冒険者の見た世界

 その日夕食を食堂で食べた後に休憩室に集まったレイ達は、戻ってきたロベリオとユージン、それからティミーにもギードから聞いたタガルノでの昔の事件の話を聞かせた

 初めて聞く昔のタガルノの様子を目を輝かせて聞く三人に、主にレイが詳しく話し、説明が足りない部分はルークとマイリーが横から解説してやり、終わる頃には三人とも驚きのあまりしばらく言葉も出ないほどだった。



「へえ、ギードってやっぱりすごい冒険者だったんだね」

「成り行きで関わっただけの子供を助けるために、自分の報酬を全部出すなんてすごい」

「でも素晴らしい行いだと思います」

 話を聞いてギードの行いに感心する三人に、レイも嬉しそうに笑顔で何度も頷いていたのだった。




「それにしても、何十年も合言葉や目印が変わっていないってのも面白いですねえ」

 ロベリオの何気ない一言に、マイリーがにんまりと笑う。

「こういった事は、いわば文字には残されずに口伝えのみで残されるものだからな。そうそう何度も合言葉を変えていると、誰かが合言葉を聞いた後、時間が経ってから行動した際に違っていたりしたら目も当てられんだろうが」

「そりゃあそうですけどねえ。逆に、文字に残さずに口伝えだけで、今までずっとその同じ合言葉が通じてるのもすごいなと思うなあ」

「俺だったら絶対間違って覚えそうだ」

 感心するようなユージンの呟きに、ロベリオが笑いながら混ぜっ返す。

「ああ、確かにお前なら絶対に間違えて覚えそうだ。でもって得意気に言って無視されるんだよな」

「やめてくれ。それはいくらなんでも悲しすぎる」

 実際に自分達がそんな立場に置かれる事は無いとわかっているからこその戯れ合いだが、それを見たルークが、これみよがしの大きなため息を吐いて見せた。



「だからロベリオは、適当に言葉を覚えるってのを今すぐにやめろって何度言ったか覚えてるか?」

「あはは、それは俺も何度も聞いた覚えがあるなあ」

 悪びれもせずにロベリオが笑いながら答える。

「全く。うろ覚えの言葉で報告書を書くなって、散々見習い時代に怒られたのを忘れたか?」

 呆れたようなルークの言葉に、ロベリオが胸を押さえてティミーに泣きつく振りをする。

「古傷を抉るなって。一応最近はしっかりメモを取るように……してる、はず」

「待て待て。なんだよその間は。そこはしっかりメモを取ってるって断言するところだろうが」

 横からユージンが笑いながらロベリオの背中を叩く。

「お前にだけは言われたくない。巡行の後に報告書を書くのにどれだけ人のメモを使ったと思ってるんだよ」

「あれ、そんな事あったっけなあ」

 上を向いて誤魔化すユージンの背中を、今度はロベリオが思いっきり叩いて、ユージンにレイルズのような悲鳴を上げさせ、それを見ていたルークが吹き出して皆で大笑いになったのだった。

