お疲れ様と癒しの歌
「お疲れ様でした。夕食までゆっくりなさっていて下さいね」
昼食の後、部屋に戻ったレイはラスティに断って、部屋着に着替えてベッドに潜り込んだ。
そのまま枕に抱きついて無言で枕に顔を埋めてしまった。
『レイ、大丈夫か?』
心配そうなブルーの声が聞こえても、小さく頷くだけでレイは顔を上げようとしない。
『そんなに力一杯抱きついたら、目が痛くはならぬか?』
なんとか肩を押して顔を上げさせようとするが、枕にしがみついたレイは動こうとしない。
「ちょっとね、ちょっと頭の中がいろんな事でいっぱいなんだ。大丈夫だから放っておいてくれる。夕食までには、なんとかするからさ」
泣きそうな声でそう呟いたレイは、小さくしゃくり上げるような息をしたあと、何度か無理矢理深呼吸をしてはごそごそと寝返りを打って枕に抱きつくのを繰り返した。顔はずっと枕に埋めたままだ。
『……レイ?』
しばらく黙ってその様子を見ていたブルーのシルフは、急に静かになってしまったレイの様子に気付き、ふわりと飛んで来て真っ赤でふわふわな髪の隙間に立ち首を傾げた。
『どうした?』
呼びかけに全く反応が無いため心配して覗き込むと、枕に顔を埋めたままで静かな寝息が聞こえてきて、小さく笑って頷く。
『そうだな。疲れたな。ゆっくり好きなだけ眠るが良い。今度は良き夢が見られるように我から癒しの歌を届けてやろう』
集まってきたシルフ達が、また部屋に強固な結界を張ってくれる。
それを見て頷いたブルーのシルフは、レイの耳元でゆっくりと癒しの歌を歌い始めた。
繰り返し歌われるその優しい歌声に、集まってきたシルフ達もうっとりと聞き惚れていたのだった。
しばらくして何人かのシルフ達がそっと側へ来て、レイの肩を押して仰向けにしてやる。
枕にはまだ抱きついたままだったが、上を向いたその目元が赤く腫れている。
凹んだ枕には涙のあとが大きくついているのを見て、何も言わないのに現れたウィンディーネ達が腫れて赤くなった瞼を冷やし始めた。
結局、夕食までずっと眠っていたレイは、ラスティに起こされる前に起き出して自分で洗面所へ向かった。
だが、いつものように顔を洗おうとして包帯が巻かれた指を見て眉を寄せる。
『レイ、水は使ってはならぬと言われたであろうが』
「うう、顔も自分で洗えないなんて、もう本当にこの怪我め!」
自分の親指に向かってそう言って顔をしかめたレイは、諦めのため息を吐いて洗面所を出た。
「仕方がないや。ラスティにお願いして、あとで布を絞ってもらおう」
ゆっくり寝ていた割には、いつもほどに酷くなっていない寝癖を撫でて小さく笑い、頭上を見上げる。
「ごめんね。気を遣わせちゃったかな?」
心配そうに自分を見ているシルフ達に、レイは笑って手を振った。
「ほら、おいで」
それを見て、シルフ達も安心したように笑顔になって集まってくる。
「ごめんね心配かけて。もう大丈夫だからね」
『もう泣いてない?』
「泣いてない泣いてない」
『もう悲しくない?』
「うん大丈夫だよ。ほらおいで」
手を広げて笑うレイに、シルフ達は大喜びで彼の袖や襟、ふわふわの髪の毛を引っ張って遊び始めた。
「こら、髪の毛は駄目だって」
笑って頭を押さえるが、指の隙間からはみ出す髪をシルフ達はさらに引っ張って大喜びで遊び始める。
もうこうなると止められない。
それを見てまた集まって来るシルフ達に寄ってたかって引っ張られて、レイの髪の毛は大変な事になり始めた。
「もう、だから髪の毛は駄目だって言ってるのに」
口ではそう言いつつも楽しそうに笑っているレイは、ラスティが夕食の予定を聞きに部屋に来るまで、ベッドに転がって逃げ回り、シルフ達の手から髪の毛を守るという平和な攻防戦を繰り広げていたのだった。
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