もう一つの大騒ぎ
「はい、そこまでです」
真顔で微笑むという高等技術を見せたターシャ夫人の言葉に、振り返ったマークは完全に固まった。
どこから見られてた?
いや、まさか全部?
これってもしかして不味いんじゃないのか?
無言で固まったまま完全にパニックになる彼を見て、ジャスミンは小さくため息を吐いた。
「ターシャ。出来ればあと少ししてから来て頂きたかったですわ」
「それは申し訳ございませんでした。ですが、お立場をお考えください、浮き立つ気持ちは分からなくもありませんが、軽率な行動はあまり褒められたものではありませんよ」
とても優しい笑顔なのに、恐ろしい事に目が全く笑ってない。
もう一度ため息を吐いたジャスミンは笑ってマークを正面から見上げた。
「し、失礼致しました!」
まだジャスミンの手を握ったままだった事に気づいたマークは、即座に手を離してその場で直立した。
「こちらこそ、失礼しました。でも……嬉しかったです」
ジャスミンは、最後はごく小さな声でそう言うと、そのまま素知らぬ顔で机に置かれていた使いかけのカップにカナエ草のお茶を入れて、先ほどマークが座っていた椅子に座るとお茶を一気に飲み干した。
「あ、それは俺が使った……」
しかし、嬉しそうに目を輝かせてお茶を飲み干す彼女を見て、マークは口を噤んだ。
野暮な事は言いっこ無しだ。
カップを置いて立ち上がるジャスミンに無意識に手を貸したマークは、そのまま並んで全員一緒に書斎へ戻って行ったのだった。
一方、マークがお茶を飲んでくると言って隣の部屋へ行った後、ジャスミンがさり気なく立ち上がってターシャ夫人を振り返った。
「私も喉が渇いたからお茶をいただいて来ますわ」
軽く一礼して書斎を出ていく彼女を黙って見送ったターシャ夫人は、軽く咳払いをすると読んでいた本を閉じて本棚に戻した。
「あの、読んだ本は、そこの箱に入れておいていただければ……」
それを見たレイがターシャ夫人に教えようとするのを、キムが横から手を伸ばして彼の口を塞ぐ。
そのまま黙って本棚の前で何か考える風なターシャ夫人を見て、キムは立ち上がった。
そしてレイの襟首をひっつかんでそのまま一礼すると、一つ深呼吸をしてから早足で廊下へ駆け出して行った。
それを見て、顔を見合わせたクラウディアとニーカも、読みかけの本を置いて二人の後を追った。
誰もいなくなったテーブルを見て、ガンディが小さく笑う。
「いやあ、それにしても若いとは小っ恥ずかしいものじゃのう。良い良い、しっかり頑張れ」
完全に面白がっている口調でそう呟くと、もうあとは知らん顔で読みかけの本に目を落としたのだった。
「ちょっとキム、苦しいよ。離してってば」
襟首を引っ掴まれて半ば引きずるようにして廊下に出たレイは、なんとかキムの腕を叩いて手を離して貰った。
「それで一体どうしたっていうの?」
「そりゃあお前、マークの頑張りを覗き見……もとい、応援に行くに決まってるじゃないか!」
満面の笑みでそう言われてようやく納得する。
二人はそのまま隣の部屋の扉の前に立った。そして、息を潜めてゆっくりと少しだけ扉を開く。
キムの上にレイが身を乗り出すようにして、二人は部屋の中を覗き込んだ。
「ちょっと、私達も仲間に入れてちょうだいな」
ニーカがそう言ってキムの下に潜り込んで隙間から部屋を覗く。クラウディアは少し考えた後に、レイとキムの隙間に顔を潜り込ませた。
レイがさり気なく彼女が倒れないように手を握らせてやるのを、ニーカは横目でチラッと見て笑ってまた隙間を覗いた。
部屋の中では、ジャスミンが俯いてマークと話をしている。普通なら遠くて会話までは聞こえないのだが、ここにいるのは四人とも優秀な精霊使いだ。
完全に二人の世界に入っているマークとジャスミンは、内緒話をする際には必ず行う結界を張る事さえ忘れている始末だ。おかげで会話はシルフを通じて聞き放題。
「あのね……もしかして、迷惑だったら、お願いだから、遠慮……しない、で、そう、言ってね……」
消えそうなジャスミンの声を伝えられて、四人はそろって悶絶する。
「いや、迷惑だったら……最初に、そう言って、ま、す……」
マークの答えの後、見つめ合って真っ赤になる二人。
「ああ、もう焦ったい! ここでもう一押しだろうが!」
キムが堪えきれないとばかりにそう呟くと、まるでその言葉が聞こえたかのようにマークが叫んだ。
「ああ、もう! 分かった! こうすれば良いんだな!」
ジャスミンの前に跪いたマークを見て、四人が一斉に手を握って息を飲む。
実は彼らの背後では、同じくついてきたターシャ夫人とロッシェ僧侶も一緒になって覗いていたのだ。
そして、マークの一大決心の告白。
クラウディアとニーカはもう、興奮のあまり息が早くなっているくらいだ。
「ご迷惑でなければ、その……その……お、お、お……」
「お?」
首を傾げるジャスミンを見て、四人は声無き悲鳴を上げて揃って悶絶している。
「お、俺如きがお慕いする事を、その……どうかお許しくだしゃい!」
「あ、噛んだ」
ぼそっと呟いたキムの言葉に、三人が堪えきれずに小さく吹き出す。
しかし、ジャスミンはそんな彼に気付いているのかいないのか、目は彼に釘付けのままだ。
「う、嬉しいです。ありがとうございます。あの、私なんかで良ければ、どうかよろしくお願いします」
これ以上ないくらいに嬉しそうなその言葉に、四人はそろって音無き拍手をした。
「どうぞ立ってください。私の騎士様」
そのまま手を取って立ち上がる二人の顔が自然と近づく。思わずキムがニーカの目を塞いだ瞬間、後ろに立っていたターシャ夫人が勢いよく扉を開いた。
当然、半分扉に寄りかかるようにして覗き込んでいた四人は、そのまま部屋の中に転がり込む。
しかし、キムとレイは咄嗟に床に手をついて足を踏ん張り、ニーカやクラウディアの上に倒れ込むのを堪えたのだった。
ターシャ夫人とジャスミンが何故か平然と話をしているのを、レイとキムに助け起こされて立ち上がったクラウディアとニーカは苦笑いしながら黙って眺めていたのだった。
彼らの頭上では、集まってきていたシルフ達が大喜びで手を叩き合って輪になって踊っている。
『素敵な恋』
『甘くて苦い』
『大好き大好き』
『素敵な恋に祝福を〜!』
『でもキスは無し〜!』
シルフ達が声を揃えて歌うように言った最後の一言に、レイ達は堪えきれずに大笑いしたのだった。
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