内緒の話

「戦うのが怖かったからだよ」

 腰の剣を撫でてそう答えたロベリオを、ティミーは驚きの目で見つめていた。

 ロベリオの腰に装着されているのは、彼が竜騎士となった時に陛下から直々に下賜された、ロベリオの為だけに作られた唯一の剣だ。その剣の柄の部分に、彼の伴侶の竜であるアーテルの守護石であるオニキスが嵌め込まれている。

 その何でも出来て強いはずのロベリオが、戦うのが怖かったのだと言う。

「で、でも今は違いますよね!」

 縋るようなその声に、ロベリオは小さく笑って首を振った。

「今でも戦いは怖いよ。だけど、これは精霊王から与えられた俺にしか出来ない役割だって理解しているから、だからこうして竜騎士の制服を着ているんだ」

 思ってもみなかったロベリオの言葉に、ティミーは大きく唾を飲み込んだ。



 竜騎士様といえば、タガルノとの国境で戦いになれば真っ先に出撃する、ファンラーゼンが誇る最高の強さと機動力を誇る最大戦力だ。

 ティミーも、国境へ緊急出撃する竜騎士様を、一の郭の屋敷から母上と一緒に祈りながら見送ったことが何度もある。

 そして、出撃した全ての戦いにおいて見事にタガルノの侵攻を退けているのだ。一度は、戦利品としてタガルノの竜を連れて帰ってきた事すらある。

 ロベリオ様とユージン様が乗る竜達が、小さな竜のクロサイトを運んでオルダムへ戻って時だって、ティミーは目を輝かせていつまでも上空を見上げていたのだ。



「俺は元々嫡男じゃあなかったからさ、成人までの間はかなり自由にさせてもらっていた。だけど軍人になる気なんてさらさらなかったから、いずれは文官として城に勤めるつもりで、それなりに勉強していた。大学院には通っていたけど成績は特別優秀ってわけじゃあなかったし、講義を抜け出して女の子と街へお忍びで遊びに行くほうが楽しいって思うようないい加減な奴だった。ユージンの方が大学院での成績は優秀だったよ」

「ええ、そうなんですか?」

 信じられない話にまた驚いてそう叫ぶ。

「俺はそんな風に、何でも本気で取り組もうとしなかった。そこそこ出来ればいいと思っていたからね。そんないい加減な自分が竜騎士になんてなれる訳がない。そんな重い責任持つ気もない。ずっとそう思っていた」

 驚きの告白にティミーはもう言葉も無い。



「だけど俺はアーテルと出会ってしまった」



 小さな声のロベリオの言葉に、ティミーも頷く。

「本気で腹括るまで、実を言うと相当な時間がかかった。実際に竜騎士見習いの制服に袖を通していても、自分にそんな役目が務まるなんて全く思えなかった。この重すぎる荷物をどうやったら下ろせるか、毎日そればかり考えていたよ。逃げようかと本気で思った事も……実は何度もある」

「そんな……」

 ロベリオやユージンは、ティミーにとって、憧れの人だったのだ。

 貴族の子供といえども、竜騎士と直接会える機会はそうはない。アルジェント卿の孫達のように、竜騎士隊の関係者が身内にいれば別だろうが、それ以外では会う機会などまず無い。

「だからさ、今のティミーの怖い気持ちはすごくよく分かる。自分なんかに務まるわけが無いってそう思ってるだろう?」

 泣きそうな顔で頷くティミーの足を軽く叩く。

「だからさ、こう考えれば良い。これは自分が変われる絶好の機会なんだってね」

「自分が、変われる……?」

「そう。普通に生活していて、もしももっと強くなりたい、もっと勉強が出来るようになりたいってそう思ったとしても、今までの自分とは全く違う自分になんてそう簡単にはなれない」

 頷くティミーを見てロベリオは笑った。

「だけど、今はその変われる絶好の機会なんだよ。考えてみろよ。今までとは全く違う最高の環境で好きなだけ勉強が出来て、ありとあらゆる資料は読み放題。一般の人が入れないような図書館の特別室にだって、この制服を着ていれば入り放題だぞ。武術だってそうさ。国一番の剣士を始め最高の実力の持ち主達に直々に武術の基本から徹底的に教えてもらえるんだぞ。しかも高額の給料付き。身の回りの事は専任の従卒と執事が全部やってくれる。な、考えたらすごいだろう?」

「た、確かにその通りですね」

「それにさ、本部へ行ったら詳しい話をするけど、竜騎士にはさまざまな特権がある。例えば、佩刀したまま皇王に謁見出来る。奥殿へも、緊急の場合なら事前の知らせ無しでも許可無く訪問出来る」

 貴族の息子であるティミーには、それがどれほど大変なことなのかが理解出来て目を見開く。

「そんな風に、何から何まで竜騎士ってのは特別扱いされる。俺一人の為に、竜騎士隊の本部で裏方の人達がどれだけ沢山働いてくれているか。そんなの少しでも知ったら……逃げられる訳ないじゃないか」

 最後は消えそうな程の小さな声だったが、ティミーの耳にはちゃんと聞こえた。

「優秀だったけど、ユージンだって俺と似たようなものだった。外では平気な顔して夜会に出たり人に会ったりしていたけど、毎晩みたいに部屋に集まって泣き言ばかり言い合ってた。二人で逃げたらどうなるかなんて、真剣に話をした事だって何度もあるぞ」

「し、信じられません……」

「本部に行ったらこっそり他の奴らにも聞いてみろよ。大体皆、見習いの間は似たようなものだよ」

 呆気に取られるティミーにロベリオは笑って片目を閉じて見せた。

「だからさ、そんなに肩に力を入れて必死にならなくていい。何か失敗しても堂々としていればいいんだよ。その為の見習い期間なんだからさ。ティミーは、成人年齢まで、まだ二年以上あるんだ。ここへ来た時のレイルズと同じだよ。だからもっと気を楽にしていいんだって」

 戸惑いつつもしっかりと頷くティミーを見て笑ったロベリオは、手を上げて後ろに控えていた護衛の者達に合図をしてから自分のラプトルに飛び乗った。

「お待たせ。それじゃあ行こう。皆が待ってるよ」

「はい、どうかよろしくお願いします!」

 笑顔でそう言うティミーにロベリオは笑って大きく頷き、差し出した拳を鞍上で付き合わしたのだった。

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