朝のひと時

 翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたレイだったが、昨夜はかなり夜更かしをしたので、眠さのあまり返事をする事が出来なかった。彼の両隣では、マークとキムも完全にまだ熟睡している。



 昨夜は、部屋に戻って湯を使ったあと、いつものように枕戦争が始まった。

 三人で気がすむまで枕とクッションで殴り合い、二人がかりでもう一人をシーツでグルグル巻きにしては襟足をくすぐって悲鳴を上げさせては大笑いしていた。

 そして最後は、力尽きて重なり合うようにしてベッドに倒れ込んでそのまま熟睡したのだった。

 彼らが寝静まったあと、ブルーのシルフとニコスのシルフ達が呆れたように笑いながら、三人をそれぞれ少し離してベッドに並んで寝かせて、きちんと風邪をひかないように毛布をかけて眠らせてくれたのを彼らは知らない。




『朝ですよ〜』

『起きてくださ〜い』

『朝だよ〜』

 そう言いながら熟睡しているレイのこめかみ部分の髪をせっせと編んでいるシルフ達は、とても良い笑顔だ。

 今日の三つ編みは、彼女達にしても会心の出来栄えだったからだ。

 ベッド横の足元には、兵舎のレイの部屋と同じように毛足の長い絨毯が敷かれていて、端からせっせと何人ものシルフ達が長い毛足を三つ編みをして遊んでいる。


『起きないね』

『眠い眠い』

『じゃあ今日は寝る〜』


 そう言って笑ったシルフ達は、彼らの胸元や髪の生え際、それから手の中に潜り込んで一緒に寝る振りを始めてしまった。

 もちろん、レイのふわふわの赤毛の中はシルフ達に大人気だ。

 こめかみ部分以外は無茶な三つ編みはされなくなったが、髪が絡まる程度はいつもの事だ。




「おはようございます。そろそろ起きてください」

 ラスティの優しい声に、しかしレイは唸り声を上げただけで枕にしがみついた。

「レイルズ様。起きてくださらないと寝癖が大変なことになっていますよ」

 笑って背中を叩き、隣で眠っていたマークとキムも起こしてやる。

「おはようございます。ふああ、さすがにまだ眠いや」

 欠伸をしつつもしっかりとした返事をするマークと違い、寝起きの悪いキムは、起き上がりはしたものの枕にしがみついたまま眉間にものすごいシワを寄せている。

「ほら、起きて顔洗って来いって。そんなに眉間にシワを寄せてたら跡が残るぞ」

 笑ってキムの眉間を突っついたマークは、そう言ってキムの手から枕を取り上げて先に洗面所へ行かせる。

「レイルズ。起きろよ」

 また頭突きをされては堪らないので、寝ている背中を横から叩くだけで止める。

「うう、眠いです……」

 半寝ぼけのレイの声に、笑ったマークがその襟足をくすぐった。

「うひゃあ! そこは駄目!」

 勢いよく起き上がって叫んだ瞬間、離れていたはずなのに頭突きをくらって吹っ飛んだマークは叫んでいた。

「どうして俺が避けている方向に起きるんだよ〜」

 その叫び声に、洗面所から出てきたキムと、着替えを手にして振り返ったラスティが吹き出すのはほぼ同時だった。




「うう、まだジンジンしてる。全くこの鋼鉄の頭蓋骨! 起きる特はゆっくり起きろって何度も言ってるだろうが!」

 額をウィンディーネ達に冷やしてもらいながら、ベッドに逆戻りしたマークが、笑いながらベッドに座ったレイの背中を足の先で行儀悪く突っつく。

「ごめんね。きっと覆い被さってると思ったから横に起きたのに、そこに頭があるなんて誰も思わないよ」

 悪びれもせずにそう言って笑うレイに、もう我慢出来ずに三人揃って笑い転げていた。




「本日の実技の勉強会にはガンディ様も参加してくださるそうです。朝食の後にお越しになるそうですので、マーク軍曹の額もクラウディア様と一緒に診ていただきましょう」

 心配そうなラスティの言葉に、手をついて起き上がったマークが肩を竦めて笑う。

「大丈夫ですよ。大した事は無いと思います」

 実はマークは、こっそりシルフ達に頼んで自分とレイの額の様子を診てもらっている。いつもガンディがシルフを通じて確認しているのを見て、こっそりシルフ達に聞いてやってみたら出来たのだ。

