二人だけの枕対決

「ああ疲れた。それじゃあこれで解散だな」

 ルークがそう言って、開けっぱなしになっていたレイの部屋の窓から部屋の中に戻る。その後に全員が続いた。



 大騒ぎの夜遊びを終えて部屋に戻ると、散らかっていたはずの部屋はすっかり綺麗に片付けられていて、それぞれの枕がきちんと整えられたベッドに並べて置かれていた。

「それじゃあ俺達は戻らせてもらうよ。新人二人はごゆっくりどうぞ。だけど夜更かしはほどほどにな。明日はあまり寝坊するなよ」

 ロベリオが枕を一つ掴むと、平然とそう言って手を振って部屋を出て行った。

「はい、おやすみなさい!」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

「それじゃあまた明日ね」

 枕を掴んだレイがそう言ってロベリオを見送り、ルーク達も次々と枕を持って挨拶をして部屋へ戻ってしまった。



 ティミーだけが意味が分からず、残された自分の枕を見て目を瞬いている。

「どうしたの、ティミー」

 笑顔でレイに顔を覗き込まれて、ようやくその時になってティミーは今の状況を理解した。

「もしかして、僕、今夜はここに泊まってもいいんですか!」

「あれ、嫌だった? それなら僕は寂しいけど部屋に帰っても良いよ」

 残念そうにそう言うレイに、ティミーは両手を広げて歓声を上げて飛びついた。

「嬉しいです!」

 大柄なレイだったが、飛びつかれた勢いのままに仰向けにベッドに倒れ込む。

「うわあ、やられたあ〜〜」

 自分のお腹の上に乗り上げた形になっている小柄なティミーを見て、レイが棒読みでそう言いながら笑う。

「えいえいえい! やっつけてやる〜〜〜!」

 ティミーは、すぐ側にあった枕を掴むと、大喜びでレイの顔を思い切り枕で叩く。

 笑って悲鳴を上げたレイが手を伸ばして自分の枕を掴み、下からティミーを枕で殴りあげる。

「うわあ、やられたあ〜〜!」

 さっきのレイと同じくらいに棒読みの悲鳴を上げて、枕に殴られたティミーが後ろ向きに転がる。

 腹筋だけで即座に起き上がったレイがそのまま倒れたティミーに飛びかかり、悲鳴を上げたティミーが転がって横に逃げる。

 それを追いかけたレイが、僅かな差でティミーを捕まえて抱え込むようにして脇をくすぐる。

 甲高い悲鳴を上げたティミーがレイの腕に捕まったまま暴れ、勢い余って二人揃ってベッドから転がり落ちた。

 しかし、二人とも枕を構えたままだったのでそれほどの衝撃は無く、毛足の長い絨毯が敷かれた床に転がり落ちて揃って一回転した後、ほぼ同時に起き上がった。

 膝立ちしたまま、満面の笑みでお互いに向き合って構える。当然手には掴んだままの枕がある。



 そこから二人の枕対決がまた始まった。



 しかし何故か二人とも膝立ち状態のままで枕で殴り合っているので、仰反る程度しか逃げられない。お互いにほとんど動けずにその場に留まったまま、笑いながら甲高い歓声を上げてはお互いを枕で勢いよく殴り合った。




「はあ、もう駄目。息が続かないよ」

 笑ったティミーがとうとうレイに吹っ飛ばされてしまい、転がったまま天井を見上げて笑いながらそう叫ぶ。

「僕もヘトヘト〜!」

 レイも笑いながらそう叫んでティミーのすぐ隣に転がった。



 しばらく、二人並んで無言で高い天井を見上げていた。



「僕、こんな楽しい事をしたのって……初めてです」

「僕もここへ来てから、こんな風に夜中に枕戦争をして遊んだり、ベッドでお茶やお菓子を食べたりしても叱られない事もあるんだって知ったよ。枕戦争、最高だよね」

「いいなあ。きっとマシュー達や、ハーネイン達はいつもこんな事してるんだろうね」

「どうだろうね。いつもはさすがに無いと思うよ。でもロベリオやユージンは、お兄様達と子供の頃に避暑地へ行った時なんかには、こんな風にスリッパで外へ出て庭を走り回ったり、ベッドでお菓子を食べて枕で殴りっこしたって言ってたよ」

「良いなあ。僕も一緒に遊んだり喧嘩したり出来る兄弟が欲しかったな」

 小さく呟いたティミーの声に、レイは笑って腹筋だけで起き上がった。

「ここに、希望者だったら一人いるんだけどね。僕も一人っ子だったから実を言うと弟が欲しかったんだ」

 満面の笑みでそう言って笑うレイを見て、ティミーもこれ以上無いくらいの笑顔になる。

「レイお兄様!」

「おお、我が弟よ!」

 両手を広げて飛びついて来るティミーをレイは声を上げて笑いながらしっかりと抱きしめた。

 そのまままた床に転がってしまい、起き上がって顔を見合わせ、声をあげて笑い合った。




「はあ、喉が渇いたや。飲むでしょう?」

 立ち上がったレイが、用意してくれてあった新しい冷えたカナエ草のお茶をグラスに注ぐ。

「はい、どうぞ」

 起き上がったティミーに先に渡してやり、もう一つのグラスに自分の分を注ぐ。

 そのまま一気に飲み干してもう一杯おかわりを入れようとしたら、すぐ隣にも空になったグラスが差し出された。

「少しだけ入れてください」

「分かった、少しだね」

 笑いを堪えたレイは、空になったティミーのグラスに一雫だけカナエ草のお茶を落とした。

「はい、少しだけね」

「ああ、酷い! 幾ら何でもこれは酷いです!」

 ほんの一雫だけ入れられた空のままのグラスを見て、堪える間も無くティミーが吹き出す。

「ええ、だって少しって言ったじゃん」

 笑いながら自分のグラスに並々と注ぎ、目の前でぐいぐいと飲み干す。

「はあ、冷えたカナエ草のお茶、ちょっと甘めは美味しいねえ」

「レイルズお兄様、これは苛めです! 僕も冷えたカナエ草のお茶がのみたいです〜〜!」

 グラスを持ったまま泣く振りをするティミーに、レイは笑って今度ちゃんと、グラスの半分くらいまで注いであげた。

「わあい、ありがとうございます」

 嬉しそうに目を細めてそう言ったティミーは、グラスを両手で持って一気に冷えたカナエ草のお茶を飲み干した。




「あのね、今の頼み方なんだけどさ、ちょっと意味があるんだよ」

 空のグラスを持ったままのレイは、ティミーの目の前にグラスを差し出した。

「精霊達にお願いする時、出来るだけ分かりやすく指示しないと彼女達は分からなくなるんだ」

 目を瞬くティミーに、レイは笑ってグラスを見ながら話しかける。

「ウィンディーネ、良き水を願い」

 その直後にグラスの縁にウィンディーネが現れて軽くグラスを叩いた。

 グラスのちょうど良い位置まで水が現れてピタリと止まる。

「ありがとうね。姫」

 手を振るウィンディーネにお礼を言って、出してくれた良き水も一気に飲み干す。

「ほら、ティミーもやってごらん」

 持ったままだった空のグラスを突かれて、目を見開いたティミーは困ったようにそのグラスを見つめる。



 周りでは、シルフ達が興味津々で二人の様子を伺っているし、机に置かれたグラスやお茶のピッチャーの周りでは、ウィンディーネ達も現れて、同じく目を輝かせてティミーを見つめていた。

 ブルーの使いのシルフと、ターコイズの使いのシルフも、ソファーの背に並んで座って、仲良く話をするそれぞれの主を、ひたすら見つめていたのだった。

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