公爵閣下からの贈り物

「はあ、食事をしただけでここまで疲れるって、どういう事だよってな」

「全くだよな。ああ、やっぱりここが落ち着くよ」

 マークとキムは、書斎へ戻ってきた途端にそんなことを言って、椅子に座るなり机に突っ伏した。

「頑張って覚えてね。僕もお手伝いするからさ」

「うう、お願いします……」

「お願いしますう〜」

 若干揃わなかった情けない叫びに三人が揃って吹き出す。

 机を挟んだ向かい側では、クラウディアとニーカも疲れ切っているらしく、彼らと似た様な有様だ。

「ディーディー。ニーカも大丈夫?」

「うん、大丈夫よ」

「うん、大丈夫よ」

 情けない返事が綺麗に揃い、レイは同じく苦笑いしているジャスミンと顔を見合わせて笑い合った。

 それから皆が復活するまで、のんびりと読みかけていた本を読んで過ごした。




「あ、そういえばディレント公爵様が午後から顔を出してくださるって聞いたけど、まだみたいね」

 クラウディアの言葉に、ニーカも顔を上げている。

「そう言えばそうね。公爵閣下が来られたら、外泊許可を出してくださったお礼を言わないとね」

 嬉しそうな二人は、そう言って笑っている、

 マークとキムは、ディレント公爵が来られると聞き、密かに慌てていたのだった。

 彼らにとっては公爵は遥かに高い雲の上のお方であって、気安く話が出来る方ではない。

 しかし、以前合成魔法を披露した後に呼ばれた夜会で、彼らを押し寄せる人達から守ってくださったお方でもある。

「貴族とも付き合っていかなければいけないとか言われて、いきなり公爵閣下がお越しになるって、どれだけ無茶振りだよってな」

「だよな。俺達は書斎のお飾りになっていよう」

 顔を見合わせたマークとキムが、小さな声で顔を寄せ合って話をしている。しかし、すぐ側にいたレイには全部聞こえている。

「ええ、公爵閣下はお優しいお方だよ」

「いやいや、お優しいとかそんな話じゃないんだって」

 慌てた様にキムがそう言い、眉を寄せるレイを見てため息を吐いた。

「あのな。ディレント公爵閣下といえば、今の皇王様が皇太子時代に、共に国境でタガルノ軍を相手に何度も戦われた最強の指揮官と名高いお方なんだぞ。当然その全てのタガルノの襲撃を押し返している。特に国境線に森林伐採して見晴らしの良い空間を作ったのを始め、国境の三つの砦の兵士の配備を今の形に整えたのも公爵閣下ご本人なんだぞ。もちろんご本人の武力ももの凄いお方で、戦斧の達人の異名を持っていて、個人の武勇の数々だけでも数え切れないくらいあるお方なんだからな! 引退なさった今でも、軍部の実働訓練に立ち会われているし、時には指揮官クラスの方々を指導するほどのお方なんだぞ」

「俺たちが気軽にホイホイ話して良い様なお方じゃあ無いんだってば!」

 キムとマークの必死の説明を、レイは圧倒された様に頷きつつ感心して聞いていた。

「へえ、そうなんだ。凄いねえ」

 無邪気に目を輝かせるレイの言葉に、マークとキムが揃ってため息を吐く。

「いや、そうなんだけどさあ……」

「凄いねえって、お前……」



「おやおや、ずいぶんと嬉しい事を言ってくれるではないか」



 その時、開けっ放しだった書斎の扉の向こうからそう言って笑う男性の声が聞こえて、その瞬間にマークとキムの二人はその場で立ち上がって直立した。

 振り返ったクラウディアとニーカが嬉しそうな笑顔になり、ジャスミンと共にその場に両手を握り締めて額に当ててその場に跪いた。

「公爵様!」

 レイの嬉しそうな声に、入って来たディレント公爵は笑ってレイの肩を叩いた。

「おお、レイルズ。しっかりやっておるか」

「はい。ディー……じゃなくて、クラウディアとニーカの外泊許可をお取りいただき感謝します。ありがとうございました」

「うむ、構わぬからしっかり勉強しなさい」

 もう一度笑ってそう言うと、跪いたままの少女達に向き直った。

「構わぬから立ちなさい。それで今は何をしておるのだ?」

 散らかった机の上を見る公爵に、少女達はそれぞれ読んでいた本を見せた。



「ああ、其方達も楽にしなさい」

 まだ直立したままだったマークとキムを振り返った公爵は、彼らの側に行って二人の肩を叩いた。

「其方達の研究の役に立つかと思い、いくつか珍しい本を持って来たからな。ここに置いておくも良し、本部の其方達の研究室に持って帰っても構わんよ」

 思いもかけないその言葉に、直立を解いた二人が目を輝かせる。

 執事が台車に乗せて運んできた大きな木箱にぎっしりと入れられた本は、半分ほどは新しい本だが、残りの半分近くはかなり古い本の様だ。

「一の郭の書斎には、私が父や祖父、あるいは先祖から代々受け継いだそれこそ埃を被っているだけの死蔵されておる古い本が大量にある。ガンディに頼んで調べてもらい、精霊魔法関係や、あるいは其方達の研究に役に立つと思われる本を掘り出して来たのだ。使ってもらえると嬉しいのだがな」

「ま、まさかそんな貴重な本を……」

 言葉を無くす二人の背中を公爵が笑いながら叩く。

「私には解らぬが、其方達の研究は、これから先の精霊魔法の常識を覆すかもしれぬほどの価値のあるものだと聞いた。この離宮は、陛下から自由に使って構わぬと許可をいただいているのだろう? 遠慮は要らぬ。好きなだけ本を読み、存分に研究するが良い」

「あ、ありがとうございます!」

 見事に揃った声でそう叫んだ二人は、またしても直立して綺麗に揃った敬礼で感謝の気持ちを表したのだった。



『良かったな。あの本はどれもかなり古いが良いものの様だ。レイも後で見せてもらいなさい』

「へえ、そうなんだね。じゃあ僕も後で見せてもらおうっと」

 ブルーのシルフの言葉に小さく頷いて応えたレイに、ディレント公爵が笑顔で振り返る。

「もちろんレイルズの為の本も思って来ておるぞ。一の郭の屋敷には贈ったが、ここには贈っていなかったのでな。まあ構わぬから仲良く好きに読みなさい」

 もう一台、更に大きな木箱を積んだ台車が運ばれて来たのを見て、レイだけでなくその場にいた全員が揃って感激の声を上げたのだった。

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