朝食と戸惑い
朝練を終えて戻ってきたルーク達やハン先生と一緒に食堂へ行ったレイだったが、何かしようとするたびに右手の親指の包帯が邪魔になり、いちいち手が止まってしまい困っていた。
今も、大きな燻製肉を右手で持ったナイフで切ろうとして、不意に走った痛みにナイフをすっ飛ばしてしまい、慌てて拾おうとしたところで袖にお皿を引っ掛けて豪快にひっくり返してしまったのだ。
当然机の上は大惨事になり、痛みに指を押さえるレイをハン先生が診てくれている間に、ラスティ達があっという間に片付けてくれたのだった。
「うう、利き手の親指の怪我ってやっぱり大変だよ。ごめんなさい。あ、違った。食事の手を止めてしまって申し訳ありませんでした」
恐縮して謝るレイに皆笑って首を振り、しょんぼりしながらもう一度食事を取りに行くレイにお皿を持ったラスティが付き添ったのだった。
「大丈夫か? 指先の怪我って本当に何かするたびに痛くて大変なんだよな。気をつけろよ」
もう一度山盛りの料理を取って戻って来たレイに、ルーク達は心配そうに振り返った。
「はい、お騒がせして申し訳ありませんでした。えっと、今度はフォークだけで食べられそうなものを選んで取ってきたよ。燻製肉は、ラスティに先に切ってもらう事にしました」
照れたように笑ってそう言いながら席についたレイは、改めてしっかりお祈りをしてからフォークを手にした。
ラスティが先に燻製肉を切ってくれるのを嬉しそうに見つめている。
しかし、いつもよりも取ってきている食事の量が少ない事に皆気がついていた。
「お前……大丈夫か?」
隣に座っていたカウリの心配そうな声に、これもラスティに作ってもらったレバーフライを挟んだパンを食べていたレイは、そのまま振り返った。
「うん、大丈夫だよ。無理に使ったり指先に物が当たったりしなければ、そんなに痛くはないよ。でも今はまだちょっと痛いです」
右手の包帯をした親指を見せながら苦笑いするレイに、カウリは何か言いかけてやめた。
「いつもより食事の量が少ない気がするんだけど、僕の気のせいかな?」
タドラが笑いながら軽く言ってくれる。
「ええ、そうかな? ああ、食べにくいから、ちょっと遠慮して取りました。足りなかったらもう一回取りに行きます」
無邪気に笑うレイの答えに、タドラも笑って食事を再開した。
結局、レイは追加でレバーフライと丸パンを取りに行き、ラスティにもう一度挟んでもらって食べ、デザートまでしっかり平らげたのだった。
「ごちそうさまでした。もうお腹いっぱいです」
無邪気に笑うレイに、皆内心安堵しつつ素知らぬ顔で立ち上がった。
「じゃあ、お前は今日は大人しくしてろよな」
本部へ戻る廊下を歩きながら、レイは戸惑うようにルークを見た。
「ん? どうかしたか?」
立ち止まったルークを見てカウリ達も止まってくれた。
「えっと、ルークは今日の予定は?」
「夜までは事務所にいるよ。早めの夕食の後は夜会の予定が入ってるけど、ああ、お前は今日は休んでてくれて良いからな。どうかしたのか?」
何か言いかけては口籠るレイを見て、ルークは問いかけるようにラスティを見た。
しかし、ラスティも困ったように首を振るだけだ。
「えっと、もうちょっと考えをまとめてから話します」
眉を寄せつつそう言うレイを、ルークは不思議そうに見ている。
「了解だ。まあ、何か困った事があるのならいつでも遠慮なく言ってくれていいんだぞ」
「はい、お願いします」
歩き出して、ふと思いついて立ち止まりまたルークを振り返る。
「んん? 一体どうしたんだよ」
「えっと……ごめんなさい、やっぱりいいです。後で事務所へ行きます」
いつもと違う様子のレイにカウリとタドラも心配そうにしているが、とにかく一旦本部へ戻った。
ラスティに付き添われて兵舎の部屋に戻るレイを見送り、ルークとカウリとタドラは無言で顔を見合わせる。
それから同時に、一緒に戻って来ていたハン先生を振り返った。
「ちょっと様子がおかしかったですけど、何かあったんですか?」
「さあ、今朝の湿布の交換の際は、傷口を見て痛がっていたくらいで特に問題はありませんでしたけれどね?」
ハン先生も、レイの様子がおかしいのに気づいて心配しているが、心当たりが無くて戸惑っている。
「まあ、ラスティがついてくれているから、何か問題があれば言ってきてくれるだろうさ」
ルークの言葉にカウリ達も頷き、そのまま本部の事務所へ向かった。
「では、午前中はお部屋でお休みになっていてください。ベッドで本を読んでいただいても構いませんよ」
「えっと、ここで良いです」
ブルーのクッションが置かれたソファーに座り、小さくため息を吐いて包帯が巻かれた親指を見つめた。
「痛むようならハン先生をお呼びしますが?」
心配そうなラスティの声に、我に返ったレイは慌てて首を振った。
「ううん、大丈夫だよ。ただね、ここって以前、蒼の森にいた頃におろし金で怪我をしたのと同じ場所なんだ。ちょっと指の先に跡が残って硬くなってたところ。だから、今度は治ったらどうなるかなって思ったの」
「ああ、同じ箇所にお怪我をされたのなら、尚の事気をつけないといけませんね。どうしても治りが悪くなりますから。それはいけません。念の為、ハン先生に申し上げておきます」
そう言って一礼して早足で部屋を出て行くラスティを見送ったレイは、クッションを抱えてソファーに転がった。
ブルーのシルフが自分を見つめているのに頷き、大きなため息を吐いて起き上がった。
「ブルー、アルカディアの民のガイって人を呼んでくれる」
真顔のレイの言葉に、ブルーのシルフも真剣な顔で大きく頷くのだった。
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