竜の保養所へ!
明るい初夏の良いお天気の空の下、四頭の竜はロディナの竜の保養所を目指してゆっくりと翼を広げて飛行を続けていた。
朝食の後にすぐに出発したが、そろそろ太陽が見上げる位置に登り始めている。
それに伴い、遮るものの無い竜の背の上の彼らに初夏のやや強い日差しがまともに当たっている。
「ううん、そろそろ暑くなってきたなあ」
袖口で額の汗を拭ったルークが、ため息を吐いて空を見上げた。
「少しくらいは、雲が出てくれるぐらいの方がこの時期は飛行日和なんだけどなあ」
雲一つ無い快晴の空を見たルークが、そう言ってまた汗を拭う。
「確かにそうっすね。竜の背の上にいたら日差しから逃げる場所がありませんからねえ」
同じく汗を拭ったカウリも、苦笑いしながらそう言ってしっかりと閉じている襟元のボタンを一つ外した。
「でも、地上と違って風があるからまだマシだね」
レイの言葉に三人が笑って頷く。
「確かにそうだな。だけど、この風も身体を冷やすから気を付けておかなければいかんぞ」
ヴィゴが振り返ってそう言い、カウリの襟元を指さして締めるように注意する。
「ええ、暑いんだから冷やしてくれたらちょうどいいんじゃないの?」
無邪気なレイの言葉に、ヴィゴとルークが笑って首を振る。
「ところが、これがそう簡単な話じゃ無いんだよな」
そう言ったルークが、ため息と共にそう言って笑う。
不思議そうにしている見習い二人を見て、ヴィゴが小さく笑った。
「では聞くが、夏の暑い時期に川遊びをした事は?」
突然のヴィゴの質問に、驚きつつもレイが笑顔で答える。
「何度もあります。蒼の森の、畑の側には小川が流れていて、夏には水遊びをしたり釣りをしたりしました。それにここへ来てからも、離宮でルークとロベリオ達、それからカウリも一緒に川で羽打ちをして遊びました!」
ルークとカウリが、それを聞いて笑って頷いている。
「ああ、そんな事もあったな。なら分かると思うが、川から上がった後に温かい飲み物が美味しかっただろう?」
確か、川から上がって最初に出されたのは、熱いカナエ草のお茶だった覚えがある。
「確かに美味しかったです」
レイの答えに、ヴィゴが自分の襟元を指差す。
「それと同じ事だよ。水遊びでは冷たい川の水によって自分が思っている以上に体温が奪われて体の芯が冷えているんだ。だから温かいお茶や食べ物を美味しく感じる。竜の背の上にいると、短距離ならばそれほどでも無いが、夏であっても長距離を飛ぶと意外なほどに体が冷えるんだよ。常に当たっているこの風のおかげで体温が奪われるからだ。だからさっきのカウリのように、今暑いからといって竜の背の上で迂闊に襟元を開けて風を直接身体に当てたりすると、あっという間に体温を奪われる事になる。それは非常に危険だし、万一の有事の際には咄嗟の行動が取れなかったりするからな。絶対にやってはいかん事の代表だよ」
「おう、了解しました。もうしません、暑くても我慢します」
素直に謝るカウリに、ルークが笑っている。
「まあ、これも新人が夏の間に一度はやって叱られるお約束だよ。よかったなレイルズ。カウリが先にやってくれて」
笑ったルークの言葉に、レイは嬉しそうに頷く。
「特に遠征用の制服は、夏用であっても着ている者の首筋から胴体の部分は特にしっかりと守れるように、厚めの生地になっているんだぞ」
「そっか、だから遠征用の制服って意外に襟が高いんですね」
自分の襟元を見ながら、レイがそう言って感心している。
「成る程なあ。そんなところまで考えられてるんだ。すげえ」
カウリも、同じく感心したように自分の制服を見ている。
「まあ、普段着ている白い竜騎士隊の制服は、夏場はそれなりに通気性を考えて作られているが、こっちの遠征用の制服は、そんな訳であまり通気性は期待出来ないからとにかく暑いんだよ」
苦笑いするルークの説明に、レイとカウリは顔を見合わせて笑っていた。
「でも、竜の背の上でも身体を守れるように考えて作られているんですから、文句を言ってはいけませんね」
もう一度襟元をしっかりと留め直したカウリがそう言って背筋を伸ばした。
「俺は、一度だけ普段着で竜に乗って飛んだ事があるな」
その言葉にレイとカウリが驚いてヴィゴを見た。
彼も、竜との面会で自分の伴侶の竜と出会ったのだから、レイと違って普段着で竜に乗る機会があったとは思えない。
「ええ、それっていつの話ですか?」
興味津々のカウリの質問に、ヴィゴはちらりとレイを振り返ってから笑って肩を竦めた。
「ちょうど今頃の季節だったな。竜熱症を発症した誰かさんを抱えて、警戒していた古竜が監視中の森から突然飛び出して来たのは」
その言葉に、ルークが堪えきれずに吹き出す。
「ええ、それってもしかしなくても僕の事ですよね!」
頷いて声を上げて笑ったヴィゴは、後ろを振り返ってもう一度笑った。
「あの日、俺は休みでな。家族と一緒に郊外へ遠乗りに出掛けていた。昼食を食べ終えて娘達は昼寝をしていた。俺はイデアと二人のんびりお茶を飲んでいた時だったよ。マイリーから、野生の竜が森から飛び出してオルダムへ向かっているとの連絡を受けて、直後に迎えに来てくれたシリルに飛び乗ってそのままできる限りの速さでオルダムまで戻ったんだ」
驚きに声もないレイを見て、ヴィゴはまた笑う。
「その時の俺の服装は、気軽な休日の外出着だった。しかも、ラプトルに乗っていた時には羽織っていた日除けのマントも脱いでいたから、本当に麻のシャツ一枚だったんだよ。まるで、風が身体の中を通り抜けてくみたいだったな。その出先から古竜が向かっとてきているという現場へ向かおうとしていたんだが、結局若竜三人組が先に接触に成功して、結果一緒に城へ向かっていると聞きそのまま進路を変えて城へ戻ったんだよ。城に到着した時には本当に手足も体も冷え切っていて、着替える時に自分でボタンを留める事も剣を剣帯に取り付ける事も出来なかったぞ」
「うわあ、申し訳ありませんでした〜!」
顔を覆って悲鳴を上げるレイを、ヴィゴは優しい眼差しで見つめていた。
「まあ、俺も新人だった頃にさっきのカウリと全く同じ事をして先輩から叱られた覚えがあったが、まさか、本当にたったあれしきの飛行時間であんなにも体が冷えるとは思ってもみなかったよ。実際に自分の体で経験したから言うんだ。例え暑い夏場であったとしても、竜の背の上で飛行中はしっかり身体を守って冷やさないようにしないと、下手をすれば命に関わるぞ」
「了解しました! 肝に銘じます!」
背筋を伸ばした二人の声が揃い、笑ったヴィゴが鷹揚に頷いた。
「分かればよろしい」
それを聞きながら、ルークも一緒になって背筋を伸ばしていたのだった。
「ああ、ロディナの竜の保養所が見えてきたね」
しばらくして、眼下に広がる広い草原と点在する巨大な竜舎を見てレイが嬉しそうに叫んだ。
久し振りの竜の保養所にご機嫌なレイの周りには、勝手に集まってきたシルフ達が大喜びで手を叩いたり笑い合ったりして大はしゃぎをしているのだった。
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