第36話 火蓋

「部外者が入ってきた以上、その人物には退場していただくしか方法はないと思いますが·····」


「シュウ、しばらく黙っていてくれないか」


時雨の言葉に大きなショックを受けた秀一は、纏っていた魔力を使用することなく、悔しさと無力さに肩を震わせた。

その言葉だけで彼女からの信用が失墜してしまった事を彼は十分に悟る。


(シュウに喋らせるとどこかで襤褸ぼろが出るかもしれない。五十鑑神·····こういう面においては非常に厄介な相手か。侮る訳にはいかない)


71組、五十鑑神は時雨にとっては取るに足らない存在。

下級生の一般生徒に、学園最強と言われる自分が負けるわけがないからだ。

しかし現状、舌戦に於いては相手に優位を取られている。

この現状を打破し、優位を取り返す事が何よりの最優先事項だと時雨は踏んでいた。

頭の回転の速さも負け知らずの時雨は自分のプライドにかけてこの舌戦を制すると集中力を高める。


「五十鑑神、君は篝霧也先生と密接な関係にあるようだね。私があの先生と接触した事は公にしてないはずだけれど。そういう情報を生徒にリークするというのも教師としてどうなのでしょう?」


「さぁな、俺はあのおっさんを教師だと思っちゃいない。教師らしい姿も見た事はないな」


(何かないか、どこかに解れがあれば、逆に五十鑑神を追い詰める事が出来る)


「つまり教師として失格だと、そういう解釈でいいかな?」


「教師としてどうかってのは俺の決める事じゃない。ただ、おっさんは俺達の担任で、それは他の誰かには務まらない。篝霧也は必要な人間だというのは断言出来る」


(こんな会話ではとても追い詰められるような言動を引き出せない·····。しかし、五十鑑神の情報をこちらは全く持っていない·····)


那月同様、71組全ての情報は機密扱いとなっている為、神の弱い部分を攻める事は限りなく難しい。


(ならばやはり、どうにかして先に五十鑑神に危険魔術を使わせるか、どうにかしてこの場を離れる方法を考えるか)


上手く神を挑発出来れば、魔術による攻撃を仕掛けられた事を口実に遠慮なく叩き潰せるが、呪術をかけていない以上那月の時のようにはいかない。

加えて神は簡単に挑発に乗るようなタイプではないというのは、初めてやり取りをした相手ではあるが、時雨は十分に感じ取っていた。


「もう一度言っておく、あんたは見誤った。71組に手を出そうとした事、それが二つ目の間違いだ」


反復されて、今度は新たな口撃を仕掛けられ再び優位を取られた時雨。

靄の中で弱みを握れないまま迷子になりつつある自分と、的確に癇に障る言い方をする神に対して苛立ちを募らせていく。

だがそれでも自分を落ち着かせあくまで冷静に言葉を返す。


「では71組は何が違う?他のクラスと区別される理由は?」


単純な疑問であり、それを知る事で71組を壊滅させられるかもしれないというのが時雨の考え。

しかし返ってきた答えは時雨の思惑とは裏腹な陳腐なものだった。


「71組は統率がとれている。それぞれが役割を理解して連携が出来る。少数だからこそ出来るものだ」


「そんな事はどうでもいい。もっと特別な何かがあるでしょう?」


「どうでもいい訳はないだろ。俺達はそれで勝利している。あの氷の魔獣にな」


魔獣に関する話題が出てきて時雨は眉を顰める。

あくまで平静を保とうとしたが、その事については本能が反応してしまうのだ。

理由は単純、負けた事のない時雨にとっては初めての敗北という受け入れ難い屈辱を喫した出来事だからだ。


「空を飛ぶ魔獣を相手にするのは骨が折れたが、結果的には俺達の見事な勝利だった。わかるだろ?あんたは既に負けてるんだよ。どんな言い訳を言ったところで敗北は敗北。どんな気分だったんだ、敗北者になるってのは?」


