枕戦争とその被害者
「ようこそ、ほら入って入って」
枕を抱えたまま、珍しそうに部屋に置かれた大きなソファーや並べられたワゴンを見ているティミーに、レイは満面の笑みで駆け寄って手を引いて窓辺に置かれた大きなベッドへ連れて行った。
普段はベッドの横に広げられている衝立は少し畳んだ状態になっていて、部屋から見る事が出来るようになっている。
当然、こちらも枕を抱えたルーク達がその後ろからついて来る。
ベッドのすぐ側まで来たレイは、ゆっくりと手を伸ばして置かれている自分の枕を掴んだ。
「では、只今より枕戦争を開始します!」
目を輝かせたレイが大声でそう宣言した途端、ルークと若竜三人組が一斉に枕を振りかぶってレイとティミー目掛けて振り下ろした。
枕に殴られた直後に、悲鳴を上げて即座にティミーを抱えてそのままベッドに飛び込んで攻撃から逃れるレイ。
突然の出来事に、驚いたティミーが目を見開いて硬直していたのは一瞬だった。
何が起こったのか即座に理解して手をついて起き上がったティミーは、振り返るなり飛びかかって来たロベリオを持っていた枕で思いっきり横殴りにぶっ叩いた。
上げた左腕で枕攻撃をガードしつつ、襲いかかるロベリオの枕。
すわ殴られると思わず目を閉じたティミーだったが、腹筋だけで起き上がったレイが振り回した二個重ねの枕がロベリオを豪快に吹っ飛ばした。
笑いながら吹っ飛ばされるロベリオと、音を立てて倒れる衝立。
その影からユージンとタドラがシーツを広げて襲いかかって来て、慌てて横に転がろうとしたティミーは、ティミーを助けようと起き上がったレイとぶつかりそうになり、そのまま咄嗟にレイがティミーを抱きしめるように抱え込んでベッドから転がり落ちた。
「ちょっと待ってください。いきなり過ぎますって!」
笑いながら悲鳴を上げたティミーが、レイの腕の中から必死になって腕を振り回して叫ぶ。
「問答無用!」
両手に枕を持ったロベリオが再び襲いかかってきて、また笑いながら悲鳴を上げてレイルズと一緒に床を転がる。
「捕まえた〜〜〜!」
しかし、二人して転がっていった先にいたのは、シーツを広げて待ち構えていたユージンとタドラだった。
自分からシーツに突っ込んで行ったレイとティミーを二人が大喜びでシーツで包んでしまう。
「脱出成功!」
しかし小柄なティミーは、体をくねらせてレイの腕からすり抜けそのまま足元まで下がってシーツから抜け出したのだ。
一瞬、揃って呆気に取られたユージンとタドラと、得意げに胸を張るティミーの目が合う。
「残念でした〜〜〜!」
笑って舌を出したティミーに、吹き出したユージンとタドラがシーツでぐるぐる巻になったレイを放り出してティミーにそろって襲いかかる。二人の手には置いてあった枕が掴まれている。
甲高い悲鳴をあげて転がって逃げたティミーは、ソファーに置かれたクッションを左右の手に掴んでメチャメチャに振り回す。
しかし、左右から大きな枕に叩かれてしまい、小さな体では踏ん張りきれずにそのままソファーに背中から倒れ込んでしまった。
「今度こそ捕まえた!」
タドラがそう叫んで枕ごとティミーを捕まえて脇腹をくすぐる。
「うひゃぁ〜〜!」
また悲鳴を上げて転がって逃げ、ソファーに倒れ込んだままケラケラと声を上げて笑ったティミーは、持っていたクッションで覆い被さって来たタドラの顔を叩きまくる。
「わふぅ!」
まともに顔を叩かれたタドラの情けない悲鳴にロベリオとルークが吹き出す。
一方、シーツでぐるぐる巻きにされたまま放置されたレイは、何とかしようと床を転がり回った挙句にベッドの足に激突して悶絶していた。
「お前、何やってるんだよ」
呆れたルークの声に、シーツ巻きのレイが反対側に転がる。
「だって、何にも見えないんです! 助けてください!」
「おう、じゃあ助けてやるよ」
ルークの笑った声が聞こえて結び目が解かれてる気配がして安堵したのも束の間、シーツが捲られるのと同時にいきなり襟足をくすぐられてまた悲鳴を上げる。
「手伝うよルーク!」
嬉しそうなロベリオの声が聞こえて慌てたレイは、とにかくその場から逃げようとして腹筋に力を込めて反動をつけて転がろうとした。
しかし、その直後に鈍い音がしてロベリオが吹っ飛ぶ。
突然激突したレイも、そのものすごい衝撃に呻き声を上げてまた床に沈んだ。
「うわあ、久々の鋼の頭突き来たよ。あれは死んだな」
呆れたようなルークの声と、驚いて振り返るティミーとユージンとタドラ。
床に転がり額を押さえて無言で悶絶するロベリオとレイを見て、ティミーとレイ以外の全員が同時に吹き出す。
まだシーツに半分以上包まれた芋虫状態のレイも遅れて吹き出した。
「僕は身動き出来ないんだから、今のはロベリオの自業自得だと思いま〜す」
いっそ呑気なレイの声に、今度は全員揃って吹き出し大爆笑になったのだった。
「全く、お前の鋼の頭蓋骨の噂は聞いてたけど絶対誇張だと思ってた。あれは冗談抜きで本気で死ねる」
一旦枕戦争は休戦して、執事に来てもらってベッドに横になったまま額を冷やしているロベリオは、しかし文句を言いつつも先ほどからずっと笑っている。
「ティミー、これがレイルズの最強の武器と呼ばれる鋼の頭突きだ。言っておくが、お前が食らったら間違いなく精霊王の御許へ直行だからな。何があっても絶対に逃げろよ」
大真面目なルークの説明に、心配そうにロベリオの様子を見ていたティミーは顔を上げてこちらも大真面目に頷いた。
「分かりました。ロベリオ様が身をもっていかに危険かを知らせてくださいましたから充分気をつけます。これからは、常にレイルズ様からは1メルト以上離れて歩く事にします」
「酷いティミー!」
その言葉にレイが笑いながら抗議をして、また部屋は大爆笑になったのだった。
『相変わらずここでの夜は賑やかだな』
『本当だな。それにしてもラピスの主殿の頭突きは相変わらずの威力だな』
ブルーのシルフの呆れたような呟きに、ロベリオの竜であるオニキスの使いのシルフが笑いながら頷く。
『そうだな。だが皆楽しそうだ』
笑ったブルーのシルフがそう言い、並んで一緒に窓枠に座っていた他の竜達の使いのシルフも笑いながら揃って頷く。
一応、ルークがシルフを使って調べさせ、ロベリオにもレイにもぶつけた部分に問題がない事だけは確認してあるので、皆安心して笑って見ているのだ。
『仕方がない。ちょっと手当してきてやるとするか』
面倒くさそうにそう呟いたブルーのシルフは、ふわりと浮き上がってベッドへ向かって飛んでいった。
『痛いの痛いの飛んでけ〜」
ふわりとロベリオの額に乗せた布の上に降り立ったブルーのシルフは、笑いながらそう言って布越しに額の患部を軽く叩いた。
「おお、痛みが引いたよ。ありがとうなラピス」
笑ったロベリオにそう言われて鼻で笑ったブルーのシルフは、もう一度額を叩いて癒しの術を発動させてから、こちらは平気そうにしている愛しい主の元へ知らん顔で飛んで行ったのだった。
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