倶楽部の参加について
「はあ、何だかもの凄く疲れた一日だったよ」
夜会が終わって、レイは迎えに来てくれたラスティと一緒に竜騎士隊の本部へ向かっていた。
城を出て本部へと続く渡り廊下まで来た時、立ち止まったレイが大きなため息と共にそう呟いて大きく伸びをした。
「おや、夜会で何かありましたか?」
不思議そうに立ち止まったラスティに、レイは、何故だか自分が刺繍の達人のように婦人会の方々に噂されている事や、本当はブルーに全部教えてもらって刺した事などを話した。
「おやおや、それはご婦人方の大好きな話題をうっかり提供してしまいましたね」
苦笑いするラスティにレイは不思議そうに目を瞬く。
「えっと、ご婦人方が大好きって、何が?」
無邪気な質問に少し考えたラスティは、今では自分よりも視線が高くなったレイを見上げた。
「レイルズ様は、今では私よりも、いえ、それどころかヴィゴ様よりも大きくなられましたよね」
「ヴィゴとはほとんど同じだよ、だけど体格では圧倒的に負けているから、まだまだ全然敵わないって」
照れたように笑うレイに、ラスティも笑顔になる。
「ご婦人方にしてみれば、そんなレイルズ様は、そうですね……」
もう一度レイを見てから、彼の腰に装着してあるミスリルの剣を見る。
「ご婦人方は噂でしか知りませんが、レイルズ様はお若いのに武術の腕前も相当なものだと聞いておられます。前回、朝練でタドラ様から一本お取りになった時には、それを聞いたレイルズ様の後援会の皆様は、それは大喜びされていたんですよ」
初めて聞く話に、レイは驚いて目を見開く。
「まだ若いとは言え、大柄で武術に秀でて、また大学の高等科にわずか二年ほどで進み、精霊魔法も易々と使いこなす古竜の主。要するに、非常に優秀なお方だとの認識です」
驚きに声もないレイに、ラスティはにっこりと笑う。
「その上、容姿端麗。それなのに、時折年相応どころか妙に幼い面も垣間見える、将来有望な非常に魅力的なお方です」
「ねえ、これ一体何の話ですか?」
いきなり始まった自分への褒め言葉の連続に、レイは真っ赤になってラスティの腕に縋った。
「事実を申し上げているだけですよ。要するに、レイルズ様は文武両道、つまり武術と勉学に優れたお方と言う認識だったのです。それなのにここへ来て女性でも苦手な方がおられる針仕事の代表である刺繍までも上手になさると知り喜ばれたのですよ。特に刺繍などの手工芸の分野は、女性が圧倒的に多いですからね。男性は、ガルクールのように仕事柄携わっている人でない限りは、そもそもほとんど手をつけない分野といってもいいでしょうね。私もいざとなったらシャツのボタン付け程度は致しますが、決して得意と言うわけではありません。他に誰か、ボタン付けをしてくださる方がおられたら間違いなくお任せするでしょうね」
「僕だって、得意って訳じゃないんだけどなあ」
ため息と共にそう言って歩き始める。
「刺繍の花束倶楽部は、数ある刺繍の倶楽部の中ではかなり大手の倶楽部ですね。確か、イデア様とクローディア様も入っておられたはずです」
「ええ、そうなんですか?」
「はい、それに会員の方の中には名前だけで参加しておられない方もかなりおられると思いますね」
「ええ、そんなの良いんですか?」
「まあ、あまり感心出来る行為ではありませんが、仕事が忙しいなど、理由があれば余程の事がない限りはそのままにされますね」
「へえ、そんなのもありなんだ」
レイはそう呟きながら感心するように頷いている。
「倶楽部に籍だけは置いておけば、またいつかやる気になった時には気軽に参加すれば良いですからね」
「そっか、そんなふうに考えたら、もうちょっと気軽に倶楽部を探せそうです」
兵舎の部屋に戻る階段を上がりながら、レイが安心したように笑っている。
「刺繍などの手工芸が中心の創作系の倶楽部は、一年に一度、作品展などを開催される事が多いですね。そうなると、当然その度に新しい作品を作らないといけません。同じ物は何度も出せませんからね。倶楽部によっては作品展への参加が強制の場合もあります」
「うわあ、それはちょっと大変そう」
慌てるレイにラスティも頷く。
「その点、刺繍の花束倶楽部は、そういった作品展の参加が強制ではないんです。それもあって、仕事で忙しくたまにしか針が持てない。作品展にも毎回は参加出来ないけれども時には参加したい。といった方々も気軽に倶楽部に参加されているんですよ」
「それなら、倶楽部の人数は多いけれども、いつも全員が参加しているわけじゃないんだね」
「そうですね。それに年配の方ばかりではなく、クローディア様のようにお若い方も多く参加されています。確かに、もしも入られるのならば刺繍の花束倶楽部は良いかもしれませんね。まあ、レイルズ様がお針を持つのはもう絶対に嫌だと仰るのなら、私の判断で丁重にお断りいたしますよ。いかがいたしますか?」
断ってくれるのだと聞き、思わず立ち止まる。
「えっと、せっかく誘って下さったのに、断っても良いんですか?」
部屋の扉の前でいきなり立ち止まったレイに驚きつつも、即座にラスティも止まる。
「レイルズ様。誘われた倶楽部全てに入っていたら、お体が幾つあっても足りませんよ。その為の見学なんです。無理だと思ったら断らないと、やる気も無いのに入って大変な思いをするのはご自分ですよ」
無言で何度も頷くレイを見て、苦笑いしたラスティはそっと背中を押してまずは部屋に入った。
剣と剣帯を外し、扉横の金具に掛ける。
「そっか、そうだよね。でもどうだろう……」
上着を脱ぎながら何やら真剣に考えている。
「どうなさいましたか?」
脱いだ上着を受け取りながらそう尋ねると、顔を上げたレイは照れたように笑った。
「実を言うと、刺繍もちょっと面白いと思ったんです」
「おや、そうなんですね。ではまずは気軽に一度見学に行ってみてください。入会するかどうかはその場で返事をする必要はありませんからね」
「はい、じゃあ一度見学に行ってみます」
「かしこまりました、連絡を頂いたら予定を調整しますね」
「お願いします。そういえば、星の友の倶楽部の観測会も全然参加出来てないや」
もう今日は出掛けないので、ニコスが縫ってくれた部屋着に着替えたレイは、そう言いながらソファーに座って大きなため息を吐いた。
「見習い期間中は、無理をして倶楽部の会合などに参加する事はありませんよ。あくまでも倶楽部は、青年会や鱗の会など一部のものを除き、その殆どがいわば趣味の会ですからね。参加は強制されるようなものではありませんからご心配なく」
その言葉を聞き、クッションに抱きついていたレイは小さく笑って首を振った。
「僕が参加したいんです。星の会には天文学を習っておられる方もいらっしゃるって聞いたから、一度お会いしてゆっくりお話がしたいなって」
その言葉を聞いて、ラスティは驚いたように目を瞬いた。
「レイルズ様。そういう事はどうぞ遠慮なくおっしゃってください。かしこまりました、星の会の予定も確認して、近いうちに参加出来るように計らっておきます」
「良いの?」
驚くレイに、ラスティは笑顔で大きく頷いた。
「これも経験です。倶楽部の良いところは、普段、自分の周りにいるのとは全く違う人達と接する良い機会でもあるのです。どうぞ遠慮なく行って来てください」
「ありがとうラスティ、じゃあお願いしますね」
嬉しそうなレイの笑顔にラスティだけでなく、そばで聞いていたブルーのシルフやニコスのシルフ達も一緒になって笑顔になるのだった。
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