タガルノの森の中での一幕

「改めて考えてみれば、まだ、たった百年前なんだよな」

 差し出されたワインの入ったカップを受け取りながら、ガイは小さな声でそう呟いた。

 人間と同じ姿をしていながら、人間よりもはるかに長命な彼らにしてみれば、百年は少し前程度の認識だ。

 黙って背中を叩くバザルトに、ガイは無言で頷き持っていたワインを煽った。



「あれ。ガイは元はアルカーシュにいたんじゃあないんですか?」

 この中では比較的若いネブラの言葉に、ガイは笑って肩を竦めた。

「違うよ。俺はこの中では確かに年長組だけど、黒衣を着るようになったのは七十年くらい前だよ。元はオルベラートの辺境の村にいたんだ。冒険者の父親と一緒に同じく冒険者をしていた。地下迷宮と呼ばれるダンジョンに潜っていたんだ。いつまでも見かけが全くと言っていいほど変わらなかった親父は、自分には竜人の血が混じっているんだって言ってて、だから親父も俺も他の人より長生きなんだって笑ってた」



 市井の人達の中で生まれ、自分の血筋を知らずに育った者達は皆、どこかで混じった竜人の血が現れた先祖返りだろうと言われている。



「その親父が、ある時ダンジョンで下手を打って大怪我を負った。なんとか逃げて地上へ上がったんだが、結局そのまま助けられず親父は帰らぬ人になった。俺は一人になったあとも、しばらくはそのまま冒険者を続けていたんだ。だけどいくら精霊魔法使いとはいえ、一人で地下迷宮に入るのは危険すぎるからな。他と組む事も考えないわけじゃあ無かったんだけど、結局村を出て流れの冒険者になった。まあ護衛の仕事はいくらでもあったし、それなりに楽しく暮らしていたんだ。そんなある時、キーゼルが俺の噂を聞きつけて訪ねてきた。そこで自分の血の持つ意味を知らされた、そして、親父が大事にしていた形見の品のこの木彫りの竜のペンダントの本当の姿を教えられた。そんなの聞かされたら……知らなかった頃には戻れないだろう?」

 揃って頷く彼らの胸元にも、同じ木彫りのペンダントがある。

 全員ではないが、多くの者があの竜のペンダントを身につけている。

「じゃあ結局、あの坊やの父親がそうだったわけか」

「星系神殿の護衛の衛兵。それなら確かに俺達と同じでもおかしくはない。途中で道を違えたとはいえ、元を正せば同じ血族だからな」

「どうするんでしょうね」

 ネブラの言葉にガイは苦笑いして首を振った。

「まあ、そのうち問題になれば向こうから何か言ってくるだろうよ。別に俺達だって、血族の者を何がなんでも全員集めてるってわけじゃあない。志を同じくする者だけでいいんだからさ。今の彼には彼の精霊王から与えられた彼にしか出来ない役割がある。それを俺達が否定するわけにはいかないだろう?」

「確かにそうだな。まあ彼には最強の古竜がついているんだから、俺達が横から何か言うのは失礼だろうさ」

 バザルトの言葉に、皆苦笑いしつつ頷く。

「どうかなあ。あの古竜、案外世間知らずな一面があるから、俺は逆に心配なんだけどな」

 腕組みしたガイの言葉に周りの者達が目を見開く。

『おいおい、若造に世間知らずと言われるほどボケてはおらぬぞ』

 その時ガイの目の前に大きなシルフが現れて怒ったようにそう言った。

「あはは、やっぱり聞いていたか」

 悪びれる様子もなく笑ったガイは、にんまりと笑って上目遣いにブルーのシルフを見た。

「じゃあちょっと尋ねるけどさあ、あの坊やが巫女殿と本気で一夜を共にするような事になれば、お前さんはどうするんだよ?」

 これ以上無い悪い笑みに、側にいたバザルトが大きなため息をついて頭を抱える。

 それを横目に見て、絶句するブルーのシルフをガイはもう一度にんまりと笑って手袋をした指先で突っついた。

 嫌そうに身をよじるブルーのシルフをガイの指がさらに追いかける。

『突くな。もしもそのような時が来れば、当然結界を張って見ぬふりをしてやるさ』

「あれ、あいつも彼女も初体験だろう? 良いのか、放っておいて。こんな時こそ古竜の知恵をもってだなあ……」

「やめんか、この馬鹿者が!」

 バザルトの大声と共に、拳がガイの頭上に落ちる。

 悲鳴もあげられずに地面に転がり、頭を抱えたまま無言で悶絶するガイを見て、あちこちから吹き出す音が聞こえた。

『ご助勢感謝する』

 重々しく言ったブルーのシルフの言葉に、またあちこちから吹き出す音が聞こえた。

「大変失礼をした。こいつの戯言ざれごとは気にしないでくれ。主殿によろしくな。もしも今後、何か手が必要な時には遠慮なく言ってくれ。我らは、出来る限りの力を貸す事を約束するよ」

『そうだな。覚えておこう。今は其方達にしか出来ぬ事をしてくれ。我はこの後、ファンラーゼンの結界内部を一通り確認しようと思う。先日の不審な風の件もある。不安要素は一つでも減らしておきたい』

「了解だ。そちらはお任せするので、よろしく頼むよ」

 苦笑いするバザルトの言葉にブルーのシルフは鷹揚に頷き、ふわりと浮き上がってまだ地面に転がっているガイの頭の上に立って蹴飛ばした。

『ほれ、もう痛みは引いておるであろうに、いい加減に起きろ。いつまでも遊んでおらずにさっさと自分の仕事をせんか』

「あれ、バレたか」

 平然とそう言い腹筋だけで起き上がったガイは、笑って服の埃を叩いた。

「それじゃあ坊やによろしく。何かあったらいつでも相談に乗るぞ」

 ガイの言葉を鼻で笑ったブルーのシルフは、そのままくるりと回って消えてしまった。



「さてと、それじゃあ俺達は俺達の仕事をするか」

 消えるブルーのシルフを見送った一同はガイの言葉に笑って頷き、それぞれ食べていた食器を片付け、バザルトとガイの元に集まるのだった。

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