「負けてなどいない!あれが負けだなど認めない!私は常に勝者である!お前達と一緒にするな!」


一番抉られたくない場所を引っ掻き回した神に向け、ついに冷静でいられなくなった時雨は声を荒らげる。

感情を剥き出しにした時雨、それを見て笑みを浮かべる神。

あまりに対称的な構図にそれを見ていた秀一も息を飲む。


「やっと認めたな。あんたの弱点はそのプライドの高さだ」


感情的になりすぎてつい口走ってしまった事に我に返る時雨だが、もはやそれを覆す手段は見つけられない。

しかしここで口走った事を知っているのはここにいる人間だけで、それが証拠となり得るものではないとすぐに軌道を修正する時雨。


「はっ、私よりも上に立ってるつもりのようだけれど、これからどうしようって?」


「魔獣を使って人に危害を加えるのも魔術法に於いて禁止されている。もちろん呪術も禁止魔術だ。知らない訳はないだろ?」


「そんな事は聞くまでもない常識。つまり五十鑑神、あなたは私を警察に突き出すつもりという事ね」


そこまで言った後、時雨は狂ったように大声で笑い始めた。

結界内に反響する不気味な笑い声を聞いて、ずっと静かに事の顛末を見守っていた那月も思わず顔をひきつらせた。


「狂ってる·····」


「ヒィハハハハハハ!これが笑わずにいられるかい。警察に突き出してどうする気だというのか?私がそれをやったという証拠はない。この結界については多少咎められる可能性はあるが、私を捕まえる証拠がなければ意味などないだろう?」


「ちっ·····」


舌打ちをした神を見て主導権を奪い返したと確信した時雨はここぞとばかりに畳み掛ける。


「その脅し文句を言えば私が取り乱すとでも思ったのか?残念ながら私はそんな出来損ないの人間とは違うのでね」


「·····」


「五十鑑神、私はね、誰よりも優れているんだよ。頭脳も魔力も、一般人のそれとはレベルが違うのさ。だから完璧なのだ。私に抜かりはない。こちらからも言っておく、あなたは見誤った。私たちの力量を」


「·····どうしてこんな事をするんだ?あんた達が俺達に絡んでくる理由なんて無いはずだ」


「気に入らないのさ。あなた達が優遇されているのと、篝霧也も。そして何より私の魔獣を倒した事が」


「それだけじゃないだろ。あんた達は楽しいんだ。こうやって人をいたぶるのが」


「否定はしないさ」


「ならば終わりだよ。やはり71組には手を出すべきではなかったな」


神はポケットから携帯電話を取り出し、得意げにそれをチラつかせて見せる。


「一部始終を録音させて貰った。これであんたの罪は立証される」


「·····結界は電波も遮断している。それを外に送信する事は出来ない」


「何言ってんだ?俺は結界の中にんだ。当然出る事だって造作もない」


「それはありえない。私の結界を突破出来る者はZクラスに存在しない」


「あんたの敗因はプライドの高さの他にも、俺が元々結界内にいたと錯覚した事にもある。自分の結界を突破出来る者がいないと思い込んだ事で副会長を裏切り者にする事も容易くなった」


そこでようやく神が語っていた言葉が嘘だったという事が明るみに出て、時雨の心拍数は急上昇を始めていた。


(あれがブラフだったのなら、私はもしや五十鑑神の掌で踊らされていた·····?)


「魔獣の件は勘だったが、うまく紐づいてくれてよかった」


「勘だと!?なら、本当は気付いてなかったのか!?」


「最初に魔獣の話を出した時に特に何の反論もなかったからな。恐らく間違いないだろうと判断した。まぁ今さらどうでもいいだろ」


もし本当に神がこの結界内にとするなら、出て行くことも可能という事になる。

結界内にいる今ならその証拠を送信出来ないが、もしも結界から出てしまったなら取り返しはつかない。

もはや時雨に選択肢は残されてはいなかった。


「待て五十鑑神。あなたをこのまま帰す訳にはいかない」


「へーどうするつもりだ?」


「その携帯を破壊する」

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