 ただし、マークは医学的な知識が無いのであくまでも素人の診断だ。

 至急の処置を要するような酷い内出血や、頭の中で命に関わるような出血が無いかどうかを見てもらう程度だから、過信は禁物だけれども。

「ご無理はなさらないでくださいね。レイルズ様の頭は、それはそれは硬いですから」

 大真面目にそう言うラスティの言葉に、マークとキムも大きく頷く。

「酷いラスティ!」

「酷く無い、事実だ!」

 レイがそれを聞いて叫び、マークとキムが言い返すのは同時だった。そして顔を見合わせてまだ大爆笑になるのだった。




「お天気も良いようですから、朝食はお庭にご用意致しました。野外でのお食事の際のマナーも覚えましょうね」

 にっこり笑ったラスティの言葉に、笑っていたマークとキムが仲良く揃った悲鳴を上げてベッドに倒れ込み、目を輝かせたレイが窓に駆け寄る。

「ああ、本当だ、テーブルが用意されてるね」

 窓から見える広い庭の真ん中には、既に三頭の竜達が来ていて仲良く並んで丸くなっている。

 窓から手を振ったレイは、満面の笑みで振り返った。

「じゃあ、顔を洗ってきます!」

 自分だけ顔を洗っていないことに気付き、慌てて洗面所へ駆け込む。

「うわあ、また酷い寝癖!」

 洗面所から聞こえた叫び声に、マークとキムがまた大笑いしていた。






 一方、朝から大騒ぎのレイ達と違い、いつもの時間にきちんと起きて揃って早朝の祈りを行った少女達は、今はジャスミンの部屋のソファーに並んで座っている。

「朝食は、お庭にテーブルを出してくださってるんですって」

 ジャスミンが、先ほど侍女から聞いた事を教えると、目を輝かせた二人は立ち上がって窓に駆け寄った。

「あ、スマイリーがもう来てるのね」

 開いた窓から身を乗り出すようにして手を振るニーカを見て、ジャスミンも駆け寄り窓の外を見る。

 大きな蒼竜の隣に二頭の小さな竜が丸くなっているのが見えて笑顔になる。

「こうして見ると、ラピスは本当に大きいのね」

「そうね。特に翼の大きさが桁違いだわ」

 揃って頷きながら、いつまでも窓から離れようとしない少女達だった。

『まあ我の大きさは別にしても、竜の年齢はその広げた翼を見れば分かるぞ。風の属性の竜は、どの個体も身体は細いが翼は大きいからな』

 窓辺に現れたブルーのシルフがそう言って笑うのを見て、二人だけでなく後ろから一緒に窓の外を見ていたクラウディアも目を見開く。

「その声はラピスね。おはよう。翼が大きくなるってどう言う事?」

『おはよう。そのままの意味さ。竜は歳を重ねるごとに共生する精霊達が多くなりその体も大きくなっていく、しかし速さを最優先する風の属性の竜は、それほど身体が大きく太くはならんからな。ルチルも身体は細いであろう?』

 優しいブルーのシルフの言葉に、ジャスミンが納得したように頷く。

「確かにそうね。コロナの身体は細いわ」

『竜騎士隊の中では、アメジストとエメラルドが風の属性だな。どちらも身体は細くて小さいが、翼は大きいぞ』

「へえ、知らなかった。翼の大きさで竜の年齢って分かるのね」

 感心したようなニーカの言葉に、ブルーのシルフが笑う。

『もちろん、鱗を見ればすぐに分かるし、他にも尾の刺や牙の様子などからでも年齢を知る事が出来るぞ。今度ロディナへ行った時にでも聞いてみると良い、喜んで教えてくれるだろうさ』

 感心する少女達にブルーのシルフが優しく笑う。

『そろそろレイ達も起きたようだな。食事に行きなさい』

 笑って手を振ったブルーのシルフが消えるのを、少女達は手を振り返して見送った。



 まるでその声が合図だったかのように侍女が朝食の準備が整った事を知らせにきてくれて、元気に返事をした三人は窓を閉めて、侍女と執事に案内されて庭へ出て行ったのだった。

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