朝練と今日の予定

「あはは、何とかなったね。ありがとうラスティ」

 ラスティも手伝って大格闘の末、何とか寝癖を直したレイのこめかみの三つ編みに、今日は元気になって欲しい気持ちを込めて明るい黄色の紐を括ってやる。

「新しい色だね、すごく綺麗な黄色」

 三つ編みを引っ張りながら、綺麗な紐を見て嬉しそうに笑う。

「夏の新色だそうですよ。今回届いた色はどれも明るい綺麗な色でしたね」

 笑ってそう答え、白服に着替えたレイの襟元を整えてやる。

「おおい、朝練に行くなら、そろそろ出てきてくれないと置いていくぞ〜」

 ノックの音とともに、カウリが部屋を覗き込む。

「はあい、今行きます!」

 元気に返事をしたレイは、ラスティに手を振ってそのまま走って出て行った。

「ちょっと、無理をしてらっしゃるみたいですが、まあ仕方がありませんね」

 小さくため息を吐いたラスティは、紐の入った小箱を洗面所の戸棚に片付けると寝乱れたベットのシーツをまとめて引き剥がした。



「おはよう。おお、いい色じゃないか」

 白服を着たルークが、レイのこめかみの三つ編みを見てそっと突っつく。

「夏の新色なんだって。すごく綺麗な色だよね。ニコスが言ってたけど、黄色ってすぐに退色しちゃうから、綺麗に染めるのは難しいんだって」

「へえ、そうなんだ。まあ、そんな事言われても俺にはどうやって染めてるのかなんてさっぱり分からないなあ」

 苦笑いするルークの横ではカウリとタドラも同じく頷いている。

「確かに、これはどうやってこんなに明るい色に染めているのか僕にも分からないよ。染色は僕もほとんどした事が無いもの」

 レイが手伝ったのは、ニコスが毛糸を染めている時に、言われるままに染色液に浸したり、洗ったり干したりした程度だ。どうやって色を出すのかなんてさっぱり分からない。

「俺が聞いた話だけど、その紐を染めている職人の工房は、誰かさんのおかげでまた大人気になったらしくて、今じゃあ新規の注文は受け付けていないらしいぞ」

「ええ、そうなの?」

 驚くレイに、タドラも笑って頷く。

「その紐って、僕が使ってる工房の紐だよね」

「うん、そう聞いたよ」

「レイルズのおかげで、またたくさん注文が入ってるって大喜びしてたよ。彼は僕が神殿にいた頃の同い年の神官見習いの子の、歳の離れた腹違いのお兄さんだったんだ。彼を心配して毎日みたいに神殿に来てくれて、僕にもお菓子や果物の差し入れなんかを沢山くれたんだよね。何でもその人は、幼い頃に染色工房に弟子入りして、もうすぐ一人前なんだって言って嬉しそうにしてた。だから僕が竜騎士見習いになった後にそれを思い出して、彼に頼んで髪を括るための紐を定期的に納めてもらうように注文したんだよ」

「ああ、それってもしかして……?」

 何となくその先の展開が予想出来て、レイが恐る恐る尋ねる。

「その通り。僕が正式に竜騎士見習いとして紹介された後、彼の所に染色の依頼が殺到して大騒ぎになったんだよね。でも、その後彼は自分の工房を立ち上げて、今では何人もの職人さんを雇っているよ。でも僕らの為の紐は、今でも彼が全部染めてくれているって聞いたよ。新規の注文を止めるくらいだから、きっと沢山注文が来ているんだろうね」

「へえ、そうなんですね。タドラの知り合いの方だったんだ。いつもありがとうございますって伝えてください。僕、この紐どれもすごく綺麗だから気に入ってます」

「了解、じゃあ今度会った時に伝えておくね」

 笑ったタドラの髪は、今日は綺麗な水色の紐で括られていた。



「おはよう、今日も元気だな」

「おはよう、その髪の紐、綺麗な色だな」

 レイの顔を見て来てくれたマークとキムと一緒に準備運動と柔軟体操を始め、そのあとはそれぞれに荷重訓練を行った。

「ううん、少し腕に筋肉がついてきたっぽい」

 嬉しそうに腕を曲げながらレイがそう言って笑う。

「あはは、確かに腕の太さは俺達とは違うよな」

 マークやキムもそれなりに鍛えてはいるが、レイの腕とは明らかに太さが違う。

「目標はヴィゴだもんね」

 嬉しそうに胸を張って言うその言葉に、もう笑うしか無い二人だった。




 一礼して仲間達のところへ戻る二人を見送り、ルークと手合わせをしてもらった。

 そのあとは交代してカウリとタドラにも順番に手合わせをしてもらい、最後は一般兵の乱取りに混ぜてもらって朝練を終了した。

「今日は、一度も叩きのめされなかったです!」

 部屋へ戻る階段の途中で、嬉しそうに目を輝かせて胸を張るレイにタドラは苦笑いしている。

 実は、先程の手合わせの最後のところで、もう少しでまた彼の方が叩きのめされそうになっていたのだ。何とか打ち返せたのは、半分偶然に近い。

「ううん、また腕を上げてるよね。冗談抜きで、そろそろヴィゴと本気で打ち合えるんじゃない?」

「ああ、良いな。是非とも彼の鼻っ柱を叩き折ってやってくれよ」

 笑ったタドラの言葉にルークとカウリが揃って頷く。

「そんな無茶言わないでください! 僕を殺す気ですか〜!」

 顔を覆って叫ぶ彼を見て、三人揃って同時に吹き出すのだった。



 一旦部屋に戻って、軽く湯を使って着替えた後はラスティ達も一緒に食堂へ行った。

「えっと、今日の予定ってどうなってるんですか?」

「ああ、事務所でいくつか手伝って欲しい書類があるから、今日は事務仕事だよ。夜はまた夜会だ」

 一瞬眉を寄せたレイだったが、苦笑いするルークを見て真剣な顔で頷く。

「分かりました。えっと今日も僕一人で参加ですか?」

「いや、今日は俺とタドラが一緒だ。あと、多分ヴィゴも来る。また楽器の演奏を頼まれてるから、竪琴の用意をしておくようにな」

 多分、という事は、ヴィゴはレイを心配して予定外だが来てくれるのだろう。それに、それだけの人が一緒なら、もしも何かあっても誰かが教えてくれるだろう。

「分かりました、じゃあ竪琴の準備をしておきます」

 頷きながら、一人での参加ではないと聞いて密かに安堵するレイだった。

「夜会の前に、ゲルハルト公爵閣下とミレー夫人に会わせてやるから、その後の事も一応聞いておいてくれよな」

 小さな声で耳打ちされて、思わず背筋を伸ばしたレイだった。

「大丈夫だよ」

 笑ったルークに背中を叩かれて、何度も頷いてちぎったパンを口に入れた。

「その言葉、信用して良いんですか?」

 パンを飲み込んでから、横目でルークを見ながら小さな声でそう言うと、ルークはにんまりと笑った。

「言うようになったなあ。よしよし、これなら大丈夫だろうさ」

「待って! 何がどう大丈夫なのか詳しい説明を求めます〜!」

 既に前夜の夜会での一部始終をルークから聞いて、裏の事情まで理解しているタドラとカウリは、ルークの腕に縋って叫ぶレイを見て苦笑いするしか無いのだった。

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