 その後は、ティミーとマイリーが解説役で、陣取り盤を挟んで実際に対決しながら攻め方や守り方の詳しい説明をしてくれたのだった。

 レイも若竜三人組と並んで座り、もう夢中になって二人の解説を聞いていたのだった。




「お疲れ様。それじゃあどんな話を聞いたのか、後で教えてくれよな」

「はい、おやすみなさい」

 廊下で別れてそれぞれの部屋へ戻る。

「はあ、なんだか疲れた一日だったや。結局雷は止んだみたいだけど、雨は一日中降っていたんだね」

 そう呟きながらすっかり暗くなった外を窓越しに覗く。

 濡れた窓越しに見える城のあちこちには、雨用の屋根のついた篝火が置かれていて煌々と暗闇を照らし出している。

 例え深夜であっても、大雨が降ろうが風が吹こうがお城から篝火が消えて真っ暗になる事は無い。

「こんな雨の中、見張りや見回りご苦労様です」

 小さくそう呟いて窓越しに一礼してから、しっかりとカーテンを閉じる。

「それじゃあ湯を使って来るね」

「はい、どうぞごゆっくり」

 脱いだ上着にブラシをかけてくれているラスティに声をかけて、レイは湯殿へ着替えを持って向かった。




「それじゃあおやすみなさい。明日も貴方に蒼竜様の守りがありますように」

「おやすみなさい、明日もラスティにブルーの守りがありますように」

 いつもの寝る前の挨拶を交わし、額にキスを貰ったレイは、灯を消してから部屋から出て行くラスティの背中を見送った。

 しばらく黙っていたが、そのままゆっくりと起き上がる。

 枕元に置いてあったブルーの色のクッションを抱えて、目の前に来てくれたブルーのシルフに頷く。

「呼んでくれるかな」

 レイの言葉に頷いたブルーのシルフが軽く手を叩くと、何人ものシルフ達が並んで夏用毛布の上に座った。



『レイ元気でやっていますね』

 二日続けて聞くタキスの声に、クッションを抱えたレイは笑顔になる。

「うん、今日はオルダムは一日中雨だったよ。朝一番にものすごい音がして、雷がお城に落ちて飛び上がったんだからね」

『ええ大丈夫だったのか?』

『大丈夫だったんですか?』

 ニコスとアンフィの驚く声に、レイは得意げに今朝聞いたばかりの雷の塔の説明をしたのだった。

『それは初めて聞きますね』

『ですがわざわざ雷が落ちる場所を作るというのは』

『考えてみればすごい事ですよ』

『不用意にお城のどこかに落ちれば』

『被害は甚大ですからね』

 タキスの感心するような言葉に、レイも笑顔で何度も頷き、それから蒼の森でも今日は土砂降りの大雨だった話を聞いたりしていた。



 ギードは昼間の話には一切触れず素知らぬ顔で話をしているので、レイも何も言わずにいつもと同じようにしていた。

 その後は、聞いていたようにギードが護衛の仕事でタガルノの街へ行った時の話を聞いたのだが、ここで聞いたのは宿屋のベッドがやたらと硬くて毛布もガサガサで寝心地が非常に悪かった事や、食事がやたら塩味ばかりで他の味がほとんどなかった事、夕食を食べに入った宿屋お勧めの食堂の親父がとにかく大声でうるさかった話や、酔っ払って暴れた酔客を有無を言わさずぶん殴って一撃で撃沈させて、それを見ていた酒場中が拍手喝采になった話を聞き、レイも思わず拍手をして笑われたのだった。

 また昼の話の時にも聞いたが、表通りには小綺麗な店が並んでいてそれなりに見栄えがいいのだが、入ってみれば並んでいる品物はごく僅かであったり、店先には色々並べているが、聞いてみれば実際に売っているのはその中のいくつかだけ……と言った具合に、どうにも不自然な店ばかりがあったなんて話を聞いたりして過ごした。



「へえやっぱりちょっと変わった国なんだね」

 話が一段落して、レイがしみじみとそう呟く。

『まあそれなりに良い奴もおったが』

『全体的にはあまり良い印象はありませなんだなあ』

『仕事でもあまり行きたいとは思わんわい』

『それならばオルベラートの地下迷宮に潜っておる方が』

『危険度は増すがずっとずっと楽しいわい』

「ええ、危険なのに楽しいの?」

『それは当然です』

『まさに冒険しておるのですからなあ』

 笑ったギードの言葉は、まるで冒険伯爵の物語のような未知の危険と心躍る冒険の世界に満ちていて、オルダムから出る事が出来ないレイは、心底羨ましがっていたのだった。



「いいなあ、僕も地下迷宮に潜ってみたい!」

 クッションを抱えて叫んだレイの言葉に、タキス達も苦笑いしつつ揃って頷いていたのだった。

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