蒼竜と少年

朝練にて

　翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたレイは、寝癖のついた頭を掻きながら大きな欠伸をして起き上がった。

「ふああ、まだちょっと眠いけど起きるよ。シルフ。今日のお天気は？」

『おはようレイ。ちょっと曇るが雨は降らない。訓練所へ行くならラプトルに乗って行って構わないぞ』

　座ったレイの膝に現れたブルーのシルフの言葉に、レイは笑ってキスを贈った。

「おはようブルー。今日は久し振りの訓練所だね。皆に会えるかな？」

『さてどうであろうな。皆、忙しそうにしておるぞ』

　その言葉に笑って頷いたレイは、大きく伸びをしてから立ち上がる。

　ブルーのシルフはふわりと浮き上がって当然のようにレイの寝癖でクシャクシャになった赤毛の頭の上に座った。

　周りからそれを見てシルフ達が集まって来て、楽しそうに髪の毛を引っ張り始める。

「こら、駄目だよ。寝癖を直すから頭から降りてください」

　首を振って笑ったシルフ達を飛ばし、ブルーのシルフを洗面所に置いてある器の縁に座らせてやる。

　豪快に顔を洗ってから、いつもよりは少しだけ大人しめの寝癖を濡らしてせっせと直し始めた。

「レイルズ様、朝練に行かれるのならそろそろ起きてください」

　ノックの音とともに、白服を手にしたラスティが入って来る。

「おはようラスティ。ねえ、これで大丈夫かな？」

　洗面所から顔を出したレイが笑顔でくるりと回転して見せる。

「おはようございます。はい、大丈夫ですよ。今日の寝癖の被害は少なめだったようですね」

「みたいだね、濡らしたらすぐに直ったよ」

　笑いながら洗面所から出てきたレイに、白服を渡してやる。

　豪快に寝巻きを脱ぐ彼を見て小さく吹き出し、戸棚から今日の三つ編みを括る為の色紐の入った箱を取り出して振り返った。

「今日は何色にしますか？」

「あれ、また色が増えてるね」

　箱を覗き込んだレイが、嬉しそうな笑顔になる。

「はい、昨日新色の箱が届きましたので早速開けましたよ。いかがなさいますか？」

「えっと、じゃあこれにする。蒼の森の新緑の色だよ」

　優しい黄緑色を指差してそう言って笑う。

「かしこまりました、ではちょっと失礼しますね」

　大人しく椅子に座ったレイの両こめかみに綺麗に結ばれた、ごく細い三つ編みの下側部分を丁寧に色紐で結ぶ。

「はい、これでいいですよ。ではいってらっしゃい」

　背中を叩いてそう言った時、丁度ノックの音がしてカウリの声が聞こえた。

「おおい、朝練に行くならそろそろ出てこいよ。置いていくぞ」

「ああ待って。置いていかないでください！　じゃあ行ってくるねラスティ」

　その声に慌てたようにそう言って立ち上がると、ラスティに手を振ってそのまま廊下へ駆け出していった。

「お待たせしました！」

　そこにはカウリと若竜三人組が待っていてくれた。

「おはよう。聞いたぞ。タドラから一本取ったんだってな」

「じゃあ次はヴィゴだな」

「無茶言わないでください！　第一タドラに勝てたのはキルートと組んで彼が背中を守ってくれたからだよ。まだ一対一じゃあ全然敵わないです」

「でも一本には違いないって。じゃあ今日は俺とユージンが相手をしてやるから、どっちかから一本取って見せろよ」

「だから無茶言わないでください！」

　隣にいたカウリの腕に捕まって、情けない悲鳴をあげるレイを見て、三人は大笑いしていた。

　しかし、二人から一本取るどころか揃って徹底的に叩きのめされてしまい、最後は床に転がって息も絶え絶えになってしまったレイだった。

「大丈夫？」

　苦笑いしながら自分を覗き込むタドラに、レイは情けなさそうに笑って首を振った。

「大丈夫、です。でも、みん……な、凄い。僕なんか、やっぱり、まだ、まだ、です」

　息を切らしながらも嬉しそうに笑うレイの頬を軽く叩いて、タドラは腕を引いて立たせてやる。

「大丈夫だよ。きっと君なら今に僕らなんか相手にもならないくらいに強くなるだろうね。楽しみにしてるから、その時は守ってよね」

「はい、頑張ってもっと強くなります！」

　無邪気に目を輝かせるレイに、タドラは笑って拳を突き出した。

　満面の笑みで突き合わせた拳に、ブルーのシルフが現れてそっと交互にキスを贈った。

『頑張り屋の我が主殿と、優しき先輩に祝福あれ』

　驚く二人に笑ったブルーのシルフは、素知らぬ顔でレイの頭の上に座った。

「何、またそこがいいの？」

　嬉しそうにそう言ったレイは、汗を拭って置いてあった水筒から水を飲んだ。

　しかし、水筒を飲むときに頭が傾いた為ブルーのシルフはふわりと浮き上がって右肩に座り直した。

『ふむ、眺めは良いのだが、頭の上はどうにも安定せんな』

「確かに、そこからなら眺めは良さそうだね」

　それを聞いたタドラが笑ってそう言い、そばで聞いていたカウリも吹き出した。

「確かに一番高い場所だもんなあ」

『一番って事はあるまい。レイより背の高い奴も中にはいるだろう。多分な』

「多分かよ。でも確かにヴィゴより大きい奴って……ううん、確かにすぐには思いつかないなあ。でも、第六部隊の輸送部隊とか、第五部隊の工兵あたりだったらデカい奴もいそうだな」

「ああ、ヴィゴが言ってたね。若い頃は輸送部隊の何人かと格闘訓練をしてたって」

　ロベリオの言葉にレイも頷く。

「ヴィゴはお忍びで街へ出るときは、確かに第六部隊の制服を着ているものね」

「でもそれなら、城にいる奴ならほぼお前が一番デカいって事だよな」

　呆れたようなカウリの言葉に、レイは嬉しそうに目を輝かせる。

「まあ、何であれ一番なら良いじゃねえか。でも成長したのは親がそう言う風に立派な体に産んでくれたからであって、あまり自分の手柄じゃねえよな」

「確かにそうだね。じゃあ母さんと父さんに感謝しておきます」

　そう言って笑ったレイに、カウリも笑ってふかふかな頭を撫でてやった。

「そう言えば今日は、マークもキムも朝練に来てなかったね」

　部屋へ戻る廊下を歩きながら、レイはそう呟いて首を傾げた。

「おう、そういやそうだったな。また寝坊したかな？」

　笑ったカウリの言葉にレイも笑う。

「それとも、今日はお休みにしたのかもね」

　前回、休む暇がないと嘆いていた彼らにレイは真顔で説得したのだ。きちんとお休みは取らないと駄目だと。

「確かにそうかもな。それとルークから聞いた話だけど、彼らの講習はまだ数回やっただけらしいんだけど、どの回も大好評らしいぞ。だけど、竜の面会の期間中は講習会は無いらしいから、その間は、資料作りはあるだろうけど少しはゆっくり休めるんじゃね？」

「そうなんだね。じゃあ僕も面会期間中に特にする事が無いなら、彼らの資料作りを手伝ってあげても良いですか？」

「ああ、そりゃあ喜ぶだろうさ。なんなら今日は訓練所へ行くんだろう？　会えたら聞いてみれば？」

　カウリの言葉に、レイは満面の笑みで頷いた。少しでも、彼らの手伝いが出来るなら嬉しい。

「あれ、カウリは行かないんですか？」

　部屋の扉の前で思わず立ち止まる。

「おう、これでも色々と忙しいんだよ」

　苦笑いしたカウリは、そう言ってため息を吐いた。

「ご苦労様。頑張ってね」

「おう、まあほどほどに頑張るよ。じゃあ着替えたらまずは飯だな」

　そう言って手を振って自分の部屋へ戻るカウリを見送り、レイも急いで着替えるために部屋に戻ったのだった。