予定の段取りと様々な準備

「それじゃあ、予定が決まったらシルフを飛ばすね」

「はい、それではよろしくお願いします」

 振り返ったレイは、厩舎に入った途端に返ってきた他人行儀な答えに悲しそうに眉を寄せた。

 もう、彼らが人前でこんな言葉使いになるのは慣れたつもりだったが、さっきまで普通に喋っていたのにいきなり口調が変わってしまうのは、分かっていてもやっぱり悲しくなるのだった。

 そこで二人とは別れて、レイは鞍を外したゼクスにブラシを掛けてあげてから本部に戻った。




「おかえり。お菓子が届いてるから休憩室へおいでね」

 ちょうど廊下ですれ違ったタドラにそう言われて元気に返事をしたレイは、鞄を抱えて早足で自分の部屋に向かった。

 いつもの場所に鞄を片付けると、大急ぎで休憩室へ向かう。

「おかえり。早かったな」

 休憩室には、ルークとマイリーが書類の束をさばきながら陣取り盤をするという器用な事をしていた。

「ええ、書類整理しながら出来るんですか?」

「出来るよ。まあ誰でもは出来ないと思うけどさ」

 目線は書類から離さずに、ルークがそう言って笑っている。

「ねえルーク、ディレント公爵閣下に連絡したいんだけど、どうしたら良いですか? 勝手にシルフを飛ばしても構わないですか?」

 ルークの隣に座って陣取り盤を覗き込みながら、大事な事を先に質問する。

「ああ、離宮での勉強会の事か?」

「はい、閲兵式の直前は、いろいろ忙しいから駄目だって言っていたでしょう? ディーディーとニーカ、それからジャスミンはいつでもいいんだって。マーク達は早い方が良いらしいから、やっぱり早めにやろうと思うの。それなら、彼女達と一緒に行ってくださるお目付役の方のご予定に合わせれば良いんじゃないかって事になったんだけど……えっと、これで良いですか?」

 一生懸命考えながら話すその様子に、ルークとマイリーも笑顔になる。

「それなら、父上のところにウォルダーって執事がいるから、彼に連絡すれば良いよ。父上に連絡してくれるから」

「えっと、今ここで呼んでも良いですか?」

「おう、見ててやるから自分でやってごらん」

 書類を置いてそう言ってくれたので、笑顔で頷きシルフを呼ぶ。

「えっと、ディレント公爵閣下のお側にいるウォルダーって執事を呼んでください」

 頷いたシルフがくるりと回っていなくなる。

 マイリーも、書類から顔を上げてその様子を面白そうに眺めている。

 しばらくすると、何人ものシルフが現れて座った。

『お待たせいたしましたウォルダーでございます』

「お忙しいところを申し訳ありません、竜騎士見習いのレイルズです」

 真剣な顔でシルフに話しかけるレイを、ルークも優しい笑顔で見ている。

『はいご用をお伺いいたします』

 一礼するその様子までシルフが再現してくれる。

「この前お願いしていたんですけれど、女神の神殿にいるクラウディアとニーカ、それからジャスミンの三人を離宮で開催する勉強会に招待する件です。えっと、分かりますか?」

『はいその件でしたらお伺いいたしております』

「それで日程なんですが、出来るだけ早いほうがいいみたいなんです。それで一緒に行ってくださる女性の方の予定をお伺いして、一番早い日で行いたいんですが、えっと、それでどうでしょうか?」

 若干しどろもどろになりつつも必死になって話すその様子に、聞いてい執事は密かに感心していた。

 今回、レイルズが一から自分で予定を決めるのは初めてだとルークから聞いている。慣れない様子ながら、それぞれの参加者達の予定をしっかり確認しているのは、なかなか上手く出来ていると思われた。

『かしこまりました』

『では早急に予定を確認して後ほど連絡させていただきます』

「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

 一礼したシルフ達が次々に消えるのを見送ってから、レイは大きなため息を吐いて顔を覆った。

「うわあ、緊張した。ねえ、今の、どうだった?」

 笑っているルーク達に、レイは目を輝かせて振り返った。

「おう、なかなか上手く采配出来たと思うぞ。その調子だ」

 拳を差し出されて、嬉しそうに笑って拳をぶつけ合った。

「では、連絡が来るまでの間にお茶とお菓子をどうぞ。銀の翼亭から新作のお菓子が届いております」

 ラスティの言葉に振り返る。最近のレイのお気に入りのお店から届いたばかりの夏の新作のお菓子らしい。

 甘くてふわふわなムースと呼ばれるお菓子が机の上に置かれて、レイは目を輝かせて歓声を上げた。






「おお、帰ってきたか。おかえり。ディアーノ少佐が、戻ったら執務室に顔出せってさ」

 いつもの会議室に資料を置いた二人は、ひとまず第四部隊の事務所に顔を出した。しかし座る間も無く顔見知りの軍曹にそう言われて、マークとキムは揃って返事をした。

「ケレス学院長が言っておられた件かな?」

「だろうな、でも何なんだろう? 外部での講義はまだ当分無理だと思うけどな」

「だよなあ。まずは第四部隊の実働部隊が一番先だよな」

 マークの言葉にキムも頷き、とにかく急いでディアーノ少佐の執務室へ向かった。



「マーク軍曹参りました」

「キム軍曹参りました」

 揃ってノックしてから大きな声でそう叫ぶ。

 入室を許可する声にも返事をしてから扉を開けて中に入る。

「ご苦労、座って楽にしていなさい」

 いつのもソファーに座って大人しく待っていると、書類の束を持った少佐がミラー中尉と一緒に向かいのソファーに座った。

 少佐の執務室でこうやって話を聞くのにも、最初の頃に比べたらかなり慣れてきた。

 普通なら、少佐と軍曹が向かい合わせのソファーで座って話す事などありえない。しかし、二人はあの日以来こうやって少佐と話をする様になっていた。

「実は君達に仕事の依頼が来ていてね。いつかは来るだろうけれども、まさかこんなに早く来るとは思っていなかったので少々手続きに手間取っていたんだ。でも、なんとかまとまったよ。それで忙しいとは思うが、こちらも考えて準備してくれたまえ」

 目の前に置かれた書類を見た二人は、驚きのあまり言葉もなく目を見開いて固まっていた。

 書類の最初の一枚目にはこう書かれていたのだ。



 精霊魔法の合成と発動そして再合成に関する書物の発行に際しての原稿依頼。と。

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