式の直前のそれぞれ
「綺麗よ、フェリシア」
親友であるサスキアの感極まったような言葉に、豪奢な花嫁衣装に身を包んだフェリシアは小さく笑って舌を出した。
深夜まで続いた婚前の儀式を終え、仮眠を取ってから用意されていた花嫁衣装に袖を通し、先程、彼女の母親と義理の姉の二人に伴われて花嫁専用の馬車で神殿内にある花嫁のための控室に到着したところだ。
「結婚なんてまだまだ先だと思っていたけれど、こうしてみるとあっという間だったわね。でも貴女だってすぐよ」
「そうね。お互いに……幸せになりましょうね」
「もちろんよ」
笑って手を取り合った二人は、頷き合ってそれから勢いよくハイタッチをした。
「湿っぽいのは嫌よ。賑やかにね」
「ええ、任せて!」
顔を見合わせて笑い合った二人は、揃って扉を振り返った。
廊下から賑やかな声が聞こえてきている。どうやら彼女の友人達が、揃ってお祝いに駆けつけてくれてたようだ。
この、花嫁の為の控え室には女性だけしか入る事が出来ない。
オルベラートから持ち帰ったレースをふんだんにあしらった真っ白なドレスは、思わずため息が出るほどの見事な出来栄えだ。それはもう素晴らしいと言う他はなく、女性としてはやや大柄な彼女を一際美しく見せていた。
「はい、これは私からの贈り物よ」
サスキアが差し出したのは、大粒の真珠が何粒も並んだ見事な細工の豪華なネックレスで、時折間に小粒のダイアモンドが嵌め込まれた玉が連なっている。離れた真珠と真珠の間をごく細いミスリルの鎖が弧を描いて渡されていて美しいラインを描いている。
「まあ綺麗。これって……」
「そうよ。オリクト工房の職人達が、出発ギリギリまでかかって仕上げてくれた最高の品よ。間に合わなかったらどうしようかって、ちょっと気を揉んだのは内緒ね」
こちらも笑って舌を出すサスキアを見て、フェリシアももう一度笑って揃って舌を出したのだった。
貰った真珠のネックレスを首に掛ければ準備は完了だ。
「準備完了よ。さあ、どうぞ入ってちょうだい。見事なドレスを見てやってね!」
笑ったサスキアがそう言って扉を開くと、着飾った友人達が笑顔で部屋に駆け込んで来た。
そして素晴らしい花嫁衣装を目にして、全員揃って甲高い歓声を上げたのだった。
ひとしきりロベリオをからかった竜騎士達は、控室にロベリオを残して式が行われる神殿の礼拝堂へ向かった。
今回は、カウリの時と違い精霊王の神殿の分館の中でも一番大きな礼拝堂で結婚式が行われる。
その為、一般の参拝者達の為には、神殿内にある別の祭壇が臨時の祭壇として解放されている。
広かった礼拝堂は、大勢の参列者達で既にそのほとんどの席が埋め尽くされていた。
先程までレイも参加していた懇親会では、顔見知りの方々だけでなく大勢の初対面の人達とも挨拶を交わした。
今日の日の為に、遠方からオルダムまで来られたロベリオやフェリシアの親戚の地方貴族の方をはじめ、普段あまり接する事の無い城の文官の方々とも沢山挨拶が出来て、また交友関係が少し広がったレイだった。
控室でソファーに座ったロベリオは、先ほどから何度もため息を吐いてはクッションを抱えて呻き声をあげ、かと思えば無意味に立ち上がっては部屋をうろうろと歩き回り、またため息を吐いてソファーに座るのを延々と繰り返していた。
「はあ、この待ち時間が嫌だ」
またしても大きなため息と共にそう呟いたロベリオの前に、ひときわ大きなシルフが現れて座る。
『全くどいつもこいつも落ち着きのない。生け捕られた野生動物みたいだぞ』
「あはは、ラピスか。だって、手持ち無沙汰なんだから仕方ないだろうが!」
いっそ開き直ったその言葉をブルーのシルフは鼻で笑った。
「カルサイトの主も、似たような事を言っていたな。まあこれも花婿の務めだ。しっかりうろうろするが良いさ』
完全に笑っているその言葉に、ロベリオが顔をしかめる。
「ラピス、お前、面白がってるな?」
『当然であろうが。他人事なのだからこれほど面白い事もあるまい』
「当然とか言われたし〜!」
情けない声でそう言って、クッションに抱きついたロベリオはまた大きなため息を吐いて天井を見上げた。
シルフ達がロベリオの視線に気付き、嬉しそうに手を振ってくれる。
シルフ達に笑顔で手を振ったロベリオは、抱きついていたクッションを置いて立ち上がった。
彼の右肩には、婚前の儀式が始まった時からずっと、彼の竜であるオニキスの使いのシルフが片時も離れずに付き添っている。
「さてと、そろそろ時間かな? 今ってどういう状況なんだ?」
小さく呟いて執事を呼ぼうとした時、そっとノックの音がして執事と従卒のエンバードが入って来た。
「ロベリオ様、そろそろお時間でございますので、最後のご準備をお願いします」
「あいよ、それじゃあ行くとしますか」
そう言って、外していた竜騎士の剣を装着する。
二人がかりで身だしなみを整えられ、少し乱れていた髪にも櫛が入れられる。
「はい、これでよろしいかと」
最後に背中側のシワをしっかりと伸ばして軽く背中を叩く。
「いってらっしゃいませ」
笑顔の執事とエンバードの言葉にそう言われて軽く手を挙げたロベリオは、迎えに来てくれた父親と共に、会場へ向かう為にゆっくりと部屋を出て行ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます