怪我の手当と今後の予定
「うわあ、痛そう」
包帯の解かれた指先を見て、レイは情けなさそうな悲鳴をあげて片手で目を覆った。
湿布の外された指先は、出血こそ止まっているがまだ傷は開いたままで、うっすらと血が滲んでいる。
「ああ、駄目だ。見たら何だか痛くなってきました」
そのあまりにも情けない言葉に、ハン先生は苦笑いしている。
「この指先は濡らさないようにしてくださいね。しばらくは湯をお使いになる際は、ラスティに手伝ってもらって右手を上げておくように気をつけてください」
朝練も柔軟体操程度だけで他は禁止されるし、湯を使う時までラスティに手伝ってもらうのだと言われて眉を寄せるレイを見て、しかしハン先生は真顔で首を振った。
「駄目です。聞き分けてください」
「……分かりました」
昨夜は、包帯をしたまま汗を流す程度に軽く湯を使い、湯から出てすぐに湿布を交換してもらったのだ。その際もラスティに言われて右手を上げて湯を使ったので、ちょっと大変だった。
「うう、ちょっと怪我しただけだと思ったのに、何だか大ごとになってて困っちゃいます」
口を尖らせるレイを見て、またハン先生が真顔になる。
「レイルズ。少しは自身の値打ちというものについて理解してください。貴方は唯一無二の竜の主なんですよ」
困ったように眉を寄せるレイを見て、真顔のハン先生は首を振る。
「何らかの緊急事態が起こり、戦闘になった場合ならばいざ知らず、このような日常のちょっとした不注意でお体を損なうような事は、万が一にもあってはなりません。いいですね」
真顔のハン先生は怖い。
まだ何か言いたげに眉を寄せるレイを見て、苦笑いしたハン先生はそっと彼の腕を叩いた。
「今日と明日は、このままお休みして安静にしていてください。朝練も夜会も禁止です。この指では竪琴の演奏は出来ないし、痛み止めを飲むとお酒も飲めませんからね」
「いいの?」
確か、見せてもらった予定表には、今夜も明日の夜も夜会の予定が入っていたはずだ。それに明日は確か、昼食会の予定も入っていた気がする。
「ちょっとした個人のお茶会程度ならば、まあ参加しても構いませんが、怪我をしたまま公の場に出る方が問題です。大丈夫ですよ。こんな時ですからそれくらい他の人が代わってくれます」
ラスティを見ると、彼も真顔で頷いてくれたので何とか納得して頷く。
「おはよう。怪我の具合はどうだ?」
その時、ノックの音がして白服を着たルークが入って来た。手を振ったカウリとタドラも、廊下から心配そうに部屋を覗き込んでいる。
「おはようございます。えっと、大丈夫なんだけど、今日と明日の二日間は、朝練も夜会も全部お休みするように言われました。でも、出来れば柔軟体操だけでもやりたいです!」
まさかベッドにこのまま戻らされる事はあるまい。そう思って必死になってルークに訴える。
「ああやっぱりそうか。だけど今日はやめておけ。明日は様子を見て柔軟体操と走り込みくらいは良いんじゃないか?」
横目でハン先生を見ながらそう言うと、ルークは笑って自分の頭を指差した。
「じゃあ俺達は朝練に行ってくるよ。終わってから一緒に食事に行こう。その間にお前は、まずはラスティに手伝ってもらって、その豪快な寝癖を何とかしろよな」
ルークの言葉にハン先生とレイとラスティが、三人同時に吹き出す。
「あはは、じゃあラスティ、お願いだから寝癖を直すのを手伝ってください」
「かしこまりました。ではこちらへ」
笑ったラスティが、レイを立たせて洗面所を示す。
「では、私は失礼しますね。もし強い痛みがあったり出血するような事があれば、いつでも構いませんから必ず呼んでください。いいですね」
真顔で念を押されて、レイは思わず直立して敬礼した。
「了解しました! 何かあったら必ず連絡します!」
「はいよろしい。では、お大事に」
笑ってレイの背中を叩くと、治療道具の入った鞄を片付けてハン先生は部屋を出ていった。
大人しく洗面所へ向かったレイは、ラスティに手伝ってもらって顔を洗って寝癖を直して貰った。
いつもよりもかなり時間をかけて、食事に行くために竜騎士見習いの服に着替える。上着は着ずに壁の剣帯の横に吊るされたままだ。
身軽な格好で大きく伸びをする。指先は少し痛いが、我慢出来ない程ではない。
「ではルーク様がお戻りになるまで、少しお休みになっていてください」
ラスティに言われて大人しくソファーに座ったレイは、小さなため息を吐いて天井を見上げた。
「ねえブルー、聞いていい?」
『どうした? 我が答えられる事なら教えてやるぞ?』
膝の上に現れたブルーのシルフを見て、レイはもう一度ため息を吐いた。
「あの夢の話って、竜騎士隊の皆にしちゃあ駄目?」
『アルカーシュの事か』
無言で頷くレイを見て、ブルーのシルフは大きなため息を吐いた。
『あれを黙っておくのは危険に過ぎよう。皇王も含めて皆に話すべきだ。我からも口添えしてやる。それから、アルカディアの民達にも話してやるべきだろうな』
「それと気になってたんだ。あの夢の中で、神殿の部屋みたいな所で、巫女達を守ってた男の人達がいたでしょう。多分、神官様達」
頷くブルーのシルフを見て、レイは置いてあったブルーのクッションを抱えた。
「あの時、神官様が叫んだんだ。キーゼル達が来るまで何としても持ち堪えるんだ。って……キーゼルって、あの、タガルノで時の繭を閉じたって言ってた方だよね」
無言で頷くブルーのシルフに、レイは戸惑いつつも口を開いた。
「僕、そのキーゼルって人に一度会ってると思う。ほら、僕が初めてブレンウッドの街へギードとニコスと一緒に行った時に、迷子になった時に助けてくれたのが、あのガイって人だったでしょう。その時に一緒にいたもう一人のアルカディアの民が、キーゼルって言ってた気がする」
『ありえぬ話ではないな。一度彼らに聞いてみよう。実際にあの惨状の現場を知る者がまだいるのかどうかな。その記憶も含めて、一度彼らとはゆっくりと話をせねばならぬだろうな』
頷くレイを見て、ブルーのシルフは目を細めた。
『その際には、当然其方にも一緒に行ってもらわねばならぬ。どのようにするのが良いか、後ほど相談しておこう。ここは我に任せてくれるか』
「分かった。じゃあよろしくね」
笑ってクッションに抱きつくと、そのままソファーに転がった。
「父さんも、こんな風にして寝ていたね。ちょっと可愛かった」
小さくそう呟くと、クッションに顔を埋めてしまった。
そのままルーク達が朝練から帰ってくるまで、レイはソファーで大人しくうたた寝をして過ごしたのだった。
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