初めての一本
「はい、これでよろしいですよ。ではいってらっしゃいませ」
シルフ達が編んでくれたこめかみの三つ編みに、今日は明るい気分になるように願いを込めて向日葵のような黄色の紐を括ったラスティは、出来るだけ笑顔でそう言って白服を着たレイの背中を叩いた。
「はい、いってきます」
いつもと変わらない笑顔でそう言って笑ったレイは、敬礼してから廊下へ走り出ていった。
昨夜は竜騎士隊の人達は誰も兵舎には戻って来ていなかったようで、レイは気にせずに一人で朝練の訓練所へ向かった。
「おはよう」
「おう、おはようさん。相変わらず真面目だなあ」
訓練所へ駆け込んできたレイを見て、先に来ていたタドラとルークが笑って手を振ってくれた。
「おはようございます!」
誰もいないと思っていたので、いてくれた事が嬉しくて笑顔で駆け寄りルークの隣に座って早速柔軟体操を始めた。
実は、レイの様子がおかしかった事をラスティから聞き、急遽午前中は特に用の無かった二人が朝練に来てくれたのだ。
二人とも若干寝不足なのだが、気にせずゆっくりと身体を解している。
「レイルズ、なんだか目が赤いよ。大丈夫?」
心配そうなタドラの言葉にレイは誤魔化すように肩を竦める。
「枕に抱きついてうつ伏せで寝ていたら、起きたら目が腫れて開かなかったんです。ウィンディーネ達に冷やしてもらってなんとかなったんだけど、まだ腫れてますか?」
恥ずかしそうに目を擦りながら言い訳をする。
「ああ、擦っちゃ駄目だよ。それなら大丈夫だね。赤い目をしてるから何かあったのかと思ったじゃないか」
笑って額を突っつかれて、レイはわざとらしく悲鳴をあげて転がって逃げた。
「ああ、逃げたぞ!」
ルークの叫びにタドラが笑いながら追いかける。
そこからいきなり格闘訓練が始まり、ルークも加わって追いかけられたレイは、もう必死になって笑いながら逃げ回った。
「はあ、ちょっと休憩」
「あはは、ちょっと追いかけるだけのつもりだったのに、どうしてこんな事になってるんだよ」
「あはは、もう駄目。息が、続かない、です」
結局最後はルークに捕まり投げ飛ばされてしまったレイは転がったまま、まだ笑いながら息を切らせている。
「大丈夫ですか? お水をどうぞ」
笑ったキルートが水筒を差し出してくれたので、起き上がってお礼を言って受け取る。
「はあ、美味しいです」
もう一口貰って水筒を返した。
「じゃあ、落ち着いたらキルートにも入ってもらって、二対二で打ち合ってみるか?」
ルークの言葉にレイは目を輝かせた。
「お願いします!」
慌てて立ち上がって防具を取りに走った。
「待って僕も!」
笑ったタドラが後を追って走って行った。
「どう組む?」
二人を見送ったルークの言葉に、キルートは棒を持ったまま考える。
「私とレイルズ様が組むのが良いのでは?」
「頼んでいいか?」
「了解しました。では私はサポートに入りますので、どうぞお覚悟ください」
「おお、怖い怖い、じゃあ俺も防具をつけて来ようっと」
笑ったルークが、滅多に使わない自分の防具を取りに行くのをキルートは笑って見送った。
実を言うと、この四人の中ではキルートが一番腕が立つ。彼はマイリーと同じく、一対一でヴィゴと対等に渡り合える貴重な人材でもあるのだ。
そしてキルートもまた、ラスティからレイの昨夜の様子を聞いている。
「何があったのかは知りませんが、少しは発散させて差し上げないとね」
にんまりと笑ったキルートは、自分の棒を持って軽く素振りをして三人の準備が整うのを待った。
「お願いします!」
完全防備に身を固めたレイの声に同じく完全防備のタドラの声が重なる。今回はルークも完全防備だ。それに対して、キルートは籠手と額を守る為の金属板を当てたバンドを巻いているだけだ。
「では、私とレイルズ様、ルーク様とタドラ様の組み合わせでいきましょう」
キルートの言葉に、タドラとルークが顔を見合わせて真剣な顔で頷く。
「お願いします!」
目を輝かせたレイの言葉に、キルートも笑顔になる。そしてレイの耳元にそっと顔を寄せた。
「レイルズ様、私がサポートしますので、どうぞ思いっきり前に出てください」
「良いの?」
「もちろんです。是非とも一撃入れてやりましょう」
「はい、よろしくお願いします!」
もう一度目を輝かせてそう言ったレイは、満面の笑みで拳を突き出した。
笑ったキルートが、同じく拳を突き出してレイの拳に突き当てる。もう一度顔を見合わせたレイは、もうこれ以上ないくらいの笑顔になった。
「よし、お願いします!」
ルークの声にタドラも棒を構える。二人と向き合うようにして並んだレイとキルートもそれぞれに棒を構えた。
四人を見て、あちこちで手を止めて見学する兵士達が現れたが彼らは気にもしない。
「お願いします!」
叫んだレイが真っ先にルークに打ちかかる。
「よし、来い!」
嬉しそうにそう言って、即座に打ち返す。直後にタドラが横から突きに来たがキルートが軽々と防いでくれた。
レイはそのまま返した手でタドラに打ち込みに行く。
「いいよ、どんどん来い!」
嬉しそうなタドラも笑って受けてくれた。
そこからはキルートも加わり一気に乱打戦となる。
お互いの背中を守りながら相手の隙を突きに行くが、ルークとタドラもそう易々とは打たせてくれない。互いに攻めあぐねたまま、打ち合っては離れるのを繰り返した。
しかし、レイは打ち合いつつも必死になってルークとタドラの隙を伺っていた。
背中はキルートが守ってくれる。ならば自分に出来るのはここぞと言うときに思い切り打ち込むだけだ。
交互に打ち合いながら目まぐるしく立ち位置が変わる。
その時、タドラが僅かに下がるのが見えてレイは一気に前に出た。
守りはガラ空きだが、そのまま一気に上段から打ち込む。
横からのルークの打ち込みを即座にキルートが打ち流してくれたのと、レイの打ち込みをまともに正面から受け止めたタドラが勢い余って吹っ飛ぶのは同時だった。
一瞬で訓練場内が静まり返る。
「痛た……」
仰向けに転がったタドラに、手を止めたルークが慌てて駆け寄る。
「おい、大丈夫か?」
差し出された手を握って立ち上がりながら、タドラは目を輝かせてレイを振り返った。
「レイルズ、凄い! 今のは完全に一本取られたね。正面からだと咄嗟に防ぎきれなかったよ」
タドラの声と、場内が大歓声に包まれるのは同時だった。
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