結婚式の始まり

 広かった礼拝堂は、大勢の人々で埋め尽くされていた。

 着飾った参列者達が隙間なく作り付けの椅子に並んで座り、式が始まるのを今か今かと待ち構えている中を、大きく開かれていた礼拝堂の扉がゆっくりと軋むような音を立てて閉じられていく。

「おお、いよいよ始まるみたいだな」

 嬉しそうなカウリの言葉に、レイもこれ以上ないくらいの笑顔で何度も頷く。



 正面の巨大な精霊王の彫像を祀った祭壇は、まるで花祭りの時のような、いやそれ以上に彩りも華やかな多くの花々で飾られている。

 また、その横に控える戦神サディアスと薬学と子供の神である女神オフィーリア、そして竜騎士達の守り神であるエイベル像、更に女神オフィーリアの足元に座っている水の精霊魔法の守り神である息子のマルコットの像も、花の少ない夏とは思えないほどに見事に咲き誇った大小様々な花々に埋め尽くされていた。

 そしてその左右に並べられた巨大な幾つもの燭台の列には、まるで空の星がそのまま降りてきたかと思われるほどの数え切れないほどの蝋燭が揺らめいていた。

 シルフ達が送る優しいそよ風に時折小さな蝋燭の炎が不意に揺らめき、まるで物語の世界のような幻想的な光景を作り出していた。

 精霊王の彫像の背後に広がる天の山の森を再現した彫刻も、優しい蝋燭の光を受けて暖かい金色の輝きを放っていたのだった。




「綺麗だね……」

 指定された席に座って大人しく祭壇を見ていたティミーが、堪え切れないと言った風に胸元に手をやってそっと小さな声でそう呟く。

 そしてそのまま両手を組んで静かに祭壇に向かって祈りを捧げ始めた。

 実はレイも、その隣に座って祭壇を見ていたのだが、いつもの見慣れた精霊王の祭壇がまるで初めて見るかのように美しく煌めいているのを見て、先ほどからずっと言葉も無く感動していたのだ。

 そのティミーの呟きを聞き同意するように何度も頷いたレイも、ティミーの後に続いて静かに祭壇に向かって祈りを捧げたのだった。



 神官達が鳴らすミスリルの鈴の音と共に銀糸に紫の肩掛けをした大僧正が祭壇に進み出てきて、朗々と決められた祈りを捧げた。

 手にしているのは、豪奢な細工が施された大きなミスリルの杖だ。

 祈りを終えた大僧正が祭壇に一旦背を向け扉を見て大きく頷く。



 ゆっくりと扉が開く音がして、レイだけでなく参列しているほぼ全員が顔を上げて背後を振り返った。

 そこには、小さいながらも凛々しい騎士の出立ちのロベリオとよく似た少年が、大きな棒のついたカードを頭上に捧げ持つようにしてゆっくりと入って来たところだった。

「まあ可愛らしい」

「凛々しい騎士様だこと」

 あちこちからその幼い騎士様を見て優しい笑いがもれる。

 緊張と興奮に頬を真っ赤にしたその幼い少年は、四歳になったばかりのロベリオの二人の兄の内の下の兄の子供だ。


 間も無く新郎の入場です。

 拍手でお迎えください。


 綺麗な装飾文字でそう書かれたカードを左右の人に見えるように高く掲げたままゆっくりと祭壇の前まで進んだその少年は、カードをおろして小脇に抱えたまま祭壇に向かって深々と一礼してから、両親の横の空いた席に座った。



 目を輝かせて皆が見守る中を、両親に先導されたロベリオが入場してくる。

 湧き上がる拍手の中を竜騎士の第一級礼装に身を包んで背筋を伸ばして歩くロベリオは、文句無く格好良かった。

 ティミーはもうこれ以上ないくらいにキラキラに目を輝かせて、息をするのも忘れてロベリオを見つめている。



 祭壇前に到着したロベリオは、両親が席に着くのを待ってからゆっくりと腰に装着した竜騎士の剣を抜き、目の前の床に横向きにそっと置いて、その場に跪き両手を組んで額に当て深々と一礼した。

 それからゆっくりと立ち上がり、床に置いた剣を手に取り音を立てて鞘に収めた。

 ミスリルの聖なる火花が飛び散り、呼びもしないのに集まってきたシルフ達が大喜びではしゃぎまわり、ロベリオの額や頬に先を争うようにしてキスを贈った。

 振り返ったロベリオが見つめる中、父親に伴われたフェリシアが静かに入場してくる。

 神殿の音楽隊が奏でる優しい音と共に、豪奢なドレスに身を包んだ花嫁が自分に向かってゆっくりと歩んでくるのを、ロベリオは言葉も無く見つめる事しか出来なかった。

「これは……」

 まるで怯えるかのように小さく身震いしたロベリオは、ごくりと唾を飲み込んでフェリシアを見つめる。



 細やかなレースで飾られたやや細身のドレスは、大柄な彼女によく似合っている。

 こちらに向かって歩いてくる彼女の表情は、気が遠くなるほどに繊細な極薄いレースのヴェールに覆われていて、今は窺い知る事が出来ない。

 細身の上半身から一転して、大きく後ろに裾の広がるドレスは、幾重にも重なるレースのドレープが美しいラインを描いで背後に流れ、ゆっくりと進む彼女の姿を美しく引き立たせていた。

 まるで物語の中の一場面から抜け出してきたかのようなあまりにも美しいその姿に、ロベリオは無意識に声を上げかけて咄嗟に口元を覆っていた。



 花嫁の長いヴェールとドレスの裾を抱えるようにして持って続くのは、同じくロベリオの兄達のまだ幼い六歳と七歳の娘達だ。

 いつもはおしゃべりが大好きで少しもじっとしていない二人だが、今日だけは可愛らしいピンクと黄色のドレスに身を包んで、ツンとお澄まししながら花嫁様の後を追って歩いていた。

 その後ろをミスリルの鈴のついた杖を持ったもう少し年長の少年と少女がそれぞれ二人ずつ、鈴を鳴らしながら少し離れてその後に続いた。

 先頭の一番年長の少年がロベリオの上の兄の十歳になる息子で、その隣が九歳になる弟だ。その横で薄紫のドレスに身を包んでいるのは七歳と八歳になる下の兄の娘達だ。

 それ以外は、今日のためにオルダムまで来てくれた親戚の子供達が一緒に務めている。



 フェリシアの父親であるハーラント伯爵が、ロベリオの目の前まで来て止まる。

 無言で彼女の手を取りロベリオに引き渡す。

 伯爵と目を見交わして小さく頷き合い、ロベリオは差し出されたフェリシアの手を取った。

 並んだ二人が祭壇に向き直るのを見て、ハーラント伯爵をはじめとした随行の子供達も、それぞれの両親の横に用意されていた席に座った。



 七の月の最後の日、大勢の人達と精霊達の祝福を受けて、ロベリオとフェリシアの結婚式が静かに始まったのだった。

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