得意な事と苦手な事
「ふう、お腹いっぱいだ。もう食べられない」
お皿に残っていた最後の一切れを食べ終えたティミーは、ベリーのジュースを飲み干して小さなため息を吐いた。
肉を焼いている台の前では、そんなに食べて大丈夫なのかと他人事ながら心配になりそうなくらいの食欲のレイルズが、ロベリオ達と一緒に楽しそうに笑いながら、既に二個目に突入している大きかった肉の塊の焼けた部分の取り合いをしている。
ティミーは、おそらく彼の為に用意されていたであろう、いつもの刻んで柔らかくした肉と、それから腸詰めの焼いたのをいただいた。
どちらもたっぷりの肉汁があふれるくらいにとても柔らかくて、いつも食べているものよりも、もっと美味しかったし、焼いた野菜もどれも甘くて美味しくて、彼にしてはつい夢中になって食べ過ぎてしまった。
まだデザートがあると言われているが、正直ちょっとこれ以上食べるのは無理だと思う。
彼の食事量を心得ている執事のマーカスは、黙って食べ終えたお皿を下げて、カナエ草のお茶を淹れてくれた。
それから、お茶の横に小さくカットした果物を盛り合わせた小皿を置いて黙って下がる。
何も言っていないのに持ってきたという事は、最低でも、あとこれくらいは食べておくようにという意味なのだろう。
小さなフォークが用意されたそれを見て密かに小さなため息を吐いたティミーは、一番手前にあった赤いメロンを一切れだけ口に入れた。
「あれ、もうデザートなの?」
また山盛りの肉を取ってきたレイが、果物とお茶が並んだティミーの前を見て驚いている。
「レイルズ様、そんなに食べてお腹は大丈夫ですか? 僕はちょっと食べ過ぎてお腹が苦しいくらいです」
照れたように笑うティミーにレイは何か言いかけだが、一度小さく深呼吸をしてから自分のお皿を見る。
「僕はいつもだいたいこんな感じだよ。でも確かに今日はいつもよりも食べてるかもね」
「皆で食べると美味しいから、つい食べ過ぎちゃいますよね」
「そうだね。ああそうそう。竜騎士隊の本部にある食堂も美味しいんだよ。本部に来たら一緒に食事に行こうね。本部の食堂は、並んで好きに取れるから自分で食べる量を考えて取れるからね」
「そうなんですね。大学の学食は何種類かの内容が決まったトレーがあって、その中から選ぶんです。いつも控えめに入れてもらうんですけど、それでも僕にはちょっと量が多くていつも残してしまうので、作ってくれた方に申し訳ないんです」
「へえ、そうなんだ。天文学の教授と一緒に何度か資料を見せてもらいに大学に行ったことはあるけど、考えてみたら大学の食堂には行ったことが無いね」
「レイルズ様なら、料理を大盛りにしてもらって、追加のお皿を買わないと駄目かもしれませんね」
「あれ、追加のお皿は自分で買うんだ」
「はい、基本的な食事は無料なんですけれど、それ以上に食べたければ追加でお金を払って購入するようになっているんです」
興味津々のレイに、ティミーは笑って頷き、デザートの果物を食べながら大学の学食の料理が、味が濃くてあまり口に合わない事や、最近では何度かお弁当を持って行って講義を受けた事などを話して笑い合った。
「それに、大学には貴族の方々からの協賛金制度というのがあって、実際の学問以外の部分、例えば学内での食事や、一部の生徒達への教材費や資料代、それから寮生活をしている生徒達への日常生活に関係する支援など、多くの見えない部分で支援をしてくださっているんです」
驚くレイに、ティミーは笑って彼の腕を突っついた。
「精霊魔法訓練所だって貴族の方々からの支援を受けていますよ。もちろん国からの資金が中心ですが、貴族からの支援金の合計は、決して低くはない金額だと思いますよ。もちろん僕の母上も、それ以外のも多くの場所に資金援助をしてくださっています」
「うう、そう言われてみれば最初の頃に、グラントリーから貴族の人達のこの国における役割について学んだ時に、そんな話を聞いたような気がするような、しないような……」
「駄目ですよ、レイルズ様。しっかりしてください!」
笑ったティミーに腕を叩かれて、顔を覆ったレイは情けない悲鳴を上げて机に突っ伏した。
「あれあれ、何してるんだい」
笑ったロベリオとユージンが、お肉や野菜が乗ったお皿を持って二人のすぐ横まで椅子ごと移動してくる。
「聞いてください、ロベリオ様。レイルズ様ったら、貴族の方々が大学や精霊魔法訓練所への資金援助をしてくださっている事をご存じなかったんですよ!」
得意気なティミーの言葉に、二人が同時に吹き出す。向かい側では、ルークとタドラも同じように吹き出して笑っている。
「おいおい、レイルズ君、君はどっちにも通っているのにそれは無いだろう?」
「そうだぞ。俺達の実家だってかなりの金額を毎年援助しているのに〜」
立ち上がった二人に左右から捕まえられてしまい、襟足をくすぐられてまた悲鳴をあげて仰反る。
「うう、申し訳ありません。ちょっと改めて勉強し直します。今なら、もう少し実感を持って勉強出来る気がします」
レイの言葉に、手を離してくれたロベリオとユージンは苦笑いしつつルークを振り返った。
「って事らしいから、グラントリーに改めて復習講義をするように言ってくれよな」
こちらも苦笑いしたルークが、ロベリオの言葉に何度も頷く。
「了解だ、言っておくよ。まあこの辺りは、今なら改めて詳しく聞いたらしっかりと理解出来るだろうからね」
「そうだよね。貴族社会そのものに実感がなければ、説明を聞いただけでは中々理解し辛いんじゃあないかな」
「うう、また覚える事が増えたよ」
頭を抱えるレイを見て笑ったティミーが得意げに胸を張る。
「任せてください。このくらいなら、僕がしっかりと教えて差し上げますからね」
「ありがとう。頼りにしてま〜す!」
満面の笑みで起き上がったレイが、そう言ってティミーの細い腕に縋る。
「おいおい、お前の方が先輩なんだから、しっかりしろよ」
笑ったルークに、顔を上げたレイは大真面目に答える。
「ルーク、知識の多さに年齢は関係ありません。詳しく知っている人から教えて貰えるのなら、僕は相手が誰であれ喜んで教え貰います」
「ううん、何故だろう。凄く良い事を言っているはずなのに、この、そこはかとなく感じる情けなさは」
何度か頷いた後、腕を組んで少し考えた末のルークの言葉に、レイ以外の全員が同時に吹き出し、遅れてレイも吹き出して、全員揃って大爆笑になったのだった。
『おやおや、どうやらターコイズの主殿は、レイの苦手分野の良き先生になってくれそうだな』
『そのようだな。だが逆に実技では彼から学ぶ事は多そうじゃな』
『良き事だ。互いに相手が苦手な事を教えれば、また違う気付きもあろう。そうやって己もまた成長出来るであろうさ』
『良き哉、良き哉』
庭の木の枝に並んで座ったブルーのシルフとターコイズのシルフは、仲良く笑い合って手を叩き合うそれぞれの主の様子に、満足気にそう言って目を細めて何度も頷いていたのだった。
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