朝食会と暖かな交流
うああ、もう駄目だ。ねえレイ……お願いだから降りてもらえますか」
豪華な朝食を頂いたレイは、食後のカナエ草のお薬を飲んでから自分の膝ですっかり寛ぐ猫のレイに話しかけた。
膝掛けの上ですっかりくつろいで脱力している猫のレイは、間違いなく以前よりも重くなってる。
実を言うとレイの足は、食事の間中ずっと膝の上にいた猫のレイのおかげでかなり長時間血が止まっていた為に、今やジンジンと痺れて大変な事になっているのだ。
先ほど、一度起きてくれたのでようやく解放されると喜んだのも束の間、猫のレイはその場でくるっと回って向きを変えてそのまままた膝の上で丸くなって寝てしまったのだ。
しかもその際に体重で押さえられて滞っていた血が一気に流れたせいで逆に痺れてしまい、もう膝から下は完全に感覚が無くなってしまったのだ。
「レイ、いい加減にしなさい」
笑ったマティルダ様が手を伸ばして猫のレイを抱き上げて自分の膝の上に座らせる。
「ああ、ありがとうございます〜」
痺れに耐えながら涙目でお礼を言う彼を見て、我慢出来ずに笑い出す人が続出した。
カウリの膝にはフリージアが陣取り、アルス皇子の膝には二匹の子供だが今やすっかり同じ大きさに成長したタイムが悠々と座って身繕いをしていた。だがどちらの子も雌なので、雄である猫のレイほどの大きさは無いのであそこまで足が痺れる程ではない。
「人気者は辛いな」
「カウリ酷い! 他人事だと思ってるでしょう!
笑ったカウリにそう言われて、机に突っ伏したレイは情けない声で叫び返した。
「あはは、フリージアがそれほど大きくなくて俺は心の底から安堵してるよ」
「そう言えば、べパーミントはどれくらい大きくなって?」
マティルダ様の質問に、カウリは自分の膝で寛ぐフリージアを見た。
「ちょうどこれくらいですね。ペパーミントの方がもうちょっと全体に毛が長いような気がしますけど、全体の大きさも重さも、抱いた時の感じもほとんど変わらないと思いますね」
「可愛がってくれているのね」
嬉しそうなその言葉に、照れたように笑ったカウリはフリージアの額を優しく撫でた。
それから、意を決したように顔を上げてマティルダ様を見た。
「あら、どうしたのかしら。何かペパーミントに問題でもあって?」
「あの……実は一つお伺いしたいことがありまして……」
らしくなく言い淀む彼を見て、マティルダ様はティア妃殿下と不思議そうに顔を見合わせた。
「ええ、私で分かる事なら何でも教えて差し上げてよ?」
紅茶のカップを置いて、カウリに向き直る。
「その、猫って……赤ん坊に悪戯したりしませんかね……?」
「どうかしらね、攻撃的な子なら問題もあるかもしれないけど、今まで奥殿で飼っていた子達は皆、赤ちゃんが大好きだったわ。そばに行って一緒に寝たりしていたわよ」
不思議そうにそう答えたマティルダ様は、そこで言葉を区切り目を輝かせてカウリを見た。サマンサ様とティア妃殿下も目を輝かせて手を握ってカウリを見つめる。
「あ、はい。その……」
しどろもどろになるカウリの背中を、ヴィゴが無言で叩く。
言葉もなく仰反ったカウリは、一度顔を覆って深呼吸をしてから改めて顔を上げた。
「はい。ようやく安定したようなので、その、報告をと思いまして……ありがたくも子供を授かりました。産まれるのは、来年の一の月の末頃だろうとの事です」
「まあまあ、おめでとう。良い子が生まれるように毎日精霊王と女神オフィーリアに祈らせていただくわ」
嬉しそうなサマンサ様の言葉に、カウリも笑顔になる。
「おめでとうカウリ、それで奥方は? 悪阻の具合はどうなの?」
心配そうなマティルダ様の言葉に、慌てたカウリがもう悪阻も落ち着いている事などを報告して皆から拍手が起こった。
陛下やオリヴェル王子からも祝福の言葉を貰い、照れつつも嬉しそうに笑うカウリだった。
ようやく、彼の中でも授かった子供の事を不安もなく受け入れられるようになってきていた。そうなると、すっかり甘えん坊になっている猫のペパーミントと赤ん坊が仲良く出来るか心配になってきたのだ。
奥殿では、今までも常に複数の猫達が暮らしていた。
実はアルス皇子も、幼い頃は銀色の大きな猫と一緒に毎日寝ていたくらいなのだ。
「レイもフリージアも、とても大人しくて優しい気性の子達だからね。きっとペパーミントも赤ちゃんの事を大事にしてくれるわ。気を付けるのは、やっぱり初対面の時かしらね。ああ、それなら後で猫達の世話をしてくれている侍女を紹介するから、彼女から詳しく聞くと良いわ」
「ご配慮感謝します。経験者の方にお話を聞けるなら一番です」
カウリの言葉に、マティルダ様も嬉しそうに笑ってそっと猫のレイを撫でた。
「嬉しい事が続くわね。ありがたい事ね。もう騒動は要らないわ」
サマンサ様の言葉に、皆も揃って頷くのだった。
その後も、カナエ草のお茶を前にいろいろな話をした。レイは目を輝かせて初めて聞くロベリオとユージンの婚約者達の子供の頃の話や、オルベラートでの話を聞いて過ごした。
「あの、実はお二人に贈り物があるんです」
話が途切れたタイミングで、レイは勇気を出してそう切り出した。
オリヴェル王子とイクセル副隊長が驚いてレイを見る。
「あの、そんな大したものじゃあないんですけれど、その……僕が作りました。厄災よけの模様のまじない紐です。えっと、よかったら左の手首に結ばせてください」
そう言って、ベルトの小物入れに入れて持って来た二本のまじない紐を取り出して見せた。
「それは、竜人の間に伝わるというまじない紐だね」
オリヴェル王子の言葉に、レイは笑顔で頷く。
「これは僕がガンディから教わって作りました。あの、これにはブルーも守護を与えてくれたんです」
その言葉に、黙って聞いていた陛下をはじめとした竜騎士隊全員が驚きの声を上げる。
「ラピス。良いのか?」
空間に向かって陛下がそう尋ねると、視線の先に大きなシルフが現れて頷いた。
『我にとっては大した事ではない。まあ、お守り程度に思っておいてくれれば良いさ』
笑ったブルーの言葉に、陛下も笑顔で頷いた。
「感謝するよラピスよ。レイルズ、それを二人の手に結んでやってくれるか」
陛下の言葉にレイは元気に返事をしてから立ち上がり、まずはオリヴェル王子のそばへ駆け寄った。
「失礼します」
そう言って差し出してくれた左の手首に、丁寧にまじない紐を結びつけていった。それから隣に座るイクセル副隊長の左腕にも同じように結びつけていった。
オリヴェル王子には紺色に金色の縁取りのあるまじない紐を、そしてイクセル副隊長には緑と白に黄色の縁取りのまじない紐をそれぞれ贈った。
「はい、これで出来上がりです。えっと、それでこれはもしも切れても拾ったりしてはいけないそうです。落ちた厄災を拾う事になるんだって教えてもらいました」
その言葉に真剣な顔で頷いた二人は、それぞれに結んでくれた手首のそれを見つめた。
「分かった。もしも失くしてもそのまま捨ておけと言う事だね」
「気付かないうちに無くなっていたら、それで良いそうです。えっともしも落ちた事に気付いて放置するのが嫌なら、神殿にお願いして焼いて貰えば良いそうです」
「ああ、なるほどね。分かった。ではそのようにしよう」
「ありがとうございます。ラピスにも心からの感謝を」
二人から改まってそう言われて、レイも嬉しそうに何度も頷いた。
「よかった。喜んでもらえたみたいだね。ブルーも守護をありがとうね」
右肩に現れたブルーのシルフにレイは嬉しそうにそう言って笑い、そっとキスを贈るのだった。
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