読書三昧と最後の夕食

「ああ、もう恥ずかしい。一体いつから見ていたんだよ」

 真っ赤になりながら廊下を歩くマークの後ろを、レイとキムは満面の笑みでついて歩いていた。

「もう、恥ずかしい……」

 同じく真っ赤になりながらクラウディアとニーカに挟まれて歩くジャスミンは、先ほどからこの台詞ばかりを言い続けている。



「おかえり、大騒ぎだったようじゃな」

 書斎で一人本を読んでいたガンディの言葉に、また全員揃って吹き出す。

 シルフを通じて話は全部聞いていたので、ガンディも一緒になって笑っていた。

「まあ、仲が良いのは良い事だ。腹を括ってせいぜい頑張れ」

 マークの背中を思い切り叩いたガンディは、そのあとはもう知らん顔でずっと本を読んでいたのだった。

 レイ達も午前中いっぱいひたすら本を読んで過ごし、昼食はまた庭に用意されていたので今回はガンディも加わり、レイとニーカの間にガンディが座って七人でテーブルを囲んで豪華な昼食を頂いたのだった。




「ご指導いただきありがとうございました」

 庭に整列してレイの言葉の後に一斉にお礼を言う彼らを見て、ガンディも笑顔になる。

「うむ、儂も楽しかったぞ。また呼んでくれ」

 最後はレイに向かってそういうと、笑顔で手を上げたガンディはラプトルに合図を送る。

 レイ達は庭に立ったままで、ラプトルに乗ったガンディが護衛の者達と共に帰って行くのをその姿が林の中に隠れて見えなくなるまで揃って見送ったのだった。




「さてと、この後はどうする? 俺はもう少し本が読みたいけどな」

 振り返ったキムの言葉にマークも手を上げて同意する。

「僕も読みたい。じゃあもうこのまま書斎へ戻る? えっと、それで良いですか?」

 レイが少女達を振り返ると、彼女達は顔を寄せて何やら楽しそうに話をしているところだった。

「ええ、もちろんそれで構わないわ。ここは読んだ事の無い本がものすごく沢山あるから、出来ればまた来たいわ」

 笑顔のジャスミンの言葉に、レイも笑顔になる。

「今度、本読みの会って倶楽部を立ち上げる予定なんだ。だから瑠璃の館とここで、定期的に読書会をする予定なんだ。ジャスミンも予定が合えば参加してね」

「ええ、ルーク様経由でタドラ様から聞いたわ。素敵ね。その時はぜひ参加させて頂くわ」

 顔を見合わせて頷き合い、それからみなで一緒に書斎へ戻った。

 その後はもう好きに本を読んで過ごし、時折マークやキムがノートを手にレイのところへ行って小声で合成魔法の構築式について話をしたりしていた。



 早めの夕食は、久しぶりに好きに食べる形式で用意されていて、それを見たマークとキムの喜びようはしばらく彼らの間で話の種になるくらいだった。



「だって、正直言ってここで頂いた食事の内容、俺はほとんど覚えてないぞ」

「確かに俺もそうだな。美味しかったんだろうけど、緊張のあまり味わって食べる余裕なんて全然無かったものなあ」

 食事を終えて、デザートと一緒にお茶を飲みながら遠い目になっている二人を見て、クラウディアとニーカも苦笑いしつつ同意するように何度も頷いていた。

「でも最初の頃の比べたら、ずいぶん出来るようになっていると思うよ。カトラリーの使い方なんて、もう完璧なんじゃない?」

 目を輝かせるレイの言葉に四人が揃って必死になって首を振る。

「お前、なんて恐ろしい事言うんだよ。あんな付け焼き刃の塊が完璧なわけないだろうが」

「ええ、大丈夫だと思うけどなあ」

 笑うレイの言葉に、キムが顔を覆って天井を見上げる。

「いくらマナーを覚えたところで、経験がなければそれは単なる知識に過ぎないんだよ。俺達にとってはその経験があまりにも少ないわけで、足りない知識をつなぎ合わせて格好つけてるだけだって」

「ええ、そんな事ないよね?」

「まったく何も知らない状態から習ったんでしょう? 個人的には十分すぎるくらいに頑張ってると思うけど、確かに圧倒的に経験が足りていないのは確かね。まあ、それは私も同じなんだけどね」

 レイの無邪気な言葉に、ジャスミンも同じ事を思っていたので苦笑いしている。



 マナーや礼儀作法は完璧なジャスミンだって、まだ未成年である以上正式な晩餐会などには出た事が無い。

 本当ならばオリヴェル王子が本部に来られた際には、身内だけの夕食会でジャスミンも同席するはずだったのだが、ティア姫様の担当になったために結局オリヴェル王子とはほとんど顔も合わせていない。



「確か、もう少ししたらオリヴェル王子殿下やオルベラートの貴族の方々もお帰りになるって聞いてるから、それまでに本部でオリヴェル王子殿下をお招きして身内だけの夕食会をするんだって聞いてるよ。それにはジャスミンも参加するんじゃないのかな?」

 ラスティから聞いた話を思い出してそう言うと、ジャスミンも笑顔で頷いている。

「ええ、その予定は聞いているわ。正直緊張するけど、殿下は神殿内でのティア様のご様子を聞きたいって仰っておられるそうだから、それは私が頑張ってお話ししないとね」

 当然のように笑ってそう言うジャスミンに、マークとキムは揃って拍手していたのだった。

 彼らもここで殿下と一緒に精霊魔法の合成術についての話をしたりもしているが、あくまでもそれは勉強会での事だ。

 いくら身内扱いとは言え、隣国の皇太子と一緒の席で食事などしたら、それこそ緊張のあまり倒れる未来しか見えなくて揃って遠い目になるのだった。



 すっかり空になったデザートのお皿の縁では、ブルーのシルフとクロサイトとルチルの使いのシルフが座り、愛おしげにそれぞれの主を見つめていた。

 また別のお皿にも集まってきたシルフ達が座っていて、彼らの話を退屈そうに聞いているのだった。

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