シルフ達の悪戯と今日の予定
「ああもう、またやられた〜!」
ラスティが吹き出したのを見て、レイは慌てて自分の髪を触る。
指が通らないくらいに強烈に絡まった髪に気が付いて、笑いながらそう叫んだ。
「お手伝いしましょう。幾ら何でもこれは一人で相対するには強敵すぎます」
「お願いします。ううん、絨毯囮作戦もそろそろ限界かなあ」
半分くらいがまだそのまま残っている床に置かれた絨毯を見て、困ったようにレイが呟く。
『今日の寝癖は、誰かさんが寝坊したせいだと我は思うがなあ』
「あはは、確かにそうかも。じゃ明日は頑張って早起きしようっと」
ブルーのシルフの言葉に笑って頷きキスをすると、ラスティと一緒に洗面所へ向かった。
相当の時間が掛かることを覚悟していたラスティだったが、なぜかいつもの寝癖程度の時間で簡単に解くことが出来たのだ。
ブラシを使えば簡単に絡まった部分は解けたし、三つ編みだって簡単に解すことができる。
どうやらブルーのシルフだけでなく他のシルフ達までがこっそり解くのを手伝ってくれたらしい。
おかげで豪快な鳥の巣みたいだったレイの髪の毛は、案外早くいつものふわふわな髪に戻ったのだった。
「おやおや、今日は何故だか簡単に解けましたね?」
不思議そうにしているラスティを見て、レイも頷きつつ不思議そうに自分の髪を触った。
「ねえ、これってブルーが手伝ってくれたんだよね? それにシルフ達も」
レイの言葉に鏡の縁に座っていたブルーのシルフがふわりと飛んでレイの肩に座る。
『ああ、そうだよ。我と他のシルフ達もかなり手伝ってくれたな』
いつもなら、解いた部分をまた編み始めたりするのに、確かに今日はそれが無かった。
驚く二人に、ブルーのシルフがおかしそうに笑う。
『彼女達も、さすがに今回はちょっとやりすぎた自覚はあったらしいな』
笑いながらのブルーのシルフの言葉に、レイとラスティは同時に吹き出した。
『悪戯もあまりに酷過ぎると、相手が本気で怒って嫌がる。シルフ達はそういった感情の変化には敏感だ。なのでそうなれば彼女達は遠慮してもう其方の髪に触れなくなるだろう』
驚いて上を見上げると、レイの頭上に集まってきたシルフ達が何やら言いたげにもじもじしている。
『今日は其方が中々起きないので調子に乗って遊び過ぎたらしく、後で叱られたらどうしようと慌てていたのでな。それなら解くのを手伝えと言ってやったのだよ』
得意気なブルーのシルフの言葉に、レイは目を瞬いた後に集まって自分を見ているシルフ達を見上げた。
『怒ってる?』
『怒ってる?』
『ごめんなさい』
『ごめんなさい』
『怒らないで』
『怒らないで』
慌てたように口々に謝る彼女達を見て、レイは笑って首を振った。
「全然怒ってないから心配しないで。だけど、出来れば僕の髪の毛で遊ぶのはそろそろやめて欲しいんだけどなあ」
『それは無理』
『それは無理』
笑ったレイの言葉に、全員が即座に断言する。
『だって楽しいんだもん』
『楽しい楽しい』
『大好き大好き』
『ふわふわ』
『ふわふわ』
『主様の髪は大好き』
『大好き大好き』
口々にそう言ったシルフ達は、元に戻ったレイの髪にキスを贈って消えていった。
「もう、そんな事言われたら叱れないじゃないか」
少し照れたようにそう呟いたレイは、自分を見ているラスティに肩を竦めて前髪を引っ張った。
「あのね、シルフ達が、僕の髪が大好きだから悪戯するのをやめるなんて無理なんだってさ」
「おやおや、そうなんですね。ではここは囮役の絨毯に頑張ってもらいましょう。ああそうか。他にも編んで遊べそうな物がないか、後ほど探しておきますね。要するに彼女達の興味を引ける物があれば、レイルズ様の被害が軽くすむんでしょう?」
「ラスティ凄い。是非お願いします。でも何かあるかなあ?」
「そうですね。資材倉庫を一度掘り返してみる事にします。でもその前にお食事ですね」
「うん、僕お腹空きました!」
目を輝かせるレイに笑って頷き、部屋に戻って竜騎士見習いのいつもの制服に着替えてから、一緒に朝昼兼用になった食事の為に食堂へ向かったのだった。
「えっと、今更だけど今日の予定ってどうなってるんですか?」
起こされなかったという事は、特に用事があるわけではないようだが、もしかしたらまた夜会はあるかもしれない。
そう思って質問したのだが、笑顔のラスティの答えにレイは満面の笑みになった。
「今日は、特に参加する行事はありませんからお休みいただいて良いとの事ですので、どうぞゆっくりなさってください。夕刻、ティミー様が採寸と装備の確認の為に本部へお越しになるそうです。どうなさいますか? お会いになるのなら、連絡しておきますが」
「ああ、そうなんですね。せっかくだから会ってお話ししたいです」
「かしこまりました。では、連絡しておきます」
頷くラスティにお礼を言って、レイは二枚重ねのレバーフライを挟んだパンを齧った。
「そう言えば、ティミーの担当従者って誰になったんですか?」
しっかりと食べた後、カナエ草のお茶といつものミニマフィンを取ってきたレイは、お茶をカップに注ぎながらラスティに質問した。
「殿下の第二従卒だったグラナートが担当することになりました。彼なら経験も豊富ですから、ティミー様の教育係としても最適でしょう。それから、ご実家から執事と護衛の者を連れて来られるそうですよ」
「へえ、そうなんだ。すごいね」
感心したようなレイの様子に、ラスティは笑顔で頷いた。
グラナートは、ラスティがレイルズの担当になった為にアルス皇子の担当から外れた後に、彼の代わりに第二従卒になった人物だ。大柄で腕も立ち、知識も豊富で教える事がとても上手い。まだ幼いティミーの教育係としては良い人選だと思われた。
「ロベリオ様やユージン様も、ご実家から個人的に護衛の者や執事を何人も連れて来られていますよ。貴族の方が竜騎士になられた場合は、ほとんどそうなさいますね。貴族ではありませんが、地方豪族であるマイリー様も、竜騎士となられた際にはご実家から護衛はお連れになっていましたね。今の竜騎士隊は、生粋の貴族出身の方が少ないですから珍しいと思われるかもしれませんが、通常、皆様そのようになさいますね」
「ふうん、そうなんだ。でも竜騎士隊付きの執事や、第二部隊の護衛担当の人達もいるんだよね?」
「もちろんです。ご実家からお連れになった方と、本部から担当になった従卒や護衛の者達同士でしっかりと相談して役割を分担しますね」
「そうなんだ。ここでも知らない間に色んな人に助けてもらってるんだね」
「直接接する後輩が出来ましたね。レイルズ様もティミー様のお手本になれるように、どうぞしっかりと頑張ってくださいね」
笑顔のラスティにそう言われて、レイは情けない悲鳴を上げて顔を覆ったのだった。
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