まずは昼食を食べよう!
「ニーカ、運んでやるから置いてて良いぞ」
自分で選んだ山のような本を数冊づつ運んでいたニーカに、気付いたキムが笑って声をかける。
クラウディアとジャスミンが選ぶ本を運んでいるレイを見て、マークもレイを手伝いに向かった。
少女達の本を運んだ後は、先ほどの読みかけだった本をレイ達も読み始め、昼食までの間は皆夢中になってそれぞれに選んだ本を読み漁っていたのだった。
お目付役の二人は、少し離れたところに置かれた小さな椅子に座り、こちらも本を取り出して黙って読み始めていた。
レイは、あのお二人も勉強会に参加するのかと思っていたが、ジャスミンによると二人とも精霊を見る事は出来ないのだと教えられた。
「じゃあのお二人にも、ここにいる間は好きに本を読んでいて貰えば良いね」
無邪気なその言葉に、ジャスミンは苦笑いして頷いたのだった。
しばらくすると、控えめなノックの音がして執事が書斎に顔を出した。
「昼食のご用意ができておりますが、いかがなさいますか」
「え? 何?」
夢中になって魔法陣の展開に関する本を読んでいたレイは、突然聞こえた執事の声に慌てて顔を上げた。
その声にマークとキムだけでなく、少女達も読んでいた本から顔を上げて一斉に扉を振り返った。
「失礼を致しました。大変有意義な時間をお過ごしのご様子ですが、お身体のためにもお食事はきちんと食べていただきますようにお願い申し上げます」
一礼した執事の言葉に、ため息を吐いたレイが本に栞を挟んで立ち上がった。
「そうだね。じゃあ食事にしようか。それで午後からは、お天気も良いみたいだし庭に出て実際にやってみても良いね」
「確かにそうだな。じゃあまずは食事を頂くとするか」
マークとキムもレイの言葉に頷いて本を置いて立ち上がり、少女達もそれぞれに読んでいた本に栞を挟んで立ち上がった。
「ではご案内致します」
ロッシェ僧侶とターシャ夫人も本を置いて後に続いた。
「ええ、ちょっと待ってください! もしかして、またですか〜!」
「うわあ、もしかしなくてもいきなりこれか〜!」
マークとキムの悲鳴に続き、クラウディアとニーカも部屋を見るなり顔を覆って可愛らしい悲鳴を上げて揃ってレイの後ろに隠れようとした。
「あらあら、これは大変だわ」
笑ったジャスミンの言葉にレイも苦笑いして頷き、自分の背後から腕に縋るクラウディアとニーカを振り返った。
「ほら座ってよ。別に大丈夫だよ。失敗して誰も笑わないからさ」
二人がまた可愛らしい悲鳴を上げるのを見て二人のご婦人は苦笑いしていた。
「ああ、絶対ご馳走食べ放題だと思ってたのに」
マークの情けなさそうな呟きに、レイとジャスミンだけでなく少女達も揃って吹き出し、全員揃って大笑いになるのだった。
「し、失礼します」
執事が引いてくれた椅子に、クラウディアがそっと座る。
絶妙のタイミングで押された椅子に座ると、クラウディアは並べられたカトラリーを見てため息を吐いた。隣では、同じように別の執事に椅子を引かれたニーカが大人しく座ってこちらもため息を吐いている。
恐らく彼女も、カトラリーを見て何が出るのか理解したのだろう。
「うわあ、いきなり魚だよ」
こちらもまた別の執事に引かれた椅子に座ったマークが、カトラリーを見て情けなさそうにそう呟いて肩を落としている。
レイとジャスミンは、大人しく座って顔を見合わせた。
『レイルズは驚いてなかったけど、この事知っていたの?』
シルフを飛ばして机の向こう側から小さな声で質問するジャスミンに、レイは笑って小さく頷いた。
「うん、聞いていたよ。知識と技術、それから教養はいくらあっても邪魔にならないからね。ここでならどんな失敗をしても恥ずかしくないでしょう? せっかくの機会なんだから、実践してしっかり覚えて貰った方が良いものね」
それを聞いたジャスミンも笑顔になる。
「そうだったのね。分かったわ、じゃあ私はクラウディアとニーカを見てあげるから、レイルズはマークとキムを見てあげてね」
「分かった。よろしくね」
レイの左右にマークとキムが、机を挟んだ向かい側に、ジャスミンを真ん中にして彼女の左右にクラウディアとニーカが座った意味が分かった。
つまり、それぞれの見本を務める意味があるのだろう。
早速運ばれてくる食前酒と前菜を見て、小さく笑って背筋を伸ばすレイだった。
「ええと、カトラリーは……」
『これを使って』
「ほ、骨が取れない……」
『向きが違うよ』
『ほらこっち側から剥がせば綺麗に取れるからね』
戸惑う二人にレイは時折、シルフに頼んで使うカトラリーを指差して教えてあげたり、耳元にシルフを飛ばして食べ方を教えてあげたりした。
向かい側では、同じく苦労しているクラウディアとニーカに、ジャスミンの使いのシルフ達があちこち飛び回りながら教えてあげているのを見てレイも笑顔になるのだった。
デザートが出る頃には、レイとジャスミン以外は全員が完全に疲れ切っていた。
「大丈夫よ。上手く食べられていたわ」
突っ伏すニーカに、笑ったジャスミンが手を伸ばして背中を叩く。
クラウディアも、疲れ切った様子で半ば茫然としながら蜂蜜を入れずにカナエ草のお茶を飲もうとして、気付いたレイに大慌てで止められていた。
「ディーディー! まだ飲んじゃ駄目だよ! それはまだ蜂蜜が入ってないよ!」
手にした蜂蜜の瓶を見せながら叫ぶ。
「レイルズ様、大声はいけません」
「あ、失礼しました」
慌てて謝り執事に蜂蜜の瓶を見せる。一礼した執事が、飲み掛けで止まったまま動かなくなったクラウディアの手からカップをそっと取り上げて戻し、たっぷりの蜂蜜を入れてスプーンで混ぜる。
「どうぞ」
「あ……ありがとうございます」
そっと改めて手に持たせてやると、半ば無意識でお礼を言ってそのまま飲み始めた。
『もう、皆グダグダだな』
カップの縁に座って笑ったブルーのシルフの声に、レイも笑って小さく頷く。
「本当にそうだね。でもこれはもう慣れるしかないもんね。僕も最初は大変だったから気持ちはよく分かるよ」
綺麗な所作でお茶を飲んだレイは、音も立てずにお皿にカップを戻し、出されたミニタルトをナイフで切って口に運んだ。
「うん、甘くて美味しい」
満足気な呟きに、隣のマークも同じようにミニタルトを口に運びながら首を振った。
「良いな。味なんて全然わからないよ……」
「俺もだ。既に、何食べたのか記憶に無いよ……」
両隣から聞こえたあまりの情けない呟きに、堪える間も無く吹き出してしまい執事に注意されるレイだった。
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