、あっさりと大好きだと言われた。


 流石に呆気にとられてしまうレヴィ。


「えーっと……それ、マジ?」


 いきなりすぎて、間抜けな返答をしてしまう。


 男としては割と最低な対応だった。


「嘘を吐く理由は無いと思うけど?」


 そしてきょとんとするマーシャ。


 疑われる理由が分からないといった表情だった。


「うーむ。困った」


 いきなり告白されても対応に困る。


 他の女性ならば適度にお茶を濁して、軽い付き合いに留めるところなのだが、幼い頃から知っている相手で、しかもここまで頑張ってくれた相手にそんなことをするのは気が引ける。


 しかしレヴィはとある理由から本気の恋愛はしないと決めているのだった。


「レヴィ。別に答えが欲しい訳じゃないから、そこまで困らなくてもいいぞ」


「え?」


「私はレヴィが好きだけど、それは私だけの都合だから。この件に関してレヴィは無理に応えようとしなくていい」


「マーシャ……」


「でも、はっきりと応えて欲しいこともある」


「?」


「言っただろう。私はレヴィに会いに来た。だけど、ただ会いに来ただけじゃない。もう一度宇宙に戻って欲しいんだ」


「………………」


「三年前の事件は知っている。それからレヴィが宇宙へ戻ろうとしないことも知っている。それは自分達の身を守る為でもあるんだろうけど、それだけじゃないだろう? 護れなかった自分を責めて、宇宙に出ることを諦めている」


「悪いか?」


「悪い」


「………………」


「レヴィは私が知る限り最高の戦闘機操縦者だ。そんな相手がこんな地上で運び屋をしているだけなんて、我慢出来ない。私はもう一度、レヴィを宇宙に還したいんだ。また、自由に飛び回ってもらいたいんだ」


「俺が宇宙に戻らないのは、もう二度と軍人として戦うのはこりごりだと思ったからだよ。好きで人殺しをしていた訳じゃないし、戦いたい訳でもない。殺さずに済むのなら、その方がいい。だから地上にいる」


「私は軍人になってもらいたくて言っている訳じゃない。レヴィの夢を叶えてあげたいんだ」


「何?」


「レヴィはどうして戦闘機に乗り始めたんだ? 軍人が嫌だといっても、戦闘機が嫌な訳じゃなかっただろう? 嫌だったと言っても信じないからな。私はレヴィのことを調べた。いっぱいいっぱい、調べたんだ。映像データもたくさん集めた。戦闘機を操縦している時のレヴィは楽しそうだった。人を殺すのは嫌だけど、宇宙を飛び回るのは好きだろう? どこまでも星の海を、自分の半身になる機体で飛び回りたい。そう考えているんじゃないのか?」


「どうしてそう思う?」


「私はレヴィが好きだからな。好きな相手のことだから、それぐらいは分かる」


「………………」


 まったく説明になっていないが、納得出来てしまうから困りものだった。


「私は軍人じゃないし、軍に関わるつもりもない。レヴィはスターウィンドでどこまでも自由に飛び回ってくれて構わない。私と一緒に来ないか?」


「一緒にってどこへ? ロッティに帰るのか?」


「もちろんたまには帰るけど。お爺さまが寂しがるしな。レヴィにも会いたがっていたし。でも、折角宇宙船を造ったんだから、いろいろな場所を旅してみたいな。私はまだまだ狭い世界しか知らないから、いろいろな場所に行ってみたいんだ。惑星を旅して回るのもいいし、誰も見たことが無い宇宙を飛び回ってみるのも面白い。そういう冒険じみたことをするのもいいと思っているんだけど、どうかな?」


「おいおい。それじゃあただ遊び回っているだけじゃないか」


 完全に遊ぶことしか頭に無い発言に呆れてしまうレヴィ。


 しかしマーシャは本気だった。


「悪いか?」


「良くはないだろう。あれほどの船を維持するだけでも、かなりの金がかかる筈だぞ。何らかの利益活動に利用しないと、勿体ない」


「忘れたのか? 私は金持ちだぞ。投資家としての活動でシルバーブラストの維持費ぐらいは出せる。もちろんスターウィンドの維持費も余裕だ。ついでにあちこち飛び回る旅費も超余裕だ」


「マジか……」


「マジだ」


 つまり、働かなくても金はどうとでもなるらしい。


 日々働いているレヴィからすれば理不尽すぎる話だった。


 しかしそこまで逞しくなってくれたことは、素直に嬉しい。


「マーシャは凄いな」


「凄くなる為の努力は惜しまなかったからな」


「うん。そこが凄い」


 最初は何も持っていなかった。


 命すらも手放しそうになっていた。


 何も持っていなかった少女が、今やレヴィ以上にいろいろなものを持っている。


 その成長が嬉しくもあり、少しだけ寂しくもある。


 才能だけではない。


 きっと、並大抵の努力ではなかった筈だ。


 ここまで辿り着くのに、何度も辛いことがあった筈だし、諦めそうになったこともあった筈だ。


 だけどマーシャはここにいる。


 笑顔でここに座っている。


 彼女が何を乗り越えて、何を得てきたのかは分からない。


 だけどレヴィはそんなマーシャが誇らしかった。


 あの時助けて良かったと、心からそう思えるから。


「ちなみに、シルバーブラストで旅をして回る場合、俺の役割は何なんだ?」


「そうだなぁ。一緒に旅をしてくれるだけで十分なんだけど、強いて言うなら護衛かな。多分、宇宙海賊とかに襲われることもあるだろうし。その時には活躍してくれると嬉しい」


「なるほど。金持ちの娯楽の護衛という感じだな」


「ちょっと嫌みな言い方だなぁ」


「違うのか?」


「違わないけど。確かに仕事じゃないから娯楽と言われても仕方ない。いや、道楽かな」


「なお悪い表現になってるじゃないか」


「ちゃんと仕事だってしているんだからいいじゃないか」


「してるのか?」


「空いた時間にきちんと投資家としての取引もしている」


「片手間かよ……」


 そして片手間でそれだけの資金を稼ぎ出しているという事実が恐ろしかった。


「誘うのは俺だけか?」


「そんな訳がないだろう。オッドのことも、シャンティのことも誘うつもりだ。今回の戦いで二人にも役割があると分かったしな。ただのお荷物にならないのなら、あの二人も負い目に感じたりはしないだろう?」


「確かにな」


 オッドは砲撃手として的確な能力を持っているし、シャンティの方も電脳魔術師サイバーウィズとしての手腕を存分に発揮出来る。


 シルバーブラストが十全に飛び回る為に必要な人員としての条件を満たしている。


「レヴィさえ了承してくれるのなら、あの二人のこともクルーとして迎え入れたい」


「そういうことはあいつらに直接言えよ」


「言ってもいいけど、レヴィの口から言う方が手っ取り早いだろう?」


「どうしてそう思う?」


「あの二人はレヴィがいる場所に付いてくるから」


「………………」


 しっかりと見抜かれていた。


 オッドはレヴィに付き従うことを決めているし、シャンティの方もレヴィ達を保護者だと認めているので、一緒に行くと言うだろう。


 スターリットにいるのは成り行きであって、この星に愛着がある訳ではない。


 トラブルに巻き込まれそうになったらすぐにでも他の場所に行くつもりだった。


 だから、今回の件はそれほど悪い話でもないのだ。


「という訳で、一緒に来ないか? 私と一緒に旅をしよう」


「………………」


 すぐには答えを出せなかった。


 いや、レヴィ自身はもう答えを出している。


 それでもあの二人の意見を訊かないことには、勝手に決められないと思っているのだ。


 ここまでしてくれたマーシャの気持ちを無碍にするのも嫌だったし、何よりも、レヴィ自身がもう一度あのスターウィンドに乗りたいと思っていた。


 あれほどまでに自分の手に馴染む戦闘機は初めてだった。


 あの機体でもう一度飛べたらいいと願ってしまう。


「もう少し待って貰ってもいいか?」


「もちろんだ。答えを急ぐつもりはないよ。じっくり考えてくれればいい。それまでは私もスターリットにいる」


「あのホテルに泊まり続けるのか?」


「それが一番安全だからな」


「確かに」


 セキュリティの面ではそれが安全だが、あの値段のホテルに何日も泊まり続けることが出来る経済力に呆れてしまうのだった。


「そろそろ出るか。飯も食ったし」


「そうだな。ところで、レヴィ」


「何だ?」


「この後の予定は?」


「後は帰るだけだが」


「じゃあ、デートしないか?」


「は?」


「だから、デートしないか?」


「デート?」


「うん。デートしたい」


 キラキラとした銀色の瞳で見上げられると、断るという選択肢はなかった。


「うーん。デートといってもどこまですればいいのか……」


 マーシャが自分に恋心を抱いてくれていることは分かったのだが、だからといって真面目に想ってくれている女の子を相手に適当な遊びをする気にはなれない。


 では健全なデートだけに留めておくべきなのだろうか……と悩んでしまう。


「別にそっち方面でもいいけど」


「あっさりだな」


「私はレヴィが好きだけど、レヴィに同じ気持ちを強要するつもりはないし。遊びの関係でも、傍に居られるなら満足だぞ」


「うぅ……」


 一途すぎていたたまれない。


 しかしそういうことならレヴィとしてもマーシャに手を出すのは吝かではない。


 何せ相手は文句無しの美女なのだ。


 よくぞここまで育ってくれたと言いたくなるぐらいのナイスバディでもある。


 遊びでも構わないと言ってくれるのなら、手を出さない理由はなかった。


「あの頃はこういう立ち位置でレヴィの傍にいられた事はなかったからなぁ。なんだか楽しい」


 そう言って腕を組んでくるマーシャ。


 胸がしっかりと当たっていて、大変気持ちよい。


「確かになぁ。俺が抱っこするか、膝の上にちょこんと座っていたもんな」


「うん。あれも好きだった。でも今はこうやって腕を組むのも楽しい」


 腰巻きの方に目を向けると、結構激しく動いている。


 どうやら尻尾の方がかなり揺れているらしい。


 感情表現がストレートなので、レヴィも嬉しくなってしまう。


「じゃあ、デートするか」


「うん」


 そういうことで、デートすることになった。

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