目覚め
「うわあ〜〜〜!」
唐突な目覚めと共に、レイは悲鳴を上げて腹筋だけでベッドから飛び起きた。
いつものようにレイの髪で遊んでいたシルフ達が慌てたようにすっ飛んで逃げて行き、しばらくして恐る恐る戻って来る。
『大丈夫?』
『どうしたの?』
『ここは安全だよ?』
『どうしたの?』
『どうしたの?』
まるでたった今まで全力疾走していたかのように、レイの呼吸は荒い。
『大丈夫か。落ち着いてしっかり息をしなさい』
ブルーのシルフが現れて、そう言いながらレイの頬に優しいキスを贈った。
「ブルー?」
『ああ、ここにいるぞ』
優しいその声に、レイは大きなため息を吐いてそのまま背中からベッドに倒れた。
「僕が見たあれは夢だったけど……百年前に実際にあった出来事、なんだよね?」
『ああそうだ。全て真実だよ』
小さな、怯えているようなその呟きに、ブルーのシルフは優しい声でそう答えて頷く。
「精霊王よ……」
呻くようにそう言うと、身震いして大きなため息を吐いた。
そのいつも元気なレイとは違う様子に、集まってきたシルフ達が心配そうにその顔を覗き込んだ。
『大丈夫?』
一人のシルフが、まだ上を向いたまま呆然としているレイにそっと話しかける。
「うん、大丈夫だよ」
震える声でそう答えた後、レイは黙ったまま両手で顔を覆った。
「光の精霊、出てきてくれる。ちょっと話をしたいよ」
しばらく顔を覆ったまま沈黙していたレイだったが、不意にそう言うと手を離して今度はゆっくりと手をついて起き上がった。
『呼んだか? 主殿』
レイの呼び声にペンダントから五人の光の精霊達が現れて、そう言ってレイを見つめる。
「まずはお礼を言うよ。僕の知らない父さんの若い頃の様子を見せてくれてありがとう。すっごく格好良かった。新たな目標が出来たよ。父さんみたいな立派な戦士になる。もっと頑張って体も鍛えないとね」
笑顔のレイの言葉に、光の精霊達が嬉しそうに頷く。
「それから、母さんの若い頃の姿も見せてくれてありがとう。すっごく綺麗でびっくりした。それに小さい時は本当に可愛かったんだね」
照れたように笑うその笑顔に、光の精霊達もウンウンと揃って頷く。
「それと、最後に見せてくれた、あの……アルカーシュの様子……」
ごく小さな声で呟かれた言葉に、光の精霊達は揃って小さく頷く。
『其方にあれを見せるべきか我らは悩んだ』
『だが先日の悪しき風の件がある』
『守護竜が守りを固めるこの国に』
『あれほどの惨事は起こらぬであろう』
『だが万一という事がある』
『故に知ってもらうべきだと考えた』
『彼の国で何があったのかを』
真剣な光の精霊達の言葉に、レイだけでなくブルーのシルフも真剣な顔で頷いた。
『邪悪なる結界に阻まれ』
『多くの精霊達も彼の地に閉じ込められた』
『そして愛しき者達の惨事を目の当たりにする事となった』
『邪悪なる者達が彼の地を去った後』
『多くの精霊達は傷つき怯えて精霊界へ帰って行った』
『我らが彼の地の惨劇を知るに至ったのは』
『巫女姫様が時の繭より目覚めた後の事』
『知った時には全ては後の祭り』
『我らも嘆き悲しんだ』
『しかし彼の地を逃れ生き延びた者もまた多くいた』
『だが邪悪なる結界を超える際』
『多くの力無き者達は記憶を封じられた』
『襲ってきたのはタガルノの兵士達だと』
『偽りの記憶に置き換えられた』
『闇の眷属に関する部分だけを封じられたのだ』
『哀れなり』
『哀れなり』
「じゃあ、アルファンは戦禍を逃れてこの国へ来たって言ってたけど、逃げる時に闇の眷属を見ていたとしても、それを忘れているって事?」
揃って頷く光の精霊達に、レイは言葉を失う。
『精霊使いの指輪の中にいれば精霊達は安全だ』
『邪悪なる気配の影響は受けぬ』
『だが外で何が起こっているかを知りえぬ』
『そして知っていた者達は皆一様に口を噤んだ』
『この地ほど強くないとはいえ』
『アルカーシュもまた聖なる結界によって守られていたはず』
『だがあの惨事が起こった』
『タガルノの闇の冥王を崇める愚か者達によってな』
『人の手によってかのような暴挙が行われたと知られれば』
『市井の人々は容易くパニックに陥ろう』
光の精霊達の言葉に、レイは息を呑む。
「待って、今なんて言った? あの暴挙が人の手で行われた?」
『いかにも』
『以前其方の無知な友らが起こした非常事態』
『あれと同じ事』
『だがまつろわぬ民達の活躍によって』
『かろうじて最悪の結果は免れる事が出来た』
「最悪の、結果って……?」
震えるレイの質問に、光の精霊達は大きくその体を震わせた。
『闇の冥王が目覚める事』
キッパリと断言したその言葉に、レイもまた大きく体を震わせた。
『タガルノの城の地下』
『彼の地にそのきっかけとなりうる存在が眠っている』
『故に闇の冥王を奉る者達が邪悪なる魔法陣を描き』
『アルカーシュの地の中でそれを発動させた』
『そのきっかけを目覚めさせるための強き贄を求めて』
『愚かなり』
『愚かなり』
声にならない悲鳴を上げて、レイがベッドに倒れ込む。
「信じられない。じゃあ、じゃああの時、あの時もしもブルーが守ってくれなかったら……この国にも同じ惨劇が起こっていたかもしれないって、そう言うの?」
腹筋だけで勢いよく起き上がったレイの叫ぶような質問に、光の精霊達は揃って頷いた。
『この地には守護竜がおわす』
『そして今は最強の古竜がおわす』
『故にあそこまでの惨状にはならぬだろう』
『なれどどれほどの被害が出るか』
『それは起こってみなければ分からぬ』
『だがもしも人の多いこの街に闇の眷属が現れれば』
『それこそ人々は容易くパニックとなろう』
『そしてそれにより被害はさらに増すだろう』
『そのような事決してあってはならぬ』
『あってはならぬ』
断言する光の精霊達を見て、レイも頷く事しか出来なかった。
そして、レイの肩に座って一緒に話を聞いていたブルーのシルフは、これ以上ないくらいに真剣な顔で黙ったまま、光の精霊達をずっと見つめていたのだった。
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