聖なる竜の守りをここに

「ねえ、ブルー、聞いて良い?」

 ずっと黙っていたレイが、星空を見上げたままで小さな声で呟く。

『我が答えられる事ならば』

 優しいいつもの答えに頷き、小さなため息を吐く。

「……アルカーシュの神殿って、星系神殿の事だよね」

『ああそうだ』

「母さんがいた場所だよね」

『ああそうだな』

「以前……僕が夢で見た、あの場所?」

 戸惑うような小さな声の質問に、ブルーのシルフはゆっくりと頷いた。

『我はその夢を知らんから何とも言えぬが、其方の母上が連れていた光の精霊達はそうだと言っておるな』

 驚いて振り返ったレイが見たのは、すぐ後ろに五人並んで浮かんだまま、自分を見つめている光の精霊達だった。

「そっか、君達は全部知ってるんだったね」

 小さな声でそう呟いたレイは、光の精霊達を見て笑おうとして失敗した。

 大粒の涙が頬を転がって落ちる。

「母さんに会いたい。父さんに会いたい。今なら、聞きたい事が、沢山、あるのに。聞いて欲しい、事が、たくさん、たく、さん、あるの、に……」

 最後はしゃくり上げながらそう言い、袖で乱暴に涙を拭った。

「もう泣かないって決めたのに、駄目だな。母さんや父さんのことを思い出すと、どうしても涙が出ちゃうんだ」

 恥ずかしそうにそう言って、足を戻して部屋に戻る。

 きちんと窓とカーテンを閉めてから、望遠鏡の入った箱と天体盤をいつもの場所に戻す。

「もう寝るね、おやすみ」

 それだけを言うと、ベッドに飛び込んで毛布を頭まで被ってしまった。



 ブルーのシルフやニコスのシルフ達が唐突に話をやめてしまったレイに戸惑い、顔を見合わせて毛布の上にふわりと飛んで来て座った。

『どうした? 言ったであろうが。其方が泣いても誰も笑ったりせんよ。気が済むまで泣くといい』


『そうだよ』

『我慢するのは駄目だよ』

『我らは気にしないよ』


 ニコスのシルフ達も心配そうにそう言って毛布を撫でる。

「……ごめんね心配かけて。大丈夫だよ」

 毛布から顔を出したレイの目がまだ赤くて潤んでいるのを見て、追いかけてベッドの上をクルクルと飛び回っていた光の精霊達が降りてきてブルーのシルフの隣に並んだ。


『其方が望むのなら』

『当時の星系神殿の様子を見せてやろう』

『母上の姿もな』

『お父上の姿も見せてやろう』


「ええ、そんな事が出来るの!」

 思わず大声でそう叫んで腹筋だけで飛び起きる。

「いかがなさいましたか!」

 大声に驚いたラスティが、ノックも無く部屋に飛び込んでくる。

「ああ、ごめんなさい。何でも無いです。ちょっとブルーと話をしてただけです」

 慌てて謝るレイを見て、ラスティは安堵のため息を吐いた。

「ああ、それなら良かった。急に大きな声を出されたので、何事かと思いましたよ」

 苦笑いするラスティにもう一度謝り、改めて寝る前のおやすみの挨拶とキスを貰ってから部屋に戻ってもらった。



 扉が閉まるまで見送ってから、ベッドに座ったレイは改めて毛布の上に並んで座っている光の精霊達を見た。

「ねえ、さっきの話だけど、そんな事が出来るの?」

 小さな声で、内緒話をするかのように尋ねる。


『出来るよ』

『でもそれは夢の中での事』

『過去見が出来る其方ならば』

『我らの描く夢を見る事が出来るだろう』

『見せてやる故もう休みなさい』


 諭すようにそう言われて、笑顔で頷く。

「分かった。じゃあおやすみなさい」

 小さな声でそう言うと、毛布を肩まで引き上げて横になり枕を抱えて目を閉じる。



 しかし、いつもと違って穏やかな眠りはなかなか訪れてくれない。

 あっちへこっちへ、何度も寝返りを打ってはため息を吐くレイに、呆れたようなため息を吐いたブルーのシルフが側へ来て額を叩いた。

『全く、夢は起きていては見られぬものだぞ。いいから眠りなさい』

「そんな事言ったって、眠れないんだもん」

 枕に抱きついて口を尖らせる。

『仕方がない。では我が眠らせてやろう』

 笑って枕に座ると、ゆっくりと子守唄を歌い始めた。



 それは、レイが夜会で歌ったあの、竜と揺り籠だった。



『眠れや眠れ揺り籠の中』

『降誕祭の雪降る夜に』

『眠れや眠れ揺り籠の中』

『無垢なる吾子の愛しき笑みよ』

『眠れや眠れ揺り籠の中』

『想いを込めたキスを贈ろう』



 歌に気づいたレイが、枕を抱えたまま笑顔になる。

 ブルーのシルフは一度大きく頷くと、そのまままた歌い始めた。



『幼き吾子のまつ毛を揺らす』

『風を送るは聖なる翼』

『やさしき竜のかいなの中で』

『眠れる吾子の愛おしきこと』



 そこで、ニコスのシルフ達がブルーの隣に並んで座り、一緒に歌を歌い始めた。



『千なる加護と祝福を』

『贈れとばかりに吹き寄せる』

『やさしき竜の翼の下で』

『眠れる吾子の愛おしきこと』



『眠れや眠れ揺り籠の中』

『薫風来たりて新芽を揺らし』

『眠れや眠れ揺り籠の中』

『無垢なる吾子のまつ毛を揺らす』

『眠れや眠れ揺り籠の中』

『閉じた瞼に祝福を』

『聖なる竜の守りをここに』

『聖なる竜の守りをここに』



 歌い終えたブルーのシルフがふわりと浮き上がって、枕に抱きついてうつ伏せになったまま静かな寝息を立てるレイの頬にキスを贈る。

『良き夢を。おやすみ』



 振り返ったブルーのシルフの側には、いつの間にか光の精霊達が現れて並んでいた。

『頼む』

 短いブルーの言葉に頷いた光の精霊達はゆっくりと進み出て、そのままレイの額の中に消えていってしまった。

 それを真剣な眼差しで見送ったブルーのシルフは、周りで自分を見つめていた勝手に集まって来たシルフ達を見上げた。

『頼む』

 またしても短い言葉だったが、彼女達は何をすべきか心得ていた。

 ふわりとベッドの周りに輪を描くようにして空中に留まる。

 そして同時に手を叩いた。

 人には決して破る事の出来ない強固な結界が完成する。



 シルフ達の結界に守られ静かな寝息を立てるレイの側に、ブルーのシルフは寄り添うようにして横になった。

 そしてそのまま何も言わずに、そっと静かに目を閉じたのだった